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その日、「始まりの町」教会前通りの土産物店はお休みであった。
普段なら開店する時間であるが、昨日のドラゴン分身体討伐の影響で、町にも、自分の店の中にも、酔っ払いの成れの果てが転がっているのだ。
店主でエルフのギードは、ドラゴン討伐の翌日は、町のほとんどの店が休みだと知っている。
「相変わらずだな」
お祭り好きな住人達の姿に苦笑いである。長く寒い冬が終わるのだ。仕方ないだろう。
ギードは厨房で二日酔いにやさしい料理を作っていた。
そろそろ領主館へ、預けている子供達を迎えに行かなければならない。妻で人族の魔法剣士修行中の脳筋・タミリアを起こそうと部屋へ向かう。
「タミちゃん、子供達が待ってるよ」
「んー」
期待していないので起きなくても別に構わない。
ギードはそっと寝ているタミリアの頬に口付けする。まだ夢の中なのか、彼女の腕がギードの首に巻きついてくる。
こんなに素直な愛情表現をしてくれる妻は、多少お酒臭くてもうれしいものだ。
ついでに耳に息を吹きかけようかな〜と思ってニヤついていると、逆にかぷりと耳を噛まれる。
「……タミちゃん、ちゃんと起きてるよね?」
ギードは悔しそうに耳を撫でながら、出かける準備を催促した。
「おはようございます、店長」
誰より早く現れたのはタミリアの妹で、今はこの店で働いているリデリアだった。
「やあ、お早いですね」
まあ、もうお昼なんだけどね。他の者は皆、おそらく夕方くらいまで起きて来ないだろう。
ギードは彼女に店は休みである事と、二日酔いにやさしい食事の用意が出来ている事を説明し、後を任せる。
出かける前に館の共有の居間や客室が酒臭いので、あちこち窓を全開にして回っていると、窓の外から声が聞えた。
「なんだ、休みなのか。わざわざ来てやったというのに」
ギードは慎重に窓の外を伺う。
店の前に、身なりの良さそうな若者と、その従者と見られる者が三人ほど立っていた。
中心にいる若者は温厚そうだが、そばについている従者は乱暴に店の扉を叩いている。
「あっ」と顔色を変えたリデリアの腕を引っ張り、外から見られない場所に移動する。
「知り合いかな?」
少し震えながら頷いている。
さて、どうしようかなとギードが考え込んでいると、今度は裏口から声が聞える。
「ごめんくださーい」
その声に聞き覚えがあるのか、リデリアが飛んで行って裏口の扉を開ける。
「あのー、こちらにリデリアさんって方が……あ、リデリアさん!」
やはりこちらも知り合いのようだ。
しかし、彼女の行動は軽率としか言いようがなかった。
「あ、こっちにいますよ、若様」
従者の一人が裏口に回って来ていた。
ギードは、驚いている二人に中へ入るように促し、静かに外へ出て扉を閉めた。
バタバタと足音をさせ、残りの従者もギードの前にやって来た。
「お客様ですか?。申し訳ありませんが、本日はお休みです」
ご覧のとおり、ドラゴン討伐の翌日はこの町の商店はほぼお休みなんですよーと、にこやかに告げる。
「何を!、わざわざ王都から来てやったのに」
「店はいいが、あの女を出せ」
「隠しても無駄だ。今、姿を見たぞ」
息巻く従者達の後ろに立つ若者は、ただおろおろとするばかりで咎めることもしない。
(さーて、どうしようかなー)
正直、こんな者達はさっさと片付けて子供達を迎えに行きたい。
しかしリデリアの知り合いとなるとそう簡単にあしらう訳には行かないだろう。
(とりあえず窓と扉に結界をお願いします)(承知)
古の精霊と念話で会話する。ギードが考えあぐねているのをビビッていると勘違いしたようで、従者達は強引に裏口から入ろうとする。
「あ、あれ??」
いくらギードを押しのけても、扉に施された精霊の結界には歯が立たないようだ。まあ、たとえ強者であろうと、この結界を壊すことは難しい。
「もう少しお静かに。今はまだ眠っている者もおりますので」
とりあえず穏便にすませようと試みる。まあ無理だろうけど。
「俺達を馬鹿にするのかっ!。こんな店、壊してしまえ!」
乱暴な言葉にギードは呆れかえる。扉や窓を破ろうと剣を抜いた従者を、やっと身なりの良い若者が止めようと前に出て来た。
「ちょっと待って」
ん?、止めるわけではなさそうだ。
「私は上流貴族の息子だ。大人しくあの女性を渡してもらえれば何もしない」
ギードに直接交渉してくる。リデリアに執着しているのかな。それにしては熱が感じられない若様だ。
「ただ話がしたいだけだ。店にもいないし、実家に問い合わせても知らぬ存ぜぬだし」
ギードは呆れ顔からだんだんと冷ややかな目になっていく。
「女性を渡す?。どこの人攫いなんですか」
冷笑が浮かぶギードの顔に貴族の従者は怒りで顔を真っ赤にする。
「お、おのれええええ」
剣が振り下ろされる寸前、ギードの後ろの扉が開いた。
「騒がしいですわね。私の館の裏で何をやっているのです」
シャルネが二日酔いには見えない凛とした姿で現れる。
ちゃんとした貴族ではあるようで、さすがに国王の溺愛する姫の姿は知っていたようだ。四人はあたふたし始める。
