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12.図書館

 ミスラテイル学園では必修科目と選択科目に分かれて授業が展開されるシステムになっている。

 基本的に、必修科目は振り分けられた現在のクラスで行われる。

 一方で選択科目は、クラスで区別されず、その科目を選択した者たちと合同で授業が開かれるようだ。

 また、選択科目は一度選択したらずっとそのままというわけではなく、学期ごとに変更することができる。


「エルフィリアちゃんは選択科目はどうするの?」


 入学初日である今日は、入学式とクラスでの軽い挨拶程度でやることは終わりだ。

 自己紹介の後、ミレイアから今後の予定や授業についての説明がされて、今は放課後。

 あいかわらずの人だかりで質問攻めにされていたクロムは関わりに行くのがめんどくさかったので放置し、エルフィリアはニーナと並んで外の渡り廊下を歩いていた。


「一年の一学期は必修科目の割合が多いのです。選択科目だって全然種類が少ないのですよ。選択権なんてあってないようなものなのです」


 いずれはさまざまな科目を学べるようになるらしいが、今は大雑把に分けて「近接戦闘術の基礎」と「魔法の基礎」の二つくらいしかない。


「私は魔法の方を選択するのです。ニーナはどうするのです? 確か、槍が使えるって言ってた覚えがあるですけど」


「んー、私も魔法かしら。槍術は趣味みたいなものだから。それに、エルフィリアちゃんと一緒に授業を受けてみたいって思いもあるの。せっかくできた初めてのお友達だから」


「私と一緒に、ですか。私は自分が結構愛想が悪い方だと思ってるのですけど。ニーナは変わってるのです」


「うふふ、エルフィリアちゃんの愛想が悪いだなんて。全然そんなことないわよ? こんなにちっちゃくて可愛らしいんだもの」


「むっ」


 エルフィリアは若干かちんとして、頬を膨らませた。


「私は言うほど小さくないのです。平均よりちょっと低いくらいなのですよ。小さいって言うなら、私よりクロムの方が小さいのですっ」


「あ、あれ? 怒らせちゃった……?」


「別に怒ってないのです。三年くらい前から身長が全然伸びなくなったことなんて全然気にしてないのです」


「ご、ごめんなさい、悪気はなかったの。許して、エルフィリアちゃん……」


 元々、コンプレックス気味だったことを指摘されて、思わずと言った具合にちょっと拗ねてしまっただけだった。

 そんなエルフィリアにニーナは涙目で懇願する。付き合いがまだ短いから、エルフィリアが本気で怒っているかそうでないかの判断がつかなかったのだろう。


「……だから、別に気にしてないのです。私も悪かったのです……」


 急にそっけない態度を取ってしまったことに対し、エルフィリアは途端に罪悪感を覚えて、しょぼんとうなだれた。


「ううん、先にエルフィリアちゃんのことを悪く言っちゃったのは私だから」


 許してくれてありがとう、とニーナが微笑む。


「でも、小さい小さくないはともかく、エルフィリアちゃんが可愛いって思ったことも本当よ? そこは誤解しないでほしいの」


「そ、そっちの弁明はしなくていいのですっ。私なんて全然可愛げのない性格してるのですよ」


「うふふ、そうかしら。そうやって顔を赤くしてそっぽを向くところとか、すごく可愛いのに」


「なっ、べ、べべ別にそんにゃっ。そ、そんなこてゃっ」


 焦りすぎて二回も噛んでしまって、エルフィリアは真っ赤に染まった顔を俯かせた。


「……うぅ、ニーナは意地悪なのです……」


 クロムが居候するようになるまで家に引きこもって魔法の研究に没頭することが多かったエルフィリアは、実はあまり人付き合いが得意ではなかった。

 急に頭にのぼってきた羞恥の感情をどうすればいいかわからなくて、顔が湯気が出そうなくらい熱い。


「わ、私のことはもういいのです! それよりついたのですよ、図書館っ!」


 校舎と同等の大きさを誇る別棟を指差して、エルフィリアは小走りでそこへ向かった。ニーナもそんなエルフィリアを追いかける。

 中に足を踏み入れた二人を出迎えたのは、四方八方を本棚で囲まれた本の世界だった。

 一階だけでも相当な広さであるはずなのに、それでもまったく本が保管し切れていないらしく、天井まで開けている中央のホールから見上げた階数は優に四階まで存在している。

 また、本を長く良い状態で保管し続けるためだろう。建物のあちこちに、術式そのものに保護の魔法が重ねがけされたさまざまな付与魔法術式が確認できる。

 付与されている主な内容は、紙を痛めないための温度や湿度の調整や、経年劣化の抑制のための状態保持。

 そのどれもが一流の魔法使いの手によって形成されたものであることが、少しでも魔法をかじっている者ならば一目で理解できるであろう。


「話には聞いてたですけど……やっぱりミスラテイル学園の設備はすごいのです」


 しょせん学園の設備の一つに過ぎないというのに、あまりに壮大だ。

 ミスラテイル学園は図書館に限らず、あらゆる設備が最新のものが維持されているという。こういう部分もまた設立して間もないはずのミスラテイル学園が高い評価と人気を得ている要素の一つだ。


