傷だらけの花 3
それから数日が経ち、ギードはイヴォンを連れて、聖域の守護者の下へ飛ぶ。
「じーちゃん、ちょっと防衛機能抑えてて」
「うむ、分かった。しかし、その者の気が強すぎて抑えきれないかもしれんぞ」
ギードは顔をしかめ「わかった」と言って、イヴォンと共に木のウロに入って行く。
まだ子供だったギードがこの場所に隠れ住んでいた頃から見ると、部屋の中はかなり広がっている。
今は半分が店の仮倉庫、残りが住まいとしても使える部屋になっている。
イヴォンは初めて入る場所を見渡し、その大きさときちんと整頓された律儀さに驚いている。
住居部分の隅にあるベッドに近づいていく。
「フーニャさん、起きてますか?」
顔に包帯をした女性エルフが身体を起こす。フーニャは最近やっと落ち着いてきた。
「ギドちゃん、誰か連れて来たの?」
よく見ると彼女の体が震えている。さて、どんな反応を示すだろうか。ギードは少し不安ではあった。
「イヴォンさんですよ」
「イヴォン……隊長……」
「ああ、フーニャ。そのままでいい」
二人はそれ以上言葉が出ない。
ギードはお邪魔かなと思い、黙って木のウロから外に出る。
フーニャの傷は、体力回復薬を使えば確かに良くなるが、ギードはそれが相手の思う壺だと知っている。
(女性の顔を執拗に狙うなんて、傷を残したいからに決まってる)
薬だけでは傷が残る。ここはゆっくりと時間をかけて自然に傷がふさがるのを待った方が綺麗になる。あとは動けるようになれば新陳代謝を上げ、傷の治りを早めるだけだ。
フーニャさんさえその気になれば、すぐにでも始められる。
しかし、暗闇で襲われた彼女の恐怖心はまだ癒えていない。
ギードがウロの前で考え事をしていると、中から声が掛けられた。
「はい、何でしょう?」
中に入るとフーニャがベッドから起き上がっていた。
「大丈夫ですか?」
慌てて近寄るギードに、フーニャは首を横に振って「大丈夫」と笑った。
「イヴォン隊長が、直々に鍛えてやるって」
だから早く元気になって帰って来いって。まだ包帯の取れないフーニャだが、うれしそうに頬が緩んでいるのが分かる。
驚くギードにイヴォンも口をそろえる。
「フーニャを鍛えたい。誰にも知られず、二人きりで」
場所を提供しろと?。ギードは横目でイヴォンを睨む。あー、もう、仕方ないなあ。
「……分かりました」
領主館の地下経由で行く迷宮の地下3階安全地帯。あまり下層へ近寄らない事、他の誰にも漏らさない事を条件に二人に開放する。
「ただし、週に一日だけです」
フーニャの傷の具合を見ながらになる。
「分かってる。いきなりそんな厳しい修行はやらん」
ならいいんですけどねー。
まあ、過剰な運動ににならなければフーニャにはいい薬になるだろう。
さあてっと、ギードは思案する。
(例の場所への地図を、どちらに渡すべきかな?)
そして後日、フーニャを送り出す時に、軽食を入れた荷物の中に回復薬や強精剤と一緒にこっそり入れておいた。
イヴォンとフーニャを秘密裏に送り出した日、ギードは領主館の子供部屋にいた。
傍には古の精霊もいるので、お手伝いを申し出た使用人の女性には下がってもらった。
さて、あのダークエルフとどうやって話し合うか。闘うなんて土台無理な話である。
(いや、敵対しているわけじゃないから、闘う理由もないし)
イヴォンはスレヴィにそこまで怒りを感じていない。どちらかというと、今回フーニャに怪我をさせたのは自分のせいだと思っているのではないだろうか。
そうでなければ日頃から好意を抱かれている事を知っている相手に、「二人っきりで」修行などと口にするはずがない。
スレヴィの目がフーニャに向くことは予想済みだったんだろう。
(まだ何か隠してる気がするんだよねー。まさか、スレヴィがイヴォンさんの隠し子とか?)
