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第七十話 パーティーの目的

 ミッションは終わった。経理課の金庫から金と商品券が消えたということは突き止められた。もう帰っていい。


 ドリンクコーナーへ行ってオレンジジュースがたくさん入ったカクテルをもらった。のどが渇いていたのだ。壁際でそれを飲み干しながら会場を眺めた。決め手は美々さんの強引な脅迫だったけれど、俺だってそれなりに作戦に貢献できた。うれしい。いや、森っちと話ができたということが今日の俺の最大のトピックスだろう。


 珍しくぐずぐずしていると思った。パーティーに来て帰りたいって気持ちにならないなんて……

『ね、出河君、私たちはそろそろおいとましますわね』美々さんの声だ。

『ああ。俺ももうしばらくしたら帰るよ』

『ふうん。そうですの』


『なあ美々さん。パーティーってなんなのかな?』

『え?』

『パーティーってなんのためにあるのかなと思ってさ』

『なんのためって? どういう意味ですの?』

『今日のパーティーはさ、加能商事の社員とか取引先を交流させてビジネスを円滑にするためなんだろうけど…… なんかそういうの違うって言うか、どうでもいい気がしてさ』


『楽しめてます?』

『んー、まだ緊張してる……かな』

『出河さんは下心があるからですわよ』

『下心?』

『そう、下心、やましい気持ちですわ。たとえばパーティーで取引先とか上司とか同僚とうまくやろうとか、女子と仲良くなろうとか。合コンなんてまさにそうですわね。アピールして彼女を作ろうとか。その先を考えちゃうんじゃないかしら?』


『そうかもしんない』

『パーティーとはなにか。そうね、パーティーに目的はないわ。パーティー自体が目的なのよ。私はパーティーはなにかを達成するための手段とか仕事とかだとは思いませんわ。ビジネスがうまくいくとかネットワークