やはり、私はまた生きることにした【前編】
前編と後編に分かれています。
0. 序文
私がある人から、頼み事を受けたのは二年くらい前のことでした。
友は自分が言ったことを一字一句書いてくれればよい、あなたはとても丁寧に仕事をしてくれるし、信頼のおける人だから、是非お願いしたいと言ったのです。
私たちは、完全な厭世主義者ではありませんが、社会と一定の距離を置いて自分達の文学世界に浸りたい人間同士だったので、ウマが合いました。それで長年の友になりました。
私たちは凸と凹のように、それぞれが丁度よい組み合わせになっています。どういうことかというと、私がつぶれたときは友が私を助けてくれ、友が倒れたときは私がその友を手伝うというように、ちょうど交互に倒れるので、どちらかが支えられるのです。
今回は友が倒れました。
ペンが持てないからということで、口述筆記を依頼してきたのです。
友は作家です。ひどく無名で人気の無い同人誌に、気が向いた時に載せてもらっている貧乏作家です。正直に言うと、今まで一度も、友の小説を真面目に読んだことはありません。この自伝が世に出て本人がその事を知ったら、怒るかもしれません。でも、きっと許してくれるでしょう。私が唯一信頼している友だちだからです。
友にとって、これが初めての自伝的小説だといいます。上手く書ける自信がない、と気弱な友に私は、自伝なのだからそんなに肩肘張らずに、ゆったりと書けばいいよ、と要らぬアドバイスをしてしまいました。でも友はそうか、と一言。無論、私は全力で友をサポートするつもりです。
序文なのだから、簡潔に短くしようと思っていたのに、ついつい長々と書いてしまいました。
以下は、私の友の言葉です。
一. 日記
私は、毎日日記を書くのを習慣にしています。時には一日あるいは数日書くのを忘れることもありますが、その度にひどくイヤな気持ちになります。
穴ができたみたいで。
でも決して、二日分をまとめて書くようなことはしません。なぜなら抜けた分の穴埋めを、過ぎてしまった日にするのでは全く手遅れだからです。手遅れというよりも、無意味なのです。その日その日に書き留めることこそ、その日の心の有り様を紙の上に落とすことに、日記としての意義があると私は思うのです。その日はその日だけの唯一無二の一日であり、他日ではそれにとって変わることができませんから。日記はその瞬間を写しとる写真のようなものだと思います。でも、四六時中日記を書くわけにもいかないわけで、一日の終わりに書ければいいのですけど。
内容は勿論ですが、筆圧、筆跡、文字数、言葉遣いで、その時の空気感、感情の色などを伺い知ることができます。感情そのものを閉じ込めるとっておきのアイテムです。
ある時かつて自分が書いた日記の文章を読み返していましたら、なんだか、苦しいとか、辛いとか、不安だとか、腹が立ったなどの"負の感情"がほとんどを占めていて、その時の文字の荒れ狂い方が尋常ではないことに気がつきました。楽しいとか、うれしいとかいった明るい文章が極わずか(それも、特に楽しいというのではなくて、昨日の苦しさがあまりにひどいので、今日はそれに比べたらまだましだから、良いという程度)なのです。
なぜ私はこれほど精神が暗く惨めになってしまったのだろうと思うことがあります。
一体何が原因なのか?