自分で考えてギードは背筋が寒くなった。でもイヴォンさんのあの甘やかし方は普通じゃない。部下とかならもっと早く切り捨ててるはずだし。
ダークエルフもエルフ族と同じで年齢が分かりにくい。ありえない話でもないのだ。
さっきからひとりで唸っているギードの前にはお茶とお菓子が並んでいる。子供達は精霊達と庭で遊んでいる。
その庭で、駄々漏れ騎士ヨメイアがウロウロしていた。ギード以外に人がいないのを見て、そっと部屋に入ってくる。
先のドラゴン討伐時に黒騎士隊長を足止めし、自分勝手な行動をしたばかりでなく、今回フーニャの件でも護衛としての資質を問われている。
「やっ」と軽く手を上げて挨拶してくる。
深い赤の髪と深い茶色の瞳、黒騎士隊長の親戚に当たる貴族の子女だそうだ。そうは見えないが。
何も言わないうちから菓子とお茶に手を出している。
「ぶぅーぉ」
口いっぱいに放り込んだ菓子で何を言ってるのか分からない。
ギードは顔をしかめた。……ほんとに貴族の子女か?。
お茶を飲んで一息ついて、もう一度話し始める。
「ギード、相談に乗ってくれ」
何故、ほとんど森の奥に引きこもっている世間知らずのエルフに相談する者が多いのか。
ギードが何も言わないのを否定ではないと受け取ったのか、いや、ただ単にしゃべりたいだけか、ヨメイアが勝手に話し出す。
「ちょっとさー、近衛兵の立場が危ういというかー、このままだとクビっていうかー」
まあ、そうだろうね。クビというより、周りから身を引くように手を打たれると思う。
「何とかならない?」
ギードの笑顔が引きつっている。テーブルの上の菓子をあらかた食い尽くしてから上目遣いで見られてもなー。
「そんな事を相談されても、自分には軍の事は分かりませんよ」
ちっ、と舌打ちが聞えた。
「うーん、なんていうかさー。こう一発ぎゃくてーんみたいなー」
だから、何のことかさっぱりなんだが。
「……つまりは、手柄を立てたい、みたいな?」
「おー、それそれ。やっぱりギドちゃん。だてにタミリアの旦那やってないなー」
何だ、それは。まあ、ヨメイアはタミリアと仲はいいらしいので許すけども!。
「そうですね。危ない手ならありますが」
「ほんとか?」
ぐっと身を乗り出してくる駄々漏れ騎士。ヨメイアは普段から殺気が駄々漏れなのだが、うれしそうでもあんまり気配が変わらない。もう存在自体が殺気なのか。
「ええ、うまくいけば、ですけど」
下手をすればイヴォンさんから大目玉な手ですが。
「王太子に付いているダークエルフの女性の事を調べて欲しいんです」
王太子も含め、軍内部や王都での評判が知りたい。影で支えてるみたいだから、もしかしたら情報は入らないかも知れないが。
それともう1つ。
「その殺気、何とかならないんですか?」
「え、何のことだ?」
自覚がないらしい。ギードは、ヨメイアの存在自体から殺気を感じるという話をする。
「は??、なんだそれは」
全く知らなかったらしい。武術で貴族になった家柄で育ち、12歳の頃に剣術で実力者と認められ、そこからは誰も彼女に意見しなくなったそうだ。危なくて出来なかったんだろう。
「子供の頃から、親とか大人のいうことなんて全く聞かなかったからなー」
子供のまま大人になってしまったらしい。
じっとしていればそこそこいいお嬢さんなのだが、立ち居振る舞いから殺気が漏れるっておかしいし……。
ギードは残念な女性騎士に、殺気を消す修行をするように進言してみた。
「ああ、うん。何とかしてみる」
……無理そうだな、とギードは思った。




