揺蕩い風に纏う罪
風霧花、それがリンドウの有する『命器』の名前。命共振を介し『命器』と繋がった男の身体は爪先から確かに浮かび上がり、身軽と呼ぶのも生温い俊敏性を見せていた。
「早い話が気流操作だ。風霧花は周囲の空気を操り、俺の意のままに動かせる」
「最初に俺を助けてくれた時も、気流を駆けあがったのか」
「そうだな。あん時は王都が燃えてたお陰で気流が上向いてた。関係ねえって思うかもしれねえが気流操作つっても元々動いてた方が俺も操れる範囲が広がる。覚えてるか? あの飛行船が墜落する時、外じゃ乱気流にも巻き込まれてた。あの時、俺とお前が助かった理由は正にそれさ。全くの無風じゃ残念ながら俺一人しか動かせない。今みたいにな」
「あまり強そうな能力とは言えませんね」
「ま、そういうな。身軽に動くならこれくらいで十分さ。つー訳で朗報を待ってな。行ってくる」
リンドウは遥か上空まで不自然な風に打ち上げられると、上空から軽々川を越えて村の中に墜落した………そう呼ぶしかないほど、鮮やかに侵入したのだ。他意はない。まだ日は上っているとはいえ多くの人間が上空から人が来る想定などしていない。警備も彼の存在には気づいた様子がなく、入り口を相変わらず塞いでいた。
「大丈夫かな……」
「私達にする事がありませんね」
「……余計な事して怒られても嫌だし、暫く安全そうな場所で隠れてよう。日が落ちたら近づいて様子を窺うんだ」
「賛成です。何処かの誰かさんのせいで私は眠れていませんから」
「……ごめん」
◇
全く、俺が居ないと駄目な奴等だな!
頼りない仲間二人を導くのも兄貴の役目だ、そう言い聞かせて飛び上がった。太陽を直視する人間はいない、多少大胆に突入しても目撃されない読みで移動は飽くまで素早く。荷車に積まれていた藁に着地を任せると、山のように盛り上がっていた藁が着地の衝撃で弾けるように拡散、周辺一帯に藁の絨毯が敷かれた。
「…………さ、こっからだ」
自らに檄を飛ばさなければやっていけない。長い長い監獄生活の末に身についてしまった独り言はそうそう抜けないかとリンドウは自嘲気味に笑った。精神に支障を来しているのは自分だけ? いいや、どういう訳か記憶を失ったアイツに比べたら幾分具合が良いだろう。やるべき事はただ一つ、二人を村に入らせる方法を探る事。
「うわ! なんだこれ!」
足音が聞こえた瞬間、『風霧花』で上に飛び上がらなかったら不審者として騒がれていただろう。『命共振』を継続していたのは偶然だが助かった。継ぎ接ぎの服を着た青年は散らばった藁に気を撮られて上空がおざなりだ。「片付けるのは俺なんだけど」なんて愚痴りながら壁にかけてあった竹箒で藁を集めていた。
「……悪いね」
「え?」
音もなく背後に着地、手を素早く青年の口に当て、気流を―――即ち呼吸を断った。突然呼吸を封じられた青年は混乱して叫び声を上げる事も出来ず、暴れて呼吸を乱して間もなく気絶。確かに意識を失ったのを見届けてからリンドウは『命共振』を解除した。空気はあっても呼吸の出来ない感覚、不意打ちには十分すぎるし―――もしシトゥンが裏切るようならこいつで気絶させてどっかに突き出せばいい。その賞金はきっと儲け話を追う資金源にもなる。
他に人が来ない内に青年を藁に沈め慣れた手つきで服を奪った。特徴のない服だ、これを着ているからといって奪ってきた服とは思われまい。代わりに囚人服だったぼろ布を期せられた青年を哀れに思いつつ、二人を入れる為の手がかりを探しに村の広場へ堂々と足を運んだ。
「…………ほぉ?」
高い壁に囲まれているからさぞ表に出せないような生活をしているのだろうと思いきや、存外広場には男達が集まって酒瓶片手に下らない話をしていた。視界の端には確かにリンドウの姿も目に入っている筈だが、よそ者とは思われていないようで何よりだ。
それはそれとして、違和感が残っている。
小さな畑を耕す男、教会で一人祈り続ける男、村を巡回する騎士の男、酒場で駒遊びをする男達、馬の世話をする男、男、男、男、男、男。目立たないようそれとなく村中を歩き回ったが、何処に居る住人も等しく男だった。リンドウに服をくれた親切な男も、やっぱり共通している。女が居ない。
「どうなってんだか……家の中か?」
夜間になるまで外出を禁じられているような規則でもあるのだろうか。それなら他の国だがそういう生活が徹底されている場所を知っているから納得だが、その国の気風で言うなら表立って女を出さない代わりに男の扱いはかなり雑で、結婚相手は女が一方的に選べる決まりがあった。選ばれる為に男は立派である事を求められるせいで、外の人間が触れ合う男は誰も彼も高潔で……その国に比べるとここには堕落と怠惰しか感じられない。
―――こりゃ、シトゥンを入れるにゃ工夫が必要だな。
情報を集めるなら酒場に入り浸るのが一番だ。どうせ入れられる機会があるとすれば日没後だし、情報通とは少しでも仲良くなっておかないと。
「よう旦那。俺に合いそうな酒を一杯頼むぜ」
カウンター席にどかっと座り込むと、グラスを拭いていた男は作り物の笑顔を浮かべ、流れ作業気味に棚のボトルを一本渡した。
「いやあ、頼むよ旦那。俺はそこらの飲んだくれと違ってボトルじゃ飲まないんだ。どうか開けてくれないか?」
「貴方の顔はこの辺りで見た事がないですね。その貧相な服装からして……旅の方ですか?」
「貧相なんて言わないでくれよ~こっちにゃ大層な馬もなきゃ御者に渡す金もねえのさ。ここ数日は大したモンを食ってなくてな、出来りゃここで腹を満たして、ついでに酒でも吞みながら潰れたいと思ってたとこさ。この村、俺が来た中で一番シケてんぜ。どうなってんだ?」
手持ちの銀貨を数えもせず(服を奪うついでに借りた)袋のまま渡すと、酒場の店主は気前よくボトルを開け、ついでに奥の倉庫からカチカチのフラットブレッドと塩漬けになった肉を出し、皿の上に提供してくれた。
「気前がいいねえ旦那! 肉なんて良く出せたもんだ」
「行商人より買い付けているものですから、少しは用意がございますよ。特にこの村では食事もままならぬ者も多く、夜には人で溢れかえるモノですから」
「へえ? そりゃまたどういう事情で?」
「旅の方、一番奥に聳える村長の家を訪ねてはいないようですね。そこへ向かえば事情は分かりますよ、嫌でも」
「そいつは外で飲んだくれてる奴が居るのと関係あるのかい?」
「それは……心が折れているだけですよ。貴方様もくれぐれも村長の命令には従うように。出なければ―――貴方は冷笑する方々の誰よりも酷い末路を迎えるでしょう」




