初めての旅へ
土産物店を営む商人で、森の聖域の守護者代理であるエルフのギードは、家族と一緒に王都から帰還した。
「ふぅー、久しぶりの我が家」
妻で人族の魔法剣士のタミリアが身体をぐーっと伸ばして、遺跡内部にある我が家の空気を吸い込んでいる。
「くつろぎたいところだけど、ちょっと急ごうか」
ギードは双子の子供達に旅の用意をさせるように促す。
「そかー、うん、そうだね」
タミリアもその辺は分かってくれているようだ。
ギードは子供達を任せて、自分のやらなければならない事をする。
ギードはついさっき、この国を裏から支えるダークエルフの一族の、最強の戦士にケンカを売った。
逃げるが勝ち。きっと絶対殴るだけじゃ足りない!、と言われるだろうしね。
いろいろと邪魔くさい事になりそうなので、家族ごと姿を消すことにする。
「ここに引きこもるのはダメなの?」
ギードは子供の頃から同じ種族である森のエルフ達から迫害を受けていた。
その頃から、森の最深部で老木の精霊である守護者に守られ、聖域の森や、そのまた奥にあったこの遺跡を遊び場や仕事場として育ってきた。
「実はフーニャさんを慰めるためにイヴォンさんを利用した時、迷宮内部を開放しちゃってね」
エルフの森に一番近い人族の町「始まりの町」にある領主館と、この遺跡の地下にある迷宮の安全地帯が移転魔法陣で繋がっているのである。
優秀な諜報員であるイヴォンなら、迷宮からここを探り当てるのは容易いだろう。
しかもここは結界の内部になるため、本来ならエルフや精霊以外に対し攻撃する森の防衛機能が働かない。
「残念だけど、しばらくは封印だな」
きっとまた帰って来る。それまでは眠っていてくれ。
ギードは自分達の大切な思い出の家に向かい目を閉じる。彼の低い声で紡がれる古代エルフ語の祈りを、子供達はじっと見つめていた。
タミリアが子供達の荷物をまとめたカバンを持ち出す。
その中には、王都の実家から子供達に贈られた地図と本も入っていた。
ギードはその手に、急いで書いた何通かの手紙を持っている。
「さあ、行こうか」「きゃぁーい」「うきゃー」
逃避行だというのに明るい一家である。
聖域の守護者である老木の精霊の所に寄る。
この木のウロの中に、ギードの店の店員であり、今は休暇中の女性エルフのフーニャがいる。
「フーニャさん、お加減いかがですか?」
「あ、もう大丈夫よ。そろそろ町に戻ろうかと」
スレヴィに付けられた顔の傷の跡も、もう残っていないようだ。良かった。
「分かりました。では、この手紙の配達をお願いしてもよろしいでしょうか」
ギードは手元にあった傷薬の残りと、書き上げたばかりの手紙を渡す。
「え?、シャー様とか、タミちゃんの実家とか……ギドちゃん、どしたの?」
ふふふとタミリアと一緒に含み笑いを浮かべ、ではよろしく、と外へ出る。
そして、ギードとタミリアはそれぞれ子供をひとりつづ抱き上げ、巨大な老木の精霊を見上げる。
「じーちゃん、ちょっと出かけてくる」
「ギードよ。気をつけてな」
あいよ、と手を上げてギードは明るく別れを告げる。
ギードが魔力を使い、ある場所を指定して移動を開始する。
やがて一瞬の光が瞬く間に、老木の精霊の前から愛すべき一家が姿を消す。
「お前達の行く道が明るく平穏であるように」
聖域の古木達も一斉に唄を歌うように揺れ、さざめいた。
「ん?、ここは魔法の塔の町?」
タミリアはひんやりとした空気に慌てて子供達の上着を取り出す。
「そだよー、まずは町で子供達用の毛皮を買わないと!」
わざと寒そうに身体を抱きながら、ギードは暮れ始めた魔法の塔の町を歩く。
すでに季節は秋に向かっている。夏でも雪がちらつく事があるほど魔法の塔の町は寒い土地である。
