いつか来る日
商人であり、エルフの森の最深部にある聖域の守護者代理でもあるギードは、国王達との会談の後、王太子付きの護衛であるダークエルフのスレヴィに言った。
二人だけで話がしたい。
ギードの言葉にダークエルフの傭兵イヴォン隊長や、ギードの妻で魔法剣士のタミリアを始め実力者達が異を唱えた。
いくら今は大人しいとはいえ、スレヴィは今まで危ない女性だった。今の態度が虚偽ではない、と誰も言えないのだ。
戦闘が得意ではないギードに対し、誰もが心配するのは当たり前だった。
廊下を歩いていた一行から離れ、ギードは庭に下りた。そして立ち止まり、すっと手を上げた。
「コン、エン、リン」
ギードが呼ぶと、そこにいた彼の双子の子供達の影から黒いモヤが浮かび上がり、やがてそれは古の精霊の姿になった。
双子と手を繋いで歩いていた、王族でありながら外戚の身分であるシャルネや、護衛の女性騎士ヨメイアも驚いた。
白い鎧とマントのエルフの騎士姿のコン、炎色の衣を着た筋骨隆々とした男性エルフ姿のエン、緑色のゆったりとした衣を纏う女性エルフ姿のリンの三体の半透明の精霊がギードの側に立つ。
「ね、心配いらないでしょ?」
唖然とする皆を前にギードはにっこり笑う。王太子もしぶしぶ許可してくれた。
エルフの男性とダークエルフの女性が歩いている。そこはこの国の王城の中にある、庭の一部にある王宮の森と呼ばれる場所。
「すいません、スレヴィ様。こんなところまでお連れして」
「いえ。でもその様付けは止めて下さい」
のんびりとした足取り、軽い会話を交わしていたが、スレヴィはここに来てギードが何かを言い淀んでいることを感じていた。
三体の精霊達は付いてきていた。
二人きりになるためには皆を安心させなければならず、わざと命令口調で連れて来た。
(ごめんってゆっといてねー)
コンに念話で話掛ける。正確にはリンとエンはまだ契約していないので、ギードに従う義理はないのだ。
(いや、大丈夫だ。面白そうだと言ってる)
ノリのいい精霊達で助かるよ。
ギードは城の裏手にある湖のほとりまで来た。この場所からはダークエルフの居住区も見える。
おそらく森の中よりも、この場所の方がスレヴィと落ち着いて話が出来るだろうと思った。
結界はいらない。盗み聞きをしたところでたいした内容でもないし。
「スレヴィ……さん」
ギードは彼女に背を向けたまま話をする。彼は、実は相手の顔を見て話をするのが苦手だ。言いにくい話は特に。
「自分は貴女を許す事が出来ません」
彼女はこれまで多くの者を手に掛けてきた。それが仕事であったのだからギードは何も言うつもりはない。そしてネイミに手を貸し、ギードを貶めようとしたのはまだ許せた。
しかし、彼女はイヴォンを守ろうとするあまり、言い寄る女性達に傷を負わせている。
「フーニャさんの事はどう思っていたんでしょうか?。エルフだから、ですか?」
スレヴィが唇を噛む。
ギード達に対する脅しの意味もあったのだろう。だが、ギードはあれは明らかに遣り過ぎだと感じていた。
スレヴィは自分自身がエルフであることを疎んでいた。
ダークエルフ族に対する負い目もあっただろう。イヴォンは自分の父親が裏切った首領の一族だ。彼にエルフが近づくのが嫌だったのかも知れない。
それでも、フーニャには罪はないのだ。
ギードは今、王太子がスレヴィを后にと望んだら、素直に祝うことは出来ないと思う。
もちろん、彼らの人生なのだから好きにすればいいと思うし、王太子を結果的に焚き付けてしまったのは自分だ。
だから、決着をつけなければならない。
「あ、あたしはどうすればー」
違うよ、スレヴィ。自分が聞きたいのは何故そういうことになったのか、だ。
「自分を、抑えられなかったの」
イヴォンが好きだった。それは間違いなかった。
自分は女じゃないから恋人にはなれない。それが悔しくて、彼に対して色目を使う女が許せなかった。
でもフーニャだけがおかしかった。何故だろう、自分でも分からなかった。でも気が付いたら酷いことをしていた。
「きっと彼女が本気だったのが分かったからだと思う」
スレヴィは涙を浮かべ、震える自分の身体を抱く。
フーニャは、それまで妨害してきた女性達とは明らかに違う目をしていた。きっと今まで使って来た手では彼女を諦めさせられない。