「い、いや、我々は上流貴族家の」
「あー、女性を出せ、といわれたのはシャルネ様のことだったんですねー」
ギードはしれっと彼らにシャルネを押し付ける。彼女も察してくれたのか乗ってくれる。
「おお、そうであったのか。ではここでは何だから、領主館の方でご用件をお伺いしよう」
やはり奥で警戒しながら話を聞いていたであろう黒騎士隊長が出て来た。
「それではご案内いたします」
軍の幹部が出て来たことに驚いた彼らは、言い訳する暇もなく、隊長に引率されて行った。
ギードが裏口から厨房に入ると、そこには怯える若い女性とそれを宥めるように傍に立つ商人風の青年がいた。
「とりあえず座りましょうか」
まだ館には休んでいる者もいるので、厨房のいつもの賄い用のテーブルに二人を誘導する。
様子を見ていたカネルがふいに現れると、青年が驚きながらもリデリアを庇うように立ち上がった。
「心配いりませんよ。彼はこの館の護衛です」
そういいながらギードはお茶を入れる。
「この店の店主のギードと申します。リデリアの姉の夫です」
ギードが軽く会釈をし、自己紹介をする。
「あ、申し訳ありません。僕は王都で両親と雑貨屋を営んでいるドリアルといいます」
ふむ、何となく予想出来る。
あの貴族の若者がリデリアが怒らせた相手なのだろう。そして、ここにいるのがその時に勤めていた店の雇い主の息子ということか。
「あ、あいつらはリデリアに言い寄っていたんです。若様はちゃんと婚約者がいるのに、愛人にと」
若様の祖父が店の常連だった。その付き添いで来ていた時にリデリアを見初めたそうだ。
そうか、店の者が彼女を辞めさせたのは、言い寄られていたからだったのか。
なるほどねー。
「それで?」
ギードは確かめなければならない。
「リデリアを迎えに来たの?」
「あ、えっと、あのー」
若い二人は時々顔をちらちらと見合わせながら、結局俯いてしまう。二人で堂々と帰る気はないのかな。
「わ、わたし!」
意を決したようにリデリアが立ち上がる。
「女だからって、どうして親や立場が上の人達のいうことを聞かないといけないんでしょうか」
「聞かなきゃいけないの?」
ギードは首を傾げる。エルフで孤児である彼はそんな話を聞いたことはない。
「リデリアのご両親なら、そんな無理強いはしないだろう?」
「え??」
王都から来た二人は訳が分からず今度こそ顔を見合わせ、そしてギードを見る。
「カネルさん、どう思う?」
二人が分からないようなので、護衛のダークエルフに聞いてみる。
「ご両親が娘さんが損をしないように考えて縁談を進めることはあるでしょうね」
「損??、結婚に損得があるの?」
あー、そういえば、タミリアと結婚したのは彼女がある能力を欲しがったせいだった。得があったわけだー。ギードには特に無かったけど。
ギードはカネルと会話を続ける。
「この場合、愛人とはいえ貴族の庇護に入る得。正妻ではないという損」
「恋人は王都に店を持つ店主の息子であるのが得。貴族ではなく庶民という損」
何にでも裏表があるように、どんなに良縁に思えても損得はありそうだな。そんな言葉を並べるギードにリデリアがくってかかる。
「そんなの!、好きでもない相手となんて」
ふうん、とギードは二人を見る。
どうも今回は当人達が勝手に思い込んで、ちゃんと話し合わない事が原因のような気がするなあ。
「じゃあ、二人は愛し合ってるんだね?」
これから後の人生において、損得でなく、一緒にいたい相手だと。
顔を赤らめる二人は初々しい。だけど、それだけでいいのかな。
「お義兄さまは、タミリア姉様とどうして結婚されたんですか?」
この町に来た時から何度となく聞かれた言葉だった。それを聞いてどうしようというのだろう。
「参考になんてならないよ?」
エルフとの結婚なんて、人族には利などない。第二王子のように、ハクレイのように、エルフに執着を持つ者くらいだ。異種族間の婚姻は子孫を残すことが難しいからだ。
「あの頃、自分とタミリアの間に、愛なんて無かったよ」
衝撃の発言だったらしい。二人に加え、カネルまで固まっている。
ギードはタミリアと出逢った頃の話をする。
引きこもりだった自分、自信が無くて姿を変えてまで訪れた町。あの頃、ギードは人族どころかエルフも信じられなかった。
「どうしようもない小心者でさ」
びくびくして生きていた。暗闇が友達だった。
ギードはまっすぐ顔を上げているが、誰の顔も見ていない。
商人になったのは、容姿や腕力を問わない生き方だったからだ。
ずっとひとりだった。だから何をしたらいいのか分からなかった。
この町で出会ったタミリアは、そんな自分を見てくれた。弱いから、何も知らないから、彼女は自分の手を取ってくれた。
あの頃から、彼女の役に立つなら何でもしようと思った。
「誰かに必要とされたかった」
今思えば、タミリアの側にいたかったのはそういう事だったんだと分かる。
金も力も無い自分を、彼女は救ってくれた。
「だから、彼女のためなら生きていける」自分のすべてをかけて。
タミリアに出逢えた事がすでに得だったんだなあ、とギードは微笑んだ。