一時、聖騎士団の遠征に付き合い、旅慣れているタミリアは戦闘仕様の全気候対応装備を持っているし、ギードの正装はとにかく過剰なほど補助魔法が付与されている。
「シャー様んとこに子供達の荷物置きっぱだったねえ」
「ああ、仕方ないよ。取りに行けないし」
ギードが店を任されていた土産物店の実質所有者である領主のシャルネの館には、双子のための部屋があった。
イヴォンはシャルネの護衛なので、そこに足跡を残す訳には行かないのである。
しかも、そこに積み上げられている服やおもちゃは、溺愛しているタミリアの実家の両親からの贈り物が多く、過剰な装飾が付いていたりするのだ。
ギードは、あれでは目立つし、旅には向かないと思っていたので惜しいとは思わない。
まだ開いていた店に飛び込み、多少形は悪いが子供用の暖かそうな毛皮の上着を買う。
「悪いけど、ちょっと寄りたい所があるんだ」
そう言ってギードは次に魔法の塔に入って行く。
管理塔には何度か来ていた。
この町と塔の管理をしているのは国王の従兄弟であるデザインという名の老獪な脳筋騎士である。
「よお、また来たのか。む、なんだ、今回は家族で来たのか?」
デザイン所長は人族にしては珍しくエルフに興味が無い。というか、脳筋なのでその当たりはタミリアに近い。
「しばらく匿ってもらえませんか?」
「はあ?、なんでだ」
「ドラゴンに会いに行こうと思いまして」
そのための準備をこの町で行いたい、と話した。タミリアも面白そうだと目を輝かせる。
「対価は、ドラゴンの情報です」
欲しいでしょ?、と腹黒エルフが悪い笑みを浮かべる。
むぅ、と考え込んだ所長はしばらくした後、了承してくれた。
「他の奴らから隠せばいいんだな?」
よく分かってらっしゃる。
この魔法の塔は、この国の魔法の研究機関である。
色々と隠さなければならないモノが多い場所なのである。つまり、気配を消すには最適なのだ。
所員に案内され、宿舎に広めの一室を借りる事が出来た。
ギードはそこに荷物を置くと、妻と子供達を連れて中央にある塔に向かう。
「ギドちゃん、ここって、精霊の強化??」
タミリアは、これ以上強くなりようがない古の精霊が?、と不思議そうな顔をする。
「あー、ちょっとねえー」
今のエンとリンは黒い。彼らを本来の姿に戻すためには大量の魔力が必要となる。
「一番いいのはコンの時みたいに、ドラゴンの素材がいいんだろうけど」
この間の討伐では素材はすべて国の所有とされた。
手に入れようと思えば他の所有者から買うという選択肢しかない。
「お高いんでしょう?」「ええ、奥様」
だからこそ、ドラゴンに会いに行くのだ。うまくいけば素材が手に入るだろう。楽観すぎるかな。
ギード達は二階の精霊石の部屋の前に来た。
扉を開ける。すでに周りは夕闇が迫っていた。
案内役の女性エルフが膝を折り、ギード達を迎えた。
「ギード様、ようこそ」
ドラゴン分身体討伐の余波はここまで来ていたようだ。
すでに他に人影は無く、彼女はギード一家のためだけに残ってくれたらしい。
「どうも」
そっけない態度は何となく気恥ずかしいからだ。
ギードはコンに、本来なら入室出来ない人族のタミリアとミキリアを結界で保護してもらう。
そしてゆっくりと中央に浮かんでいる精霊石の前へ向かう。
子供達を左右に立たせ、エンとリンを呼び出す。
案内役の女性が驚愕しながらもそれを顔に出さないよう努力しているのが分かる。おそらくデザイン所長に報告しなければならないのだろう。
「さて、契約をしようか」
ギードの両親は赤子だった彼に、古の精霊コンと契約させた。
それを今度はギードが、自分の双子の子供達にしようとしている。
タミリアは不安そうな顔を彼に向けた。
ギードの両親は契約後、亡くなっている。タミリアには詳しいことは分からないが、ギードの身体を心配しているのだ。
