風纏の流刑者
記憶を失っているせいか、魔物を見てもその危険性が一切判断出来ないのは致命的だ。二人が居るからこれは危ない、これは大丈夫と判断出来ているが一人きりだったらと思うと……特にゴブリンの話は衝撃だった。間違いなく罠にハマっていた自身もある。
「一つ気になったんだけど、この世界に生きる人は皆、魔物の特徴を一々覚えてるのか? 世界にどれくらい魔物が居るかもわからないけど、覚えるのが大変そうだ。記憶を失う前の俺も覚えてたのかな」
「忘れたら死ぬって奴だけ覚えりゃいいのさ。野草だって食えるモンと食ったらヤバイモンだけ覚えときゃ困らねえだろ。こういう種類でこういう特徴でこういう性質で……そんなもんは物好きが勝手に覚えりゃいい」
「クラガリゴブリンは特別危険だから常識というだけですね。ですからそんな、身構える必要はないかと」
「……難しいな」
「慣れろ。歩き方とか戦い方を忘れるよかマシだろ?」
街道に沿って歩いているだけで、何と日が今にも暮れそうだ。
足が疲れたとは言わないが馬車……もしくはそれに類似した移動手段を確保したいかもしれない。三人で本来の計画すら出し抜いてお宝を手に入れようという発想は結構だが、どうもこの移動手段のままでは町から町への移動もままならない気がしている。
「おい、見ろ。村があるぞ」
「滅茶苦茶遠くにね」
足を止めるには気が早いのは同意する。が、リンドウの言う通り見えたのも事実だ。それほど大きな村ではないが遠目に見てもその姿が明らかな監視塔と村の周囲を覆う川のような水たまりが距離とは無関係にその町の存在を目立たせる。村を囲う壁の規模からしてあまり住人の数は居なさそうだが、村の外と中を繋ぐ橋には関所があり赤い鎧を身に着けた兵士が三名そこに立っている。クラガリゴブリン対策なのかはおいといて、入れさえすれば暫くの安全は保障されそうだ。
「……おい、止まれ二人共。あの村を見て何を感じる?」
「何って…………変な村だ。陸地の中にあるのにまるで孤島みたいになってる」
「近くには山もないし海とも繋がってないからあの水たまりは村人達が自分で掘って水を溜めたのでしょうか。このような平地で流れが生まれているというのは自然現象的には考えにくいですが……」
「”命器”次第で納得は行くな。孤島ってのはその通りで、俺達の正体がバレた際は逃げにくいだろうな。俺はともかく、お前達は」
「一人で逃げるつもりか?」
「そんな事はしねえけど、面倒はごめんだって話だ。侵入も楽じゃなさそうで逃走経路も作りにくいんじゃ、いよいよこのぼろっちい服ともお別れしないといけないな。さて、どうしたもんか……」
「せめてもっと近づいてから考えませんか? その方がより多くの情報を得られると思いますけど」
シトゥンのもっともな意見に彼は駄目だと切り捨て頭を振った。
「俺達は街道沿いに歩いてきて正面からあの村を見つけたんだぞ。日暮れ時に……いや、ぶっちゃけ何の光もない時じゃなきゃ黒い物体が動き回んのは目立つぞ。周りが暗くても、真っ黒い物体ってのはそうないからな。ここがギリギリだ。バレないように考えるのも、とりあえず立ち止まれんのもな」
「……確かに、村に入る気がない怪しい服装の奴等がウロウロしていたら入るどころじゃないな」
「だろ? もう少し近づいて様子を見るのは構わねえが、草むらに隠れたところでたかが知れてんだよ。焦って身を隠しや不自然に草が揺れる、虫や動物が逃げる……と違和感だらけだ。もし近づくとするなら正面の兵士が居なくなった瞬間だな」
「…………じゃあここで待つんですか?」
「いや、とりあえず街道に沿うのはやめてそっちの草むらを突き進んでいこう。奥に森があるよな? 地形的にあの村は自分達の手で川に囲まれてるが、更にその外側を森に囲まれてる。ほら、こっちから森がず~っと続いてんだろ。一先ずそっちで潜伏してそこから改めて服の確保を考えようって案だ。異論は?」
「あります」
記憶喪失故にただ作戦に乗る事しか出来ない自分に比べて、シトゥンは当然のように反論した。
「森の中なんて魔物が居ないよりも居る事の方が多い場所じゃないですか。この大陸における魔物の生息地が明らかになっていない以上、三人で潜伏し続けるのは難しいと思います。貪られたいなら話は別ですが」
「森の中には危険な魔物が多いんだな」
「魔物だけでなく通常の動物も危険ですよ。私達なら正面から戦えはしますが、果たして一睡もせずに戦い続けられるでしょうか」
「確かにその通りだ。リンドウ、悪いけど俺は彼女に肩入れするよ」
「おいおい考え直せって! 逆にどうやって町ん中に入るんだ? あの壁を超える? どう入っても目立つだけだからやめとけ。三人一緒なんて―――」
「なあ、リンドウの”命器”なら静かに入れるんじゃないか?」
ふと、思いついてしまった。彼が俺を飛行船にまで誘導してくれた時に彼はどうした? 空中を階段があるみたいに駆け上がっていたではないか。あれが彼の持つ”命器”の能力なら囲いが幾ら高かろうと関係ない。そこに入り口でもあるみたいに上から侵入出来る。
彼はその案にあまり納得した様子がない。
「俺だけなら入れるが……お前らはどうする? おい、三人で宝を手に入れる約束は早速反故かよ」
「いやあ、俺達は待つよ。リンドウが良い感じに手引きしてくれて中に入れてくれた方が安全だからな。それなら問題ないだろ?」
「俺が全責任を負うのか!? ……ま、確かにそっちのが安全だわな。それに仲間だなんだと言って”命器”の詳細を隠すのも不公平だな」
……俺はそもそも自分の”命器”を知らないんだけどな。
この剣はそもそも抜けないから、ひょっとすると俺の物ではないのかもしれない。不公平というなら記憶の時点から自分は不公平だ。二人が幾ら信用してくれたとしても記憶を取り戻さない事には何も始まらない。
「別にその案に乗ってやってもいい! だけどシトゥン、必要な時が来たらお前も開示しろよ? その為の仲間なんだからな?」
「分かっています」
「俺は……」
「記憶を取り戻せ! 明かすのはそれからでいい。ぶっちゃけお前の能力はその共振すり抜けだと思ってるんだがな……ま、今はいい」
リンドウは羽のような髪飾りに触れると、二本指を虚空に向けて指示でも出すかのようにゆらゆら指を揺らす。
「翔るは青嵐 身を裂かせ”風霧花”」




