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13.ヴァイスィードハーツ

 結論から言って、学園に保管された膨大な量の魔導書を持ってしても、エルフィリアの悲願である生まれ持った魔力量を増やす方法は見つかりそうもなかった。


「はぁ。これもはずれなのです」


 持っていた本を本棚に戻し、肩を落とす。

 わかっていたことでもある。生まれ持った魔力量の上限を増やす方法。それはエルフィリア以外の多くの魔法使い、魔法研究者たちがひたすらに知恵を振り絞って取り組んだ課題の一つである。

 だからそんなものが見つかっていれば、世の中はもっと多くの魔法使いで溢れているはずだった。

 一般に、魔法使いとしての才能を持つ者は全体の千分の一以下、ほんの一握りしかいないとされている。

 補助程度に魔法を使うのならともかく、魔法を扱うこと、魔法の研究を生業にするほどの才能を持つ者は本当に限られている。

 魔法使いになるために必要な才能は二つだ。常人の五倍以上の魔力量、そして魔力への高い感受性。

 エルフィリアには前者の才能が致命的なまでに欠けていた。

 後者の才能が尋常でないまでにずば抜けているから、魔力の運用効率を極限まで突き詰めることによって、魔力量の少なさをある程度ごまかすことはできる。その才能があったから、学園に入学することだってできた。

 それでもエルフィリアは世間的な観点で見れば、立派な魔法使いとは到底言えない。

 どれだけ魔法のことが好きでも、どれだけ魔法を扱う才能があろうとも。

 魔力量が少なすぎるという重大な欠陥を抱えてしまっている。

 それだけでもう、世間はエルフィリアを魔法使いだとは認めてくれない。


「もう結構な時間なのです」


 窓に近寄って、外の空を見上げる。

 西の空が赤く染まり始めていた。


(……そういえばクロムはあの後どうしたのですかね)


 人だかりができていて関わるのがめんどくさかったので教室に放置してきた、元魔王で居候の少女のことを思い出す。

 およそ一か月、それだけの時間をともに過ごしてきて、彼女があまり危険な存在ではないことをエルフィリアはすでに理解していた。

 だからエルフィリアが心配しているのは「クロムがなにをしでかすかわからない」だとか、そういう類のものではない。


(家以外で別々に行動するのは初めてなのです。この学園広いですし、迷ってたりとか……いや、それ以前に帽子とかふとした拍子で取れちゃったりとかしてないですよね? 角を見られるとまずいのです……)


 一度考え始めると、どんどん不安の感情が増長していく。


(魔王だったことがばれるのはまずないと思うですけど、魔族だとばれるだけでもまずいのです。七年前の戦争のせいで魔族に恨みを持ってる人はたくさんいるのです……)


 思わずきょろきょろと、窓の下のわずかな人の往来を、誰かを探すように見渡してしまう。


(先に帰っていてくれればいいのですけど……って! なんで私はまたクロムなんかの心配を……!)


 ぶんぶんと首を左右に振る。

 今の考え方は完全に保護者のそれだった。

 確かにそこそこの、それこそ多少は情が移ってもしかたがないくらいの時間は過ごしてきた。

 けれど……何度も言うように、クロムは元魔王だ。

 七年前の戦争のすべての元凶なのである。


(……今の心配は違うのです。クロムの存在が知れ渡ったら、それをかくまってた私も危ないですし……それに、また戦争になって、たくさんの人が死ぬかもしれないのです。私がしたのはそっちの心配なのですよ)


 言い聞かせるように心の中で呟いて、そうに違いないと一人でこくこくと頷いた。

 なんにしても、一度クロムのことに思考を傾けてしまったせいだろう。調べ物に戻ろうとしても、ふとした拍子に、クロムは今どうしているかと頭をよぎるようになってしまった。

