月光の部屋
この国の雪解けの象徴である、雪ドラゴンの分身体討伐が終わった。
本来ならばこれはドラゴンの分身体が現れた地域のお祭りとなる恒例行事だった。
しかし、ここ3年の間、ドラゴンはだんだんと凶暴化し、従来の戦力では討伐出来ない状態となり、国の実力者達が動くことになった。
その作戦の中心となった町が「始まりの町」である。
町の中心にある広場は、住民が今回の討伐の実況中継で盛り上がっていたが、戦闘から戻った兵たちは次々と町の北東にある教会横の広場に現れる。ドラゴン討伐用に選定された窪地と、この広場が移転魔法陣で繋がっていたからだ。
「皆のおかげで死人を出すことなく討伐が完了した。ありがとう」
黒騎士隊長が全員に聞えるように拡声の魔道具で声をかける。
夜も深くなり、松明で赤く照らされている広場は、現場から引き上げた兵や自ら希望して参加した者で埋め尽くされている。
教会には、戦闘で怪我を負って運び込まれた者や、素材剥ぎ取りに協力してくれた支援者が集まっていた。参加者の名簿の作成と剥ぎ取り品の回収が行われており、終わった者から帰還していく。
今回集められたドラゴン素材は国の所有物とされる事になった。それは、昨年、一昨年と被害が出た町に対する支援用とするためである。
「お疲れ様でした」
「本当にお疲れ様でした。ごゆっくりお休みください」
エルフで商人のギードは、その作戦に深く関係したひとりである。
領主であるシャルネに討伐完了の挨拶をする。何故かギードの後ろには、今回、軍から参加したエルフの兵士が集まっていた。
「先輩、すごかったです!。やりましたね」
ギードは首を傾げて、満面の笑みを浮かべる後輩エルフのファルを見る。
「何のことか分からないけど、疲れたから寝るー。またなー」
他のエルフ達から向けられた、やけにきらきらした眼差しは一切無視である。
すぐにでもタミリアや子供達に会いたかったが、古の精霊に止められた。
(主の気力の回復が先である。森の精気が必要だ)
ギードは普通のエルフより魔力が少ない。今回はその魔力を精霊の巨大化に使っているので、いつもより消耗が激しかった。魔力は薬で補えても、気力を取り戻すのは癒しだ。
(分かった)
森の守護者代理権限で直接聖域へ飛ぶ。家に入るとそのまま倒れるように寝床に入った。
寝る前に指輪が発動した気がした。どうやら無意識に了承したようだ。
ふと目覚めると、いつも通り妻のタミリアが横に寝ていた。
そのスッキリとした寝顔に、怪我は無いようだと安心してギードは再び目を閉じた。
翌日、ギードが目覚めたのは夕方近くになってからであった。
戦闘なんぞしないくせに、よっぽど精神的に疲れてたんだなあと自嘲する。タミリアをパンケーキの匂いで起こし、身支度をする。子供達を領主館に迎えに行かなければならない。
タミリアは思う存分暴れられたようで、ギードにもやさしく微笑んで、おまけに「お疲れ様」と軽く口付けまでしてくれた。
ギードがポカンっとしていると、むっとしたように足を蹴られてようやく現実だと認識出来た。
領主館に行くと子供部屋にはもうひとり子供がいた。
「フウレンくんよ」
お世話係りの女性が教えてくれるまでもなく、ハクレイにそっくりな銀色の髪をした男の子だった。
親に抱きついていた双子に、その子の所まで引っ張られて行く。
「うーあー」「おぉーぅ」
双子が何やら説明している。まだ生後半年の赤ん坊はむずがゆい顔をするだけである。
「じゃあ、もう一晩、お預かりしますね。一人も三人も同じですからー」
「は?」
引き取りに来たのに、預かると言われた。どうやら、教会前の、店のある館の方で反省会をやっているらしい。
タミリアは喜んで参加表明し、子供達を連れて帰ろうとするギードを引きずって店に向かう。
涙目になる父親に向かって、きゃいきゃいと双子が手を振っていた。
お父さんは哀しいよ。
共有の居間に入ると、そこはすでに酒盛りの真っ最中であった。
(脳筋って、元気だなー)
ギードはこそこそと自分の部屋へ引っ込もうとしたが、イヴォンに見つかってしまった。
「お前も飲め、追悼の酒だ」
討伐作戦中に魔術師ハクレイの奥方が亡くなった。誰も口には出さないが、この酒宴は祝うものではなかったようだ。
ハクレイがしんみりとしないように気を使っているのか、エグザスが大声で何やらしゃべっている。
ああ、ドラゴン討伐の話を語っているのか。エグザスは孤児院で子供達の世話をする内に語って聞かせるのがうまくなったそうで、今ではこうして戦闘の様子などを説明させると、臨場感溢れる物語にしてくれるのだ。
フーニャとリデリアが次々と厨房から料理を運んで来る。「手伝いましょう」とカネルも立ち上がっていた。ギードの出番はなさそうである。
仕方なく座りながら、横目でリデリアの様子を見る。うれしそうに頬を染めながらカネルと話をしている。
(そういえばエルフ好きだったなー)
というか、総じて若い人族の娘はイケメンが好きだっけーと今更ながら気づく。引きこもりだった上に、町に出て来てからも、まともな人族との交流なぞ無かったので仕方ない。
