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エルフの旦那と双子の子供達  作者: さつき けい


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闘う意味 1


 エルフの森の奥には聖域がある。その聖域は精霊になる直前の古木達が整然と並び、その時を待っている。

彼らに静かに訪れる時を守る、それが守護者である巨大な老木の仕事である。

最近はさぼって代理人のエルフにまかせっきりではあるが。

「じーちゃん、おはよう」

森の早朝、まだ暗いうちにその代理人エルフのギードがやってくる。彼を子供の頃から保護して面倒を見て来た老木の精霊を実の祖父のように慕っている。

「おはよう、ギード」

のんびりとした笑顔を見せるこのエルフは、なかなかに壮絶な幼少時を過ごして来た。

老木の精霊はこのエルフがこんな笑顔を見せるようになるとは、その頃は思っても見なかった。

ギードの仕事は老木の精霊の手伝いである。巨大なその体で聖域に根を張る老木だが、根や枝は動かせても、その場から動くことは出来ない。

そのため彼が森の中で薪や薬草の採集をしながら、古木達の間伐や下草刈り、病害獣の駆除をしている。 

 夏が過ぎ、もう秋が近づいていた。

「フーニャさん、お体の具合はいかがですか?」

今、老木の精霊の木のウロにはフーニャという女性エルフが傷の療養のために滞在している。

「あ、ありがと。もうだいぶいいの」

体中にあった傷のほとんどは消えている。一番深かった顔の傷跡が残らないよう、ギードは細心の注意を払い治療していた。

調合し終えた薬を渡し、ウロを出ようとするギードにフーニャが声をかける。

「あー、ギドちゃん。あとでたぶんイヴォン隊長からお話があると思うわ」

ちょっと顔を赤らめた女性エルフに、ギードは「あー」と話の内容を予想してげんなりする。

「分かりました。じゃ、お大事に」

朝食を取るために家に戻り、パンケーキを焼き始めると、その匂いに釣られて双子が姿を見せる。

「いーごぉ、うぉーあー」「いどちゃー」

ギードは子供達に顔を洗わせ、朝食を食べさせる。目の前に大量に積まれたパンケーキを双子は争うように食べていた。

「ほら、そんなにたくさん口に入れるな」

彼の妻は人族であり、現在は魔法剣士の修行のため長期不在である。

エルフである息子はまだ大人しい方だが、妻に瓜二つの人族の娘は、彼女と同じように食い意地が張っている。

(タミちゃん、ちゃんとご飯食べてるかなー)

ため息をつく心配性の夫だが、妻は今日も元気にしっかり食事をいただきながら修行に勤しんでいる。

それは間違いない!、とギードの守護精霊である騎士は思うのである。




 日頃、森の奥に引きこもっているギードが人族の町である「始まりの町」に出てくるのはせいぜい10日に1回である。

彼はこの町にある土産物店を任されている。

エルフが経営するこの店は、競争相手もいない事からちゃんと繁盛しており、看板娘のフーニャが休暇中でも何とかなっている。

子供達を連れ、裏口から入る。

「こんにちは、お疲れ様。調子はどう?」

「あ、店長。チビさん達、いらっしゃい」

元・料理人で厨房を任せている弟子と、王都の雑貨屋の息子で店番を任せている店員は、どちらも人族の青年である。

足元で遊ぶ双子の監視を精霊に頼み、ギード達は客がいない間に店の経営の話で盛り上がる。

(あー、来たなー)