それを感じながら、ギードと三体の古の精霊は精霊石の前に立つ。
「主よ、しばらく待ってもらえないか」
半透明の守護精霊のコンが珍しくギードに頼んでくる。
「ん?、かまわないよ」
コンと二体の精霊が何やら話し合っているようだ。
「主よ、我らは無理に幼い子供達と契約しようとは思わぬ」
まだ祈りをきちんと行えない子供の契約など、精霊には物足りないのだろう。
エルフの祈りこそが精霊との契約なのだから。
「我らはお主、ギードの眷属となる」
「はあ?」
ギードが顔を上げ、三体の精霊を見る。
「それは三体すべて、ということですか?」
「そうだ」
いやいやいや、それはおかしいだろう。ギードがいくら戦闘が苦手と言っても、コンひとりだけで充分なのに。
「今までそのような前例はあったのでしょうか?」
ギードは今、自分の頭の中で色々と文献をひっくり返している。しかし眷属を何体も従えていたというのは妖精王くらいしかいない。
妖精王しか……。
「コン、自分は妖精王になる気はないんだが」
ギードは不機嫌な顔になる。
「主は子供達が無事であれば良いのであろう?。我らは契約後、きちんと子供達の守護も行うと誓う」
それならいいのか?。
「今の主の魔力ならば、残り二体の精霊との契約も無理なく出来るはずだ」
コンは今までギードの姿を見て来た。
彼は子供の頃から森の奥で古木の精霊達に囲まれ生きてきた。精霊達の心に添って生きてきたのだ。
「主の祈りの声は我らの心に響いた」
美しい古代エルフ語のギードの祈りの声は、低く豊かに精霊達に届く。
「あのドラゴンさえ、主の祈りを褒めておった」
え?、そうなの?、と少し機嫌が良くなる。
「妖精王になるには、他の妖精種の同意も必要なのであろう?。それはまた先の話」
「ああ、まあ、そうだけど」
ギードはちらりとタミリアを見る。
正直これ以上面倒ごとを抱えたくはない。
三体の眷属など、バレたらまたエルフの兵士達や国王が騒ぎそうだ。
煮え切らない主を諦めたのか、精霊達はタミリアに話かける。
「主の奥方様、我ら三体の眷属を受け入れてもらえないだろうか」
タミリアがこてんと首を傾げる。
「三体全部?。それってギドちゃんの体に影響はないの?」
「悪い影響は無いはずだ。何があっても我らが剣となり盾となろう」
「装備がなくとも状態異常の耐性が付くし、今まで以上に魔力が増えるぞ」
「ええ、子供達の事もお任せ下さい。この命に代えてもお守り致します」
三体がタミリアを囲んで何やら話し込んでいる。
双子と両手を繋いでいるギードは、不安になり始める。
「タミちゃん?」
「いいんじゃない?」
ギードはがっくりと肩を落とした。
そうして彼は二体の古の精霊と契約し、三体の精霊の眷属を持つ身となったのである。
ドラゴンは遥か遠くの雪山の奥に住んでいることが分かっている。
「詳しい場所までは分からんぞ」
ドラゴンの目覚めと分身体が飛び立つ方角を研究している魔法の塔の研究者達から資料を受け取る。
「充分です。ありがとうございます」
ギードはにっこり微笑む。子供達を籠に入れて担いだ精霊を連れている。
食料や必要と思われる物資も相当量仕入れたが、荷物はすべて精霊達が持ってくれていた。
その日、魔法の塔の町からさらに北へ、その一家は三体の精霊を連れ、魔物の森へ入って行く。
ドラゴンのいる山は、その森のずっと奥の、そのまた山を越えた、もっと先である。
魔法の塔の町の責任者であるデザインは、半分呆れながらその姿を見送った。
「まあ、心配いらんだろうが、無茶すんなよ」
それはきっと彼ら一家を知る者なら誰もが思う事だろう。
今度会う時は、双子がどれくらい成長しているのか、デザインは少し楽しみだった。
〜完〜