フーニャがギードの前に酒のカップと、水の入った水差しを置いてくれた。ありがたい。
タミリアはハクレイの横でエグザスの身振り手振りの演説めいた語りに、手を打って喜んでいる。
「ありゃあ一種の才能だな」
イヴォンもエグザスの隠れた才能に驚いていた。
シャルネも黒騎士隊長もいるが、殺気駄々漏れ騎士のヨメイアがいない。それに気づいてイヴォンに聞いてみる。
「あー、あいつなー。隊長をふんじばって討伐に参加してたんだよ」
彼女は当日シャルネの護衛が任務だった。それなのに、脳筋の血が騒いだのだろう、出発寸前の隊長を足止めして自分が出て行ったらしい。
「それで今は領主館で謹慎中というわけさ」
ま、気にするな、とイヴォンが酒を注いでくる。
反省会という名のただの飲み会であった。
この世界では、魔力が高いものの方が酒に強いといわれている。魔力が勝手に体内の酒を分解してしまうというのだ。
事実、目の前では魔力の少ない者から酔いつぶれていっている。タミリアは酔って絡む事が好きなので、酔った振りをしているだけである。
ギードは自分が弱い事を自覚しているので、酒は水を飲みながら飲む。今日もほとんど酔っていない。
酔っ払いの屍が3体ほど転がった頃、ハクレイが隣に座った。彼も酔わないクチである。
しかし何事も過ぎれば身体を壊す。彼はすでに魔力で賄えない量の酒を飲んでいるらしい。
「ぐぇーどー」
何を言ってるのかさっぱりである。
ギードが適当に「はいはい」と返事をしていると、ハクレイが突然立ち上がり、ギードにどーんと覆いかぶさるように倒れこむ。
「ぉぐぇらぶぁー」
だから、分からない言葉で言われてもねー。
ギードは仕方なく彼に肩を貸して、客用の部屋に連れて行く。
ベッドに寝かせると、酒臭い空気を入れ替えるために窓を開く。
しばらくそのまま夜風に当たる。
「ぐぇーどしゃーん」
「はいはい」
ギードは声のする方を見ずに返事をする。
やがて、無言の中に嗚咽が聞え始める。
「ぉれは ばじがっ でた」
ギードは黙って外を見ている。
「ぁいつぁはー ぉれぉ せえで」
くぐもった声が涙声になって、よけい何を言ってるのか分からない。
ハクレイの声が聞えなくなったところで、ギードはようやく話始める。
「貴方のせいじゃないですよ」
嗚咽がただの泣き声になって響く。
「彼女は寿命だったんです」
誰でもいつかは死ぬのだ。それは誰にでも等しく訪れる未来。
「そして彼女は幸せだった」
自分の子供を残せたのだから。
がばっとハクレイがベッドから起き上がったのが分かる。
「でも!」
「そのせいで死んだ、とでも言うんですか?」
ギードがゆっくりと振り返る。ハクレイはその冷えた顔に目を見張る。
窓から青白い月光が部屋に差し込む。エルフ特有の白い肌に、青白い光と影が余計冷たさを感じさせる。
「彼女には何度もこれでいいのか、確認しました」
彼女はその度に「自分はこれ以上の幸せはない」と言いましたよ。
ギードはハクレイに彼女の言葉を、想いを伝える役目を負わされた。それは彼女の最後の願い。光になる前の。
『ハクレイに何かを残してあげたい』それが彼女の願い。
「奥様は願いを叶えたんですよ。喜んであげるべきです」
命を懸けた願いだった。それを他の誰かが、たとえ夫である彼でも、貶すことは許さない。
「ハクレイさん。貴方の役目は、彼女が残したモノを大切にすることじゃないですか?」
ギードは、自分の役目を終え、部屋を出た。
居間に戻ると、すでにほとんどが屍になり、部屋に転がっていた。リデリアも部屋へ引き上げたようだ。
タミリアがギードに薬草茶を入れてくれた。
「ありがと」
今日は何だかやさしいなーと思いながら隣に座る。
「ねえねえ、ギドちゃん」
酒の匂いが部屋中に漂っていて、ギードはそれだけで酔いそうになる。
「内緒にするから、教えて?」
「んー?」
かわいらしい上目遣いはリデリアにでも教わったのか?。うれしい、けど何となく怖い。ギードはいつにない仕草のタミリアに少し身体を離す。
「ハクレイの奥様の年齢」
「あ、ああ」
周りを見回す。誰も彼も酔っ払いは高いびきで転がっている。
「んー、エルフの平均寿命知ってる?」
「うん、約200歳だっけー」
「そそ、それを超えてた」
「ぇ?」
ガタンだの、バタンだの、転がっていた屍がさらに転がった音がした。
白い魔術師の奥様が200歳越え……衝撃の事実だったようだ。
「みんな、聞いてたのはいいけど、絶対にハクレイさんの耳に入れないようにね」
ギードは念を押しておく。
彼女は大往生だったのだ。誰もそれを悲しんではいけない。エルフの常識である。
人族はエルフの外見に惑わされ過ぎだとギードは思う。
「じゃあさー、ギドちゃんの年齢聞いていい?」
「……んー?」
ギードはちょっと迷った。自分は女性でもないし、特に知られても問題は無いとは思うが、何だか嫌な展開である。
タミリアの耳にそっと顔を寄せる。
「タミちゃん、あとで二人っきりでお話しようか」
ふっと息を吹きかけてみた。
きゃあああああと大げさに叫んだタミリアに、久しぶりに殴り飛ばされた。
少し安心したギードであった。




