光が降る
今年の冬は雪が少なかった。これも雪のドラゴンが来なかったせいだと言われている。
「暖冬は農業に影響する」らしく、穀倉地帯を持つこの町の領主であるシャルネもしぶい顔をしている。
雪が積もらない地域ではあるが、ある程度の寒さがないと、穀物を荒らす虫が冬を越してしまう。
ドラゴンの分身体が来る町は、雪属性であるドラゴンの影響で気温が下がり、春が訪れる前にその虫たちを一掃していってくれるのだ。
「二年連続不作なのです」領主らしい悩みであった。
この町で土産物店を任されている商人エルフのギードは、今日は子供達と一緒に領主館に来ていた。
春が近い。魔法の塔の町からいつドラゴンの情報がもたらされるか、一刻を争う状態である。
領主館の子供部屋に双子を預け、ギードはドラゴン対策用に借りている一室に向かう。
「おはようございます」
すでに何人かは来ていた。それぞれに挨拶の言葉が返ってくる。
会議が出来るほどの大きな楕円形の机が中央に置かれ、椅子は適当に散らばっている。部屋の隅には使用人が控え、すぐに対応できる体制になっている。
ギードは黒い軍服姿の騎士に近づく。
「どうですか?」
机の真ん中に広げられた地図を見る。
「戦闘場所の候補は何箇所か挙げられた。あとは実際に見てみないと何ともな」
地図を眺め、ギードは腕を組む。
「イヴォンには軍から希望者を出しておいた。シャルネ様の護衛はヨメイアに任せるから、あとは参加できるぞ」
殺気駄々漏れの脳筋女性騎士は不参加だそうで。あとで文句が出なきゃいいけどね。
「しかし、いいのか、こんな人数で」
今回は相手が悪過ぎる。ドラゴンはいくら分身体とはいえ、硬いし大きい。氷の息吹という広範囲攻撃も持っている。普段ならまだしも、今回は凶暴種である可能性が高い。
「ええ、少数精鋭の方が被害が少ないと予想しました」
ギードは闘うことが何よりのご馳走である脳筋連中に暴れさせればいいと思っている。出来るだけ足でまといになる余分な人族は排除したい。
とにかくドラゴンを誘導する場所を決めなければ何も始まらないのだ。
その時、使用人に案内された者が二名、部屋に入って来た。
「タミちゃん。エグザスさん、お疲れ様です」
領主館地下の魔法陣から、地下迷宮にいた脳筋の二人が帰還した。
エグザスは軽く手を上げ、タミリアはギードの側に座る。使用人がお茶を入れている間に、ギードは自分の荷物からタミリア用の朝食を取り出す。
まだ温かいそれを受け取ったタミリアの頬が緩む。
「ん?、俺のは??」
ある訳ないでしょー、と苦笑いを返すと、ぶーっと膨れる大柄な元・聖騎士。かわいくないですからっ。
エグザスは久しぶりの者たちと挨拶を交わしている。人の良い彼を嫌う者は少ない。
「エグザスさん、さっそくですいません。ドラゴンと闘うとしたら、どの辺りが良いと思いますか?」
聖騎士団として各地を遠征していた彼の方が、実際の地理には詳しい。
ギードは彼らに選定を任せ、食事を終えたタミリアを連れて部屋を出る。
「うぁーぅ」「きゃーぃ」
二人が子供部屋に入ると遊んでもらっていた女性達を押しのけて、双子達がやってくる。
かがんで二人を抱きかかえると、柔らかい長椅子に座らせる。使用人の女性にはしばらく席をはずしてもらう。
「ミスリル剣にはもう慣れた?」
ギードの言葉にニヤリと不敵な笑みで答える妻。一応、子供達も目の前にいるのだから、その悪そうな顔はやめて欲しい。
順調そうなので話を進める。
「場所の選定が決まったら、当日までに少しでも罠を張る予定だ。あとは囮を使ってドラゴンを誘導する」
決まっている事柄をタミリアに報告していく。
「あらかじめこちらの部隊がその場所に潜伏。例年通りなら足止め部隊で囲むけど、今回はなし」