 これではもうこれ以上調べ物を続けられそうにない。結構な時間でもあるので、今日はこの辺りで引き上げた方がよさそうだ。


「ニーナはどこにいるのですかね?」


 時計を見る。

 この図書館に訪れてから、もうすでに数時間が軽く経過していた。それだけの時間をニーナは調べ物に付き合ってくれているのだから、彼女には本当に頭が上がらない。

 ニーナを探して本棚を巡る。

 ここにはいない、ここにもいない。あっちにも……いない。


「むぅ、先に帰っちゃったのですかね……?」


 思わずそう口にしてしまって、だけどすぐにそれを否定する。

 ニーナの性格的に、エルフィリアに一言も告げず勝手に帰ってしまうことは絶対にない。


「早く見つけて、もう終わりだって伝えてあげなきゃいけないのです」


 もしかしたら本当は彼女だって、もっと早く帰りたかったかもしれない。

 だけど、きっとエルフィリアがずっとずっと探していたことのはずだから。どうしても見つけたいことのはずだろうから。

 そんな善意以外のなにものでもない思いでエルフィリアを手伝ってくれているのだとしたら?

 自然と足の動きが早くなり、歩幅も広くなる。本棚の隙間を若干乱暴に覗き込むようになって……間違いなく、それが原因だった。


「あら」


「わ、わわっ!?」


 本棚の角から急に人が飛び出てきて。

 いや、飛び出たのはエルフィリアの方だ。

 なんとか踏みとどまろうとしたが、完全に勢いを殺すことはできなかった。

 体が前に倒れかけて、ぽふっ、なんて。

 床に崩れ落ちそうになったところを、柔らかいものに受け止められた。


「大丈夫かしら?」


「むぐ……!? む、むぅー……!」


「あぁ、そんなに暴れないで。すぐ出してあげるから……これでどうかしら?」


「は、はい。大丈夫、なのです」


 急に息ができなくなったと思ったら、ぶつかった女性の胸の中に顔を埋めてしまっていたようだった。

 女性がエルフィリアの肩を掴み、体を離してくれたおかげで、エルフィリアはようやく自分の状況を正しく理解する。


「ご、ごめんなさいなのです。急に飛び出して……」


「ふふっ、大丈夫よ。でも、これからは気をつけましょうね?」


「はい、なのです」


 不思議な空気を纏った女性だった。

 普通に微笑みを浮かべながら、普通にエルフィリアに注意を促している。ただそれだけのはずなのに、仕草の一つ一つに色気のようなものが漂っている。

 体つきが扇情的なことも理由の一つだが、それだけではない。もっと根本的な部分で、彼女の存在そのものが『そういうもの』として在るような感覚をエルフィリアは覚えた。

 言うなれば、それは魔性。

 魔眼のようにわかりやすい特徴とは少し違うけれど、魔法的性質という一点では同じだ。


(この人、右目が金色で左目が銀色なのです。髪の色も……クロムと同じ感じなのです)


 ただ、似ているのはそこまで。無表情なクロムと違って表情は豊かであるように見えるし、言葉に人並みの感情もこもっている。

 ……まあ、なんかどことなく胡散臭さが隠せないが。


「ふーむ……」


「……えっと……なにか変です?」


 顎に手を添えて、エルフィリアの方を観察するような目線を向けてきたものだから、エルフィリアは困惑で首を傾げた。


「彼女があんなにも褒めるものだからもしかしたらと思ったけれど、あなたは普通の人間ね」


「そりゃまあ、そうですけど」


 彼女……?