「彼女がかわいそうだったの。自分と同じ、どんなに願っても、きっと実らない恋だから」
そうか。スレヴィも感じてたのか。そして自分と重ね過ぎた。フーニャを切り裂きながら、彼女は自分自身を切り裂いていたのだ。
それでもやはり、フーニャには何の落ち度もない。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
小さな声で謝罪の言葉を呟き続ける。
これはイヴォンさんのせいだな。イケメンが悪い。うん、そういうことだ。
ギードはゆっくりと振り返る。
「話してくれて、ありがとうございます」
座り込んでしまっていたスレヴィに手を貸して立たせる。
「もう大丈夫ですね?」
小さく頷いてくれた。
今の彼女には王太子という、支えてくれる相手がいる。
さっきの様子を見れば、スレヴィの気持ちもおのずと推し量れる。もうイヴォンを必要としないだろう。
ギードは自分の懐から老木の精霊からもらった若木の杖を取り出す。
「これを貴女に預けます」
「え?」
聖域の守護者の分身である。森の波動をかすかに感じる。
「この王宮の庭の、貴女の好きな場所にこの杖を苗木として植えて下さい」
そうすれば、その木が育ち、何年か後にはそこが守護精霊の森となるだろう。
「そんな大切な物をあたしに?。何故」
「老木の精霊が自分の好きに使っていい、そう言ったので」
この王宮の森ならば問題なく育つだろう。ギードは育て方を書いた紙を一緒に渡す。
「貴女が彼女に償いたいと思っているなら、これをしっかり育てて下さい」
そしてそこがエルフの第二の故郷となる。もちろん守護者の許可は必要になるが。
「エルフの森の他に、帰還魔法で飛ぶ場所が増えるので、エルフには助かります」
森や王宮で異変があった場合、逃げ道は多い方がいい。
もちろん王宮の森に入った記憶がなければ使えないが、それでも少なくともスレヴィやフーニャ、もちろんギードには有用だ。
「は、はい。しっかり育てます」
涙を拭いながら、彼女は微笑んだ。
ギードは王城の廊下に戻ると、スレヴィに皆のいる部屋まで案内してもらう。
(さて、もうひとり、やっつけないとなー)
スレヴィは王太子の護衛に戻り、ギードを加えた一行はとりあえず城の門から出る。
「あー、お腹空いたー」「うぉーぃ」「ぁあーい」
タミリアの言葉に双子達も反応する。
全員が微笑んで「何か食べようか」ということになった。
イヴォンがすばやく動いて、個室のある大きな店を確保してくれた。
「美味しいです。さすがですねー」
シャルネがイヴォンに感謝の言葉をかけている。
それを横目で見ていたギードにタミリアがそっと声をかける。
「ねね、スレヴィはホントにイヴォンを諦めたの?」
「あー、それなあ」
ギードはわざとらしく大きめの声で皆に聞えるように話す。小さくはない部屋だが、ここには知り合いしかいない。
「スレヴィは自分の恋が絶対報われない事を知ってたからね」
「そーだよねー、だって同性だしー」
「いやいや、タミちゃん、そこじゃない」
ギードはあまり性別にはこだわらないのだ。
「イヴォンさんには想い人がいるからだよ」
にっこり笑う。
その場にいる全員が固まる。しかしタミリアだけは面白そうに目を輝かせる。
「えー、誰?、ね、誰?誰?」
イヴォンが咳払いしながらギードに近寄ってくる。すばやく結界を張り、それ以上イヴォンを近づけないようにした。
「ふふ、言えるわけないじゃないですか」
そう言いながらギードの目はこの部屋の中にいる女性達を見回している。
イヴォンが必死にギードの視線の邪魔をする。
「わあー、助けてくださいー、シャルネ様ー」
そう言った瞬間にイヴォンの殺気が膨れ上がった。
「ふ、自分で白状しちゃったらダメじゃないですか、イヴォン師匠」
冷静な声がイヴォンの耳に入る。
「スレヴィは、フーニャが自分と同じ道を歩む危険があったから、彼女を執拗に傷つけたんです」
イヴォンが目を見開き、息を呑む。
「血族主義もいいですが、族長として、やるべきことがあると思いますよ」
ギードはイヴォンにだけ聞えるように話すと、タミリアと子供達を連れ、その店を出る。
早く家に帰ろう。
その後、その店の中でイヴォンが暴れていたとかいなかったとか。
ハクレイとエグザスがとばっちりでボロボロにされていたとかいう噂は聞かなかったことにした。