地域の祭りであった頃はドラゴンの足元に足止め用重装兵士を並べ、攻撃は別部隊だった。今回は少数精鋭で行く。
ギードは脳筋祭りで結界を張り巡らし、その中で脳筋連中に思いっきり暴れてもらった事がある。あの時の様子を見る限り、一般の兵が並ぶより遥かに攻撃力は高い。やはり今までは一種のお祭りなので力は抑えていたのだろう。
その場所の一部に、ギードが結界を張り、けが人や回復薬の補給などを行う予定だ。
「危なくなれば全力結界で参加者の命だけは守る」
タミリアはギードの言葉に頷く。
「でも、罠って??」
首をこてんと横に倒す。ギードの大好きな仕草なので、ちょっと胸がきゅんとなる。
「ハクレイ氏に魔法制御の魔法陣を解読してもらってる。それを設置する予定」
間に合うかどうかは微妙だが、それが出来れば広範囲攻撃が防げる。
「そういえば、お祭り好きのハクレイの姿が見えなかったけど」
ギードはタミリアに話すべきかどうか迷った。
「えっと、奥方が寝込んでるし、子供が小さいからね」
体調が悪い妻のために、生後半年の子供と少しでも側に居たいと出来るだけ家の中で仕事を片付けているそうだ。
「そっかー」
タミリアは脳筋魔術師とは言われるが、決して頭が悪いという訳ではない。その思考の優先順位が戦闘に向いているというだけだ。
すぐに事情は察してくれる。
「ギドちゃん、あとどれくらい持ちそうなの?」
タミリアの哀しげな表情に、ギードは目を逸らす。
「わからない。おそらく……数日かな」
二人の間に沈黙が降り、子供達のはしゃいだ声だけが部屋にこだまする。
ギードは、その日までに人族でも使える強精剤や回復薬を大量に作成した。
選定された場所は「始まりの町」の北の平原にほど近い、周りを山に囲まれた窪地であった。場所は狭いが、ここにおびき寄せることが出来れば、こちらに利があるだろう。
箱詰めされた薬品や物資を運ぶための作業が行われていたその日、一報が来た。
「魔法の塔からです。ドラゴンの兆しあり!」
全員に緊張が走る。
ギードは王都から駆けつけた軍の希望者の中に後輩エルフのファルを見つけた。選抜されたエルフだけで囮となる部隊を作ることになっている。
目と目だけで合図し、お互いに頷く。
ドラゴンとの邂逅は2,3日後になるだろう。指定された場所への誘導が今回の一番の要になる。
「よし、行くぞ!」
魔法の塔からの情報で、ドラゴンの現在地から戦闘場所までの間に少人数のエルフで構成された囮の部隊を点在させる。ドラゴンに自分達を発見させたら、すぐに帰還魔法でその場から移動する。
「タイミングをしっかり見計らって。でも安全第一で」
ダメ元作戦なので、多少の手違いや思い違いは仕方ないと思っている。ただそのために命を落とす者が出るのは許容出来ない。
ギードも指定の場所に着く。今回、ハクレイの魔法陣の罠は完成しなかった。時間が無かったので、それは仕方のないことだ。
選定された窪地の奥に張られた強固な結界の中に、古の精霊と共に立つ。
ここには移転魔法陣が設置されており、戦闘不能と判断された者はここから町へ飛ばされることになっている。
(デザイン所長も思い切ったモノ貸してくれたなー)
魔法の塔の研究者達がギードの迷宮用魔法陣をきっかけに、簡易な個人用移転魔法陣を作成する実験をしているそうで、これは試作品である。
そして、今日のギードは古代エルフ族の正装である衣装を身に付けている。この地に出来る限り精霊を集めるためである。
「ドラゴンとの戦闘なのに、この服は場違いじゃないですかねー」
ギードは自分の守護精霊に話しかける。
「その姿であれば、他の精霊から侮られることなどない」
つまり、普段の姿だと他の精霊を従わせることが出来ないってことでしょー。分かってるよー。
「ドラゴン出現!」
二日目早朝にその知らせが届く。