ギードは、店の中にダークエルフのイヴォンの気配が生まれたのを感じた。

「ごめん、ちょっと用事が出来た」

そう言って二人を仕事に戻す。精霊達に双子達をくれぐれもよろしくと頼んでおく。

 この店はあるグループが所有している二階建ての館の一部であり、所属する者達個人用や、客用の部屋、共有の施設などがある。

ギードは厨房でお茶の用意をして、共有の居間へ向かう。

最近、一人の夜の寂しさから試作した強めの酒の小瓶も用意した。今日は領主館では出来ない、昼間から酒でも飲みたくなるような、個人的な話だと分かっている。

居間に入るとすでにイヴォン師匠が座っていた。

「こんにちは、お久しぶりですね」

そう言いながら、手早くお茶を出し、酒の小瓶と冷水の入った水差しも隣に置く。

「あー、まあ、そうだな。こっちも何かと忙しくてね」

そうですよねー、かわいい女性エルフと訓練とか色々とーですよね。

と、言葉に出さずにニヤけていたら威圧が来たので、さっと酒の小瓶を勧める。

「最近作った酒です。ちゃんと強めなのでお気をつけて」

まだ昼間ですしねー。

ギードがおどけた調子なのに対して、イヴォンは少し緊張気味だ。

懐から盗聴避けの魔道具を出す。精霊の結界を頼んで来ないということは、スレヴィには聞かれても構わないということだろう。


「あの地図を荷物に仕込んだのはお前だろ」

もちろんである。あの場所を知っているのはギードと妻のタミリア、白い魔術師ハクレイだけだ。後の二人は今は町にはいない。

やはり、とイヴォンは柔らかい椅子に沈むように深く腰掛ける。

「実際、あんな場所だとは思わなかった」

「そうでしょうね」

イヴォンとフーニャは、産まれてからほとんどの時間を人族の中で過ごしている。

人族の生活や習慣には詳しくても、森のエルフや、他の妖精の事情などあまり知らないはずだ。

そして遺跡の迷宮は、ギードがまだすべてを調査し終えていないほど深く、複雑である。

遠慮なくイヴォンは酒を自分のコップに注ぐ。

ギードはそれを横目に見て、もったいないと思いつつ、自分は少量をお茶に落とす。

「それで、お子さんはどうなさるおつもりですか?」

ギードはイヴォンの子供なら楽しみだと思う。ダークエルフは固体自体が少ない。

「いや、うちは同族しか子供は認められていない」

純血主義というやつらしい。まあ、エルフ族も元々はそうだった。大戦で急激に数が減ったために、苦肉の策として他種族との婚姻が認められるようになった。

それでも異種族間で子供が産まれるのは奇跡に近い。産まれ難いのに何故、他種族との交流を始めたのか。

あの迷宮の例の場所は、それを明らかにしている。

それを知った上で、イヴォンは今回は見送ったという事だろう。

「そうですか。フーニャさんが残念がりそうですが」

あー、でも今朝会った時はそんな風に見えなかった。何か他で機嫌を取ったんだろうな。このイケメンがー。

イヴォンはまだ眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

ギードはのんびりと湯気の中に漂う酒の匂いを楽しみながら飲んでいる。




 イヴォンは何かを決心したかのようにギードを睨む。

ギードは一切そんな事に気が付いていないかのように知らん顔だ。

「ギード、お前は一体何者なんだ」

イヴォンの目が怖い。

「ただの引きこもりのエルフー」

「じゃないよな?」

普通の人族より長く生きているイヴォンでも、いにしえの精霊や、異種族間の子供、自分の属性でない精霊魔法を使うエルフなど見た事がない。

今度はギードが顔をしかめる。

「えー、だって、本当に自分はただの引きこもりですよ。他のエルフに迫害されまくってましたから」

「その理由は、分かってるんだろ?」

ギードの顔に哀しみがぎる。

「……魔物の子、だからですよ」

ある日突然、エルフの森の母なる木の下に現れた赤子。エルフには間違いないが、体の色が薄い緑だったため、魔物との間に生まれた子ではないかと疑われた。

成長するに従ってその体色は薄れていったが、ギードは他のエルフの子供達よりも成長が遅く、魔力も少なく、その容姿も劣っていた。