「そうね。本当にすごい……そういえば聞いていなかったけれど、エルフィリアちゃんはどんな本を探しに来たの?」


「あぁ、それは……」


 少し迷ったが、隠すほどのことでもないので打ち明けることにする。


「私が探しているのは、生まれ持った魔力量を増やす方法か、その手がかりが記された本なのです」


「生まれ持った魔力を? ……エルフィリアちゃんって、もしかして魔力の保有量がかなり少なかったり……?」


「常人の五分の一もあればいい方なのです」


「ごぶっ!? えっ、エルフィリアちゃんって後衛の試験を受けて学園に入学したはずよねっ? そんな魔力でよく合格なんて……」


 ニーナの反応はごく当たり前のものだ。

 魔法使いに最低限必要と言われている魔力量が、常人の五倍。エルフィリアの魔力量はそのニ五分の一以下である。

 こんな少なすぎる魔力量で後衛の試験を突破し、難関とされるミスラテイル学園に入学した。

 合格すべくして合格したクロムとは違う。本来であれば合格するはずもないのに、合格した。


「……私のことはいいのです。ちなみになのですけど、ニーナはどのくらい魔力があるのです?」


「私? ふふ、普通の人の八百倍くらいかしら」


 八百倍。

 魔法使いの最低限度の魔力量の百六十倍。エルフィリアの千六百倍。

 確かにものすごい魔力量だ。常人とはその言葉通り、この世界の大多数の平均の魔力値のことだ。その八百人分の魔力など、常軌を逸している。

 ……常軌を逸している、はずなのだが……エルフィリアは、なんだかあまり衝撃を覚えなかった。

 自分から聞いたはずなのに「へえ」って感じである。

 というのも、十中八九クロムのせいだ。

 なにせクロムの魔力量は推定で常人の何兆倍である。桁が違いすぎる。

 あんなクソチートと毎日一緒に生活し、魔法の練習に付き合い続けていたら、嫌でもこうなってしまう。

 ほんの少し自慢げなニーナに、うんうんとエルフィリアは首を縦に振ってみせた。

 

「ニーナは優秀なのですね。さて、それじゃあ早速本を探すのです」


「あ、そうね……あれ、なんか反応が薄い……」


 もっとこう「すごいのですニーナ!」みたいにきらきらした目で見られることを期待していたらしいニーナは、エルフィリアの反応の薄さに少々しょぼくれながら、彼女に続く。

 案内板によると、エルフィリアが探しているような魔導書は三階に存在しているらしい。

 ホールを囲むようにして存在する巨大な螺旋階段に足をかけ、目的の階までのぼっていく。


「本当にすごい数の本ねぇー。王都の王立図書館と大差ないんじゃないかしら……」


 ニーナの呟きに頷いて同意しつつ、三階にたどりついたエルフィリアは、目ぼしい本がないものかと本棚を巡っていく。

 魔導書と言うと、今までは両親の遺産や、近場の貸本屋くらいでしかお目にかかったことがなかった。

 これほどまでに大きな施設は初めてだ。

 エルフィリアは今、これまでの人生で一度として見たことがない数え切れない未知の魔導書に取り囲まれていて、それだけで、この学園に入学してよかったと思える。


「あ。これ、ずっと読みたいって思ってたやつなのです」


 誰もが知っている超有名な魔導書もあれば、こんなの誰も読まないだろうというくらいマイナーな魔導書まで取り揃えられている。

 生粋の魔法好きであるエルフィリアからしてみれば、ここはまさに天国そのものだ。

 あ、この本もいいのです。これも気になってたのです。あれもこれもそれも、とにかくたくさん。


「うへ、うへへへ……読んだことがない魔導書がいっぱいなのです。もういっそのことここに住みたいのです……」


「ふふ。とっても楽しそうでいいことなのだけど、エルフィリアちゃん、本来の目的を忘れないようにね?」


「はっ!? そうなのです!」


 少し名残惜しかったが、手に持っていた読みたかった魔導書を本棚に戻す。

 学園の生徒となった以上、これからはこれらの本はいつでも読むことができるのだ。今日は当初の目的通り、自らの悲願である魔力量を増やす方法を探すことが先決だ。


「手分けして探しましょうか。私はあっちの方の本棚から見てみるから、エルフィリアちゃんは逆の方からお願いしていい?」


「それは構わないのですけど……ニーナ、探すのを手伝ってくれるのです? しょせん私の個人的な用事ですし、ニーナが読みたい本を読んでてもいいのですよ?」


「いいのよ。こんなにたくさん本があるんじゃ探すのも大変でしょうし、それに、エルフィリアちゃんは私のお友達だもの。困った時はお互いさまでしょう? 私、エルフィリアちゃんの力になりたいの」


 なんて言って、ニーナは微笑む。

 そんな彼女をじっと見据えた後、エルフィリアは小さくため息をついた。


「今日会ったばかりなのに、親切が過ぎるのです」


「迷惑かしら……?」


「ううん、とっても助かるのです。お願いしていいです? ニーナ」


「ええ、もちろん」


 しっかりと頷き、本棚の向こうに歩いていくニーナを見送って、エルフィリアも目的に沿って本棚を漁り始める。

 時折目移りしそうになるが、ニーナが自分のために頑張ってくれていることを思い返して、どうにか誘惑を振り払った。


(ニーナには、なにかお礼を考えておかないといけないかもしれないのです)


 そんな思いを胸に留めて、エルフィリアは魔導書探しに没頭した。

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