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「お疲れさん」

「黒木、どういう事だ」

「いやあ、悪いね」


 そう言いながら黒木の顔に悪びれた様子はない。検視官という死体と向き合う事を常とする職にありながら、この黒木という男はそれを微塵も感じさせない爽やかさ明るさ快活さを持ち合わせており、彼と喋っているととても死体や事件の事を話している気にならない、なんとも不思議な存在の一人だ。

 

「もう終わった事なんだけどさ、伊藤さん多分もやもやしてるだろうなって思って」

「どういう事だ」

「分かるんだよなー。声なき者と向き合っていると、言葉がなくてもなんとなくその人が抱えてるものや考えてる事って」


 果たして黒木が言うように死体と向き合う中でそんな力を手に入れたのか、それとももともと持ち合わせた能力なのか、それは分からない。だが確かに黒木は一種人の心を読み取る能力を持っている。


「何が言いたい」

「それはとりあえず、彼を見てもらってからだね」



“伊藤さん、時間あります? 例の事故の件で、ちょっと個人的にお話がありまして”


 検視官の黒木からそんな連絡が来たのが数日前。真下の件が事故だと断定された後の事だった。


「一度見ているから大丈夫ですよね」


 そう言いながら黒木は何枚かの写真を机の上に並べた。

 瞬間、伊藤は戦慄を覚えた。


「こりゃあ……」


 黒木が何故自分の事を呼んだのかが分かった。

 やはり自分の予感は間違っていなかったのだ。

 そして、自分が見たものも。


「ちょっと説明がさ、つかないんだよね、これ」


 写真の中には衣服をはがされた真下の身体があった。顔、身体、腕、脚。損傷は激しい。見るも無残な有様だ。しかし、そんなものより恐ろしいものが彼の身体には刻み込まれていた。


「言っておくけど、昔からあった傷跡ってわけじゃない。つい最近、言ってしまえば彼が死んだ日に、おそらくこれは生じています」

「生じている、だと?」

「日本語で表すなら、それが一番的確な表現です」

「じゃあ……」


 つまりこれは普通につけられたものではないという事だ。


「もっと言ってしまえば、この中には彼が死んでから生じているものもります」

「なんだって?」


 現実的にあり得るのか。いや、ありえない。

 こんなにも大量の痕跡が、あんな場所で、あんな死に方をした人間には、絶対に。


「まあ、本望だったんじゃないですか」

「何?」

「彼、向こうへ行きたがってたんでしょ」


 確かに真下は心霊スポットに一人で潜入する様子をネットで配信していた。行きたがっていたかは知らないが、興味はあったに違いない。


“イケヨ”


 あの映像と今ある真下の死体。刑事という職業に身を置いているものとしては、決して繋げてはいけない事実だが、どうしても繋がりを感じざるを得ない。


 ――こんな姿になる事が、望みなわけねえだろ。


 黒木はあれを見ていない。だからそんな事を言える。

 こんな事誰が望むか。


 真下の身体には、何者かの手形や歯形が無数に刻まれていた。


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