いにしえの精霊は、それは強大な力を持つ精霊との無理な契約のせいだと言っていた。

「未だに森では異質な者扱いですよ。さすがに表立って迫害はされませんが」

たまにエルフの森へ行くと、ほとんどが姿を隠し、遠くから見ている者が多い。

年若いエルフ達は町で知り合ったせいか、さすがにそんな事はしない。引きこもり以前のギードを知らない世代だからだ。


「それなのに何故、あの迷宮をお前が管理している」

うん、たぶんそれが一番知りたいんだろう。普通ならエルフの最長老あたりぐらいが管理していそうだし。

「イヴォン師匠、あの迷宮は結界の中にあります」

ああ、と頷くイヴォンをギードはまっすぐに見つめる。すでにおどけた様子はない。

「あの結界は誰が張ったと思いますか?」

「そりゃあ、前の妖精王だったエルフじゃないか?」

イヴォンはダークエルフ族であり、彼らは大戦前から人族に保護されていた種族である。

まだ調査中なので詳しいことは分からないとしながら、ギードは推測を伝えていく。

「結界を張ったのは、当時のエルフの眷属達だと思います」

妖精王の眷属、それはいにしえの精霊達だろう。ギードの中に眠っていた眷族が、あの場所に引き寄せたのかも知れない。

「イヴォンさん、妖精王というのは必ずしも強い者、ただ単に魔力が高い者ではないんです」

ギードは聞いてもらいたいことがあった。

彼の長年の研究対象のひとつは妖精族そのものだ。何故自分はうとまれなければならなかったのか。

前の妖精王は普通のエルフの青年だった。ただ純粋にすべての者達を愛してやまなかった。資料なら遺跡の家に山のように保管されていた。

「……妖精族は口から出る言葉より、敏感にその感情に反応しますよね?」

純粋な魔力から生まれた種族だからこそ、うわべの言葉ではなく、わづかな心の動きを捕らえる。少しの悪意でもすぐに察知し、そこから離れて行く。

「だから、なんていうか、神のような崇高な精神を必要とされるんです、妖精王は」

力や魔力に依存する者では他の妖精族は従ったりしない。

おそらく、人族の中で己の力だけで生き抜いてきたダークエルフには分からないかも知れない。彼らの意識は長年傍にいた人族に近い。

「ダークエルフが純血主義なのは、力の継承ために必要なことだったのでしょう」

より強い者を残すために。人族の中で生き抜くために。

ギードは少し息を整える。

「自分は、おそらくその妖精王は妖精や精霊だけではなく、すべての種族をまとめたかったんじゃないかと思っています」

イヴォンがむっという顔になる。

「それは人族も含めて、か?」

「ええ、もちろんダークエルフ族も含めて」

そして、その先にある平和を願っていたはずだ。




「そんなの嘘だ!!」

静寂を破る大声で、スレヴィが突然現れた。

イヴォンはすぐに飛び上がり戦闘態勢に入った。二人のダークエルフが向かい合う。

「イヴォン!、そいつの言う事は全部嘘だから、信じちゃだめだよ!」

そう言ってスレヴィはギードをキッとにらみつける。

以前と同じ黒く体にぴったりとした衣装は、女性らしい線を描き出している。

ギードはただ呆然とスレヴィを見ている。だけど、彼、いや彼女がどうして自分を敵視するのかは分かっている。

スレヴィが服に仕込んでいた武器を取り出す。それはイヴォンが得意とする少し太い短剣によく似ていた。

「スレヴィ、やめろっ!」

スレヴィの血走った目がギードの目の前にあった。ギードの首には、スレヴィの短剣の先がピタリと止まっていた。

しかし、スレヴィの短剣はそれ以上動く事が出来ない。ギードはすでに自分自身に結界を張っていた。

「スレヴィ、貴女はダークエルフじゃない」

「うるさいっ!!」

スレヴィはめちゃくちゃに短剣を振り回すが、ギードの結界にはばまれ、ただ体力を消耗していく。

「変身の魔道具は性別と、種族が必ず変更されます」

スレヴィの姿は白髪に赤い瞳、褐色の肌のダークエルフの女性だ。

つまり、本当の姿は女性でも、ダークエルフでもない。

「貴女は何者なんですか?」

今度はギードが聞く番だった。



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