そもそも原因なんて最初から存在しないのかもしれません。ただ一ついえるのは、私は生まれながらに他人の感情に敏感なのかもしれません。子どもの時分から、他人を喜ばせたい、他人に良いと思われたい気持ちが強かったのかもしれません。
その性質がより顕在化し日常生活において支障を来たし始め、苦しみ始めたのは、中学校に入ってからのことのように思います。中学二年の頃から、私の思考が以前の自分とすっかり変わってしまったように感じました。大人になる微妙な時期だったからだと思います。人と話をしたり(前から少なからずはありましたが)、大人数で何かをしたりするのが、ひどく緊張し始め、他人との交流が億劫になり、自分の内面に閉じ籠るようになりました。教室にいるだけでも周囲の目は気になりました。自分の言動や行動が周囲の人間にどう映っているのか、過度に気を配りました。いい人間であるよう、できる限りにこやかに親切に接するように心掛けていました。けれどそうかといって、自分を無理に他人に合わせることもできませんでした。周囲に同調せず、奇異な人間に思われたのかもしれません。
いい人でありたい私は、いじめの標的にされました。
これは矛盾しているようでいて、決して矛盾してはいません。
いい人であろうとするあまり、たとえいじめられて物を隠されたり、目の前で暴言を吐かれたりしても、何事もなかったかのように、気にしてないように、ニコニコしている……。そうすればするほど、いじめはエスカレートしました。
いじめる人にも親切にし、決して不平不満を漏らすことなく、良い人に見えるように努力しました。というよりも、怖かったからこそ、強いふりをしていたのかもしれません。
大抵、イヤなことをされたりしたら自然に何らかのレスポンスがあるはずですが、私の場合は無であるので必死でした。
ある意味で周囲の期待に背きました。
それは私がどんな人間なのか知られるのが怖かったので、自分の内面という殻に閉じ籠ったからです。それで周りからは、私のことをよく分からない人と見なしたのだと思います。
当時の私は、良い人に思われたい気持ちがあまりに強かったので、他人にいじめられることは、思っても見ないことで、余計に自分に自信がなくなりました。
ほっといてくれさえしたら、私の内面にある時計が殻を壊して、外へ飛び立つその時を教えてくれたでしょう。
私にはまだ早すぎました。
中学生の私を擁護できる人間が自分自身しかいないのであれば、確かに、今の私は当時の私を弁護しなければならない立場にあるのです。
ニ.亀
亀が手足を引っ込めて甲羅の中に隠れてじっとしているのを、子どもたちがじっとその様子を見ています。でも、待てど暮らせど一向に亀は顔を出しません。子どもたちは亀のことが気になり、どんな亀なのか興味津々です。ある子どもが言いました。
「この亀を突っついてみよう」
子どもたちは、木の棒や石を手にして甲羅を突っつきます。でも亀はやはり出てきません。怖いのです。
「僕は、この得体の知れない大きなものに攻撃されている」
亀は暗い甲羅の中で考え、恐ろしくなりました。けれどこのまま閉じ籠っていればきっと彼らは止めてどこかに行くだろうと。ほっといてくれるだろう。そう考えて丸まっていました。
ある子どもが言います。
「ねえ、どんな亀なのかな?」
「今度はひっくり返してみようよ」
亀はひっくり返され、お腹が真っ青な空に向きました。亀は、じたばたしてまた元に戻ろうともがきます。しばらく亀の様子を見ていた子どもの一人が木の棒でその腹を突っつきはじめました。他の子どもも一緒になって突っつきはじめました。
亀は言いました。
「怖いよ。イヤだよ。痛いよ。お腹は大事なところなんだ。僕は食べられてしまうのかな。怖いよ」
それでも子どもたちは手を休めるどころか、さっきよりも力を込めて叩き始めました。仕舞いには大きな尖った石や岩を持ち出してきて、亀を見下ろしてこう言いました。
「それなら、この大きな石で甲羅を叩き割って中を見てみよう」
亀はひどく怯えながら言いました。
「止めてくれ! ほっといてくれ! 僕に構わないでくれ!」
亀は甲羅を砕かれ死にました。子どもたちは呆気にとられて呟きました。
「あーあ、死んじゃった」
「もうおうちへ帰ろうよ。お母さんが待ってるよ」
「暗くなる前に帰らなくちゃ」
「亀はどうする?」
「いいよ、このままここに置いておこう」
「そうだね。僕たちが悪いんじゃないもんね」
「うん、亀が全然出てこなかったから悪いんだよね。仕方がなかったんだよ。それに亀はなんにも言わなかったんだから、いけないよね」
「帰ろう、帰ろう」
子どもたちはそう言うと、足早にそれぞれの家に帰っていきました。そして何事もなかったかのように、おいしい夕飯を食べ、暖かい布団に入りました。亀のことなど忘れて、また新しい一日を迎えていくのでした。
ここでいくつかの疑問が生じる。
○子どもたちに残虐性はなかったか?
○亀が死んだのは仕方のないことだったのか?
○亀は本当に顔を出さないつもりだったのか?
○亀と人間がお互いに通じあっていれば、亀は顔を出し、子どもたちは亀を殺すことはなかったのか?
○何人かの子どもたちはただ見ていて、実際に手を加えなかったが、その子どもたちには罪はないのか?
○殺してしまった亀のことなど忘れ、自分たちの生活に易々と戻れることはあまりにも虫が良すぎないか?
○いじめをした子どもたちにも、同じ経験をさせれば、いじめはなくなるのか?
分からない。
〈後編に続く〉




