紙と蝿
しとしと降ったり止んだりを繰り返していたが、やっと雨があがったらしい。でも空はどんよりとしているし、じめじめとして肌にまとわりつくような気持ち悪さがある。
窓のカーテンには蝿の死骸が付いている。ずいぶんと前からそれを知っていたけれど、別にどうということもなしに、僕はそのまま窓際の机の上で、一枚の紙に文字を書いていた。特別、何か書くことがあるわけでもなく、ただ「とりあえず」ペンを持って、消ゴムは紙の上に残しながら、ただひたすらに頭の中に浮かぶ文字を書いている。
空虚な感情と脳内の淀んだ血流とが相まって(思考はうまく巡ってこないのだが)筆の進みが一段と早くなる。
カーテンについた蝿の死骸をここで突然思い出す。
忘れていたのだ。
ちらっと目を上げその場所を見る。
黒くて潰れた蝿がまだカーテンにへばりついていた。机の上の真っ白な紙の上にそれが落ちてこないことを願って、また筆を動かす。
ようやく太陽が雲間から顔を出してきた。
***
大海原を背にして、再び黒い森の中へ歩いていく。立ち枯れた杉の木々が不気味な曲線をして道の両側にずらりと並んでいた。
この森は恐ろしくて変だ。しかしさっきから遊園地で流れるような、明るくて軽快な音楽が聞こえている。それに合わせて、杉の木々が腰をふりふりし出した。