周りの山々に散らばった部隊からも緊張の気配が伝わってくる。
エルフの耳には遠く、魔法の塔のある山の向こうから、雪を跳ね飛ばすドラゴンの翼の音が聞こえ始める。
ギードはじっと目を閉じ、その気配がきちんとこちらに向いて移動しているかを感知することに集中している。
周りが息を呑んでいる。軍や希望者で構成された部隊はすでに動いており、ここにいるのは支援部隊である。
彼らを守ることが『黄金の守護者』であるギードの仕事だ。
「来ます!」
移転魔法陣からドラゴンの囮として散らばっていたエルフ達が次々と戻って来る。
やがて目でも確認できる位置まで来ているが、ドラゴンは降りてこない。
一応予想はしていた。ドラゴンは知性ある生き物だ。自分が不利になるのが分かっていて、そう簡単には罠に嵌らない。
ギードはふぅと長い息を吐き、結界から外に出る。
「ギードさん!、危ないです!」「戻ってください!」
ギードは振り返らず、窪地の手前まで降りて行く。
「さて、古の精霊様のお力、見せていただきますよ」
古代エルフ族の姿をした半透明の騎士と、その主である煌びやかな衣装を来た、まだ年若いエルフ。
ドラゴンの目に映っただろうか。
「いきましょうか」
ギードの言葉に古の精霊は頷き、巨大化する。ドラゴンの目の前に、同じ目の高さにエルフの騎士が立つ。
そして驚き動きが止まっているドラゴンの真上に重い結界の塊を発生させ、その身体を窪地の底へ落とす。
それを合図に四方の山々から脳筋たちが一斉に攻撃を開始した。
戦いは一方的であった。しかし、それは簡単に覆される恐れもあった。混乱していたドラゴンが徐々に冷静さを取り戻していく。
「広範囲攻撃がくる!」
ドラゴンの口に魔力が集まっていくのが分かる。
「させるか!」
ギードの背中に突如声が響いた。
そして窪地の底で暴れていたドラゴンの足元に、かなり複雑な魔法陣が出現する。
ドラゴンが息吹を放つより一瞬早くその魔法が発動する。
「タミちゃん!、今だ!」
タミリアはこの山のどこかにいるはずだ。この声は聞えないかも知れない、それでもギードには叫ばずにいられなかった。
炎を伴う強風が吹き荒れたかと思うと、いくつもの剣の音が響き、ドラゴンは崩れ落ちた。
ギードはゆっくりと振り返る。
そこには白いローブの魔術師が立っていた。かなり魔力を使ったのだろう、肩で息をしていた。
「魔法、全部無効にしてやったぜ」
間に合って良かった、とその場に座り込む。
「ありがとうございました」
ギードはねぎらうように、その白い肩に手を乗せる。
「光に……なったよ」
「……そうですか」
ギードはそれ以上話す言葉を持たなかった。
窪地の夕暮れは赤くならずにすぐに真っ暗になる。
ドラゴンの剥ぎ取り作業はその姿が消滅するまでの短時間勝負であるため、支援部隊を中心に手早く行われた。
ギードはタミリアの魔法剣によって切断されたドラゴンの首の前にいた。
その姿は以前見た美しい七色に輝く鱗ではなかった。白く美しい鎧のようだった鱗が灰色に近くなっており、輝きもない。
しかし、消滅するその一瞬前にその色が虹色に戻った。
「おおー」それを多くの者達が目撃し、作戦が成功したことを実感した。
やがて暗闇の中にドラゴンの姿が消えていく。淡い光が一帯にあふれ、山の中に静かな幻想を生み出す。
皆と一緒に、通常の大きさに戻っていた古の精霊がじっとそれを見ていた。
(ドラゴンの声が聞えました)
言葉ではなく、念話でギードに話しかけてきた。
(エルフ達が元気そうで良かった、と)
そうか、やはりドラゴンはエルフ達妖精族を心配していたようだ。
(ありがとうございました)
ギードはドラゴンの住む山の方角に向かって祈りを捧げた。
古代エルフ語で囁かれたその言葉を理解できた者は精霊達だけだった。