 エルフィリアは実績のない、無名の魔法使いだ。

 あんなにも褒める、という一言にまったく心当たりがなく、ただただ首を傾げ続けるばかり。

 けれど女性が放った次の一言で、エルフィリアは大きく目を見開くこととなった。


「でも、最近あなたのそばにいるあの子(・・・)は、普通の人間じゃない」


「え――――」


 黒と白。二色の色合いを備えた髪と瞳が特徴的な少女の姿がエルフィリアの頭をよぎる。

 動揺した隙を逃さないとでも言うように、女性はエルフィリアにずいっと顔を近づけてきた。


「エルフィリア・ジェイド・ヴァイスィードハーツ。あなたはなぜ、あの子の隣にいるの?」


「な、なん、わ、私の名前……」


 無意識のうちに後ずさっていた。

 壁に背をつけて、だけれど同じだけ女性が詰め寄ってくるものだから、お互いの距離感に変化はない。


「なぜ他でもない、あなたが。あなたならわかっているはずでしょう? あの子の危険性、そのすべて。ヴァイスィードハーツの名を継ぐあなたなら……」


 ほんの数センチ。

 今にも触れてしまいそうな近すぎる距離で、底知れない金と銀の瞳がエルフィリアを真正面から捉える。

 ……なにも答えられなかった。

 答えなかったわけじゃない。ただ本当に、答えることができなかった。

 エルフィリアは、その問いに対する答えをまだ自分自身すらも見つけられていなかったから。

 答えられないという、答え。

 その奥に潜むエルフィリアの本心さえ見通したかのように、目前の眼が鋭く細まった。


「……そう」


 女性の目線がそれる。その途端、どっと全身から汗が吹き出たようだった。

 息が荒い。あまりの威圧感に知らず知らず、ずっと息を止めてしまったいたようだ。


(な、なんなのですこいつは……!? 急に脅してきやがって……ふざけた野郎なのですっ!)


 完全にビビってしまっている体と違って、エルフィリアの思考は割と好戦的だった。

 以前までのエルフィリアであれば心の中でさえ命乞いをしていたところだが、今のエルフィリアにはクロムがいる。

 自分がやられたら元魔王のクロムが黙ってないぜ、的な打算が裏にはあった。

 悲しいことに完全に小物である。


(こいつ、クロムの正体を知ってるのですか……? しかも私の名前まで……そうなると最初ぶつかったのも絶対わざとなのですっ! 私がぶつかったんじゃなくて、実はあっちがぶつかってきたに違いないのです! これじゃあ謝罪損じゃないですか! 私の貴重な謝罪を返せなのですぅ……!)


 エルフィリアから少し離れた女性が、再びエルフィリアへと顔を向けた。

 途端、エルフィリアの体がびくんと恐怖で震える。文句たっぷり悪態つきまくりな心と違って、やはり体は正直だ。

 すっかり怯えてしまっているエルフィリアに、少しだけ申しわけないというような顔をして。


「あの子をよろしくね」


 なんて、女性は言う。


「……は?」


「たとえ答えがなくても、今もまだあなたはあの子の隣にいる。その事実は確かにここにある。なら、それでじゅうぶん。他でもないあなたが選んだその未来を、私は尊重しましょう」


(……え、マジになんなのです? 言ってることわけわかんないのですけど……要はクロムをかくまってることを見逃してくれるって話なのです?)


 それはそれで助かるのだが……。

 エルフィリアは、この女性がしたいことがなんなのか、まったく理解できなかった。


「さて、そろそろおいとましましょうかしらね。でも最後に、怖がらせちゃったお詫びを一つ」


「お詫び……なのです?」


「一階、北東の角。右手側、四つ目の本棚。下から二段目、右から十二冊目。合言葉は『りんごの木』」


「えぇと……?」


「今日はもう遅いから、明日の放課後にでも行くのをおすすめするわ。それじゃあ、また会いましょう?」


 言いたいことだけ言って、女性は姿を消してしまった。

 はっとしてすぐに追いかける。

 しかし、本棚の陰に消えたはずの彼女の姿はどこにもなかった。


「……本当になんだったのです?」


 いくら考えても答えは出ない。

 ただ一つわかることがあるとすれば、クロムの正体を知っている者がエルフィリア以外にもいたということ。

 あの女性だけなのか、それとも他にもまだ気づいている誰かがいるのか……。

 今回はなんかよくわからないがとりあえず見逃してもらえたからよかったものの、次もそうだとは限らない。


「……もうちょっと慎重にならなきゃいけないかもしれないのです」


 もしもクロムの正体が世間に知れ渡ったりなんてしたら……。

 エルフィリアはぶるりと体を震わせる。

 それから、さきほどまでやっていたことを不意に思い出した。


「って、ニーナを探してる最中なのでした! 早く見つけてあげないといけないのです!」


 踵を返し、ニーナの捜索を再開する。

 それから間もなくして、エルフィリアはそれまでずっと見つけられなかったニーナを発見した。

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