とあるマフラーの話3
おおよそ一ヶ月後。私は、また会長さんに呼び出されていた。私からも連絡しようと思っていたところだったので、都合が良いと思いながら二つ返事で了承した。
場所は前回と同じ。しかも、バレンタインデー前ということで、余計にカップルが目につく。もしかして、心の持ち方にも問題はあるのかもしれないが。少し、ふっくら膨らんだ鞄を抱きかかえるようにして、私はぼんやりと立つ。
「悪い。待たせた」
一ヶ月前と同じセリフを聞いて、私は思わずクスリと笑った。何がおかしいって、高校時代はむしろ逆で、会長さんの方が時間にきっちりしていたのだ。部室まで来て「時間だから、下校しろ」って言われていたあの時が懐かしい。
突然笑った私に、会長さんが不思議そうな顔をした物だから、そうやって説明してあげると、会長さんも同じように笑みをこぼした。
前回と違って、こうやって普通に会話が出来ていることに、私はちょっと感激をした。コーヒーチェーン店に向かう同じ道を辿る足取りが軽い。
店に入って、前回と同じ物を注文し、今度は飲み物が冷めないうちに、会長さんが話し出す。
「この間は、助かった」
「わ、私は、何もやっていませんよ」
まっすぐに見据えられてそんなことを言われて、私は、ちょっとまごついた。内心、照れながら否定する。会長さんは、言うと思ったとでも言うように苦笑した。
穏やかなこの空気。きっと、贈り物は上手くいったんだろうな、と思って、私はちょっと残念な気持ちになった。と、同時に抱く罪悪感が心の底をざらつかせる。
しかし、会長さんが次に放った思わぬ一言に、目が点となった。
「姉も喜んでたし、無事に借りを清算出来たよ」
「えっ?」
(姉って……?)
私が思わず聞き返すと、会長さんは「だからバレたくなかったんだ」と呟いて、エスプレッソを一口。そして、説明をしてくれる。
「姉さんだよ。この間、プレゼントを探してたのは、姉の誕生部プレゼントだったの。お前は絶対に彼女宛やら、片想い相手宛だと勘違いしてるって、姉さんが言ってたんだけど……それは、事実だったんだな」
「えっ。だって、それは……」
「とりあえず、お前はいろいろ勘違いしてるっぽいけど、俺は大してモテないし? だいたい、他にもっと親しい女子がいたら、そっちに頼むっつーの。だから、俺はお前に頼んだんだよ」
少し冷めかけてきたミルクティーで喉を潤しながら、私は状況把握をする。つまるところ、会長さんのプレゼントのお相手はお姉さんで。いろいろ、私の早とちりで。
(そして、会長さんの一番親しい女の子は、私だってこと……?)
何故だろう、すごく嬉しい。言葉にはできない幸福感が身体を満たした。
『女子』に限るにせよ、会長さんみたいな立派な人の一番が、こんなとろくてどんくさい私なんだ。絶対、今、顔が火照ってる。自覚出来るほどに、身体が熱くて両手で頬を覆った。少しだけど、ひんやりと冷たくて、気持ちがいい。
「俺、かっこわりぃ…」
「そんなことないですよ」
ゆっくりと、いつもの調子で否定する。「ちゃんと、かっこいいです」と付け足すと、会長さんは一気に顔を真っ赤にさせた。
「褒めたって何も出ないし、からかったって何も面白くないからな!」
学校内の有名人だった会長さんは、硬派で初心なのです。私程度の些細な言葉で、こうやっていちいち反応する彼は、私にとっては身近に感じられてすごく好きだ。
そう、私は彼のことが好きなのだ。それが、恋愛感情なのか、もっと別の感情なのか、今は分からないけれど。
だけど。
でも。
それでも、いいだろう。
私が、彼のことが好きで、あわよくば少しでも会長さんが私のことを好いていてくれているなら、この気持ちに名前を付けるなんて、もっと後、いつかのことにしたって。
関係を改めるなら、試みるなら渡そうと思っていたそれ。
大きめの鞄の中。
詰め込まれたモスグリーンのマフラーは、日の目を浴びることなく、出されないまま。
《とあるマフラーの話 The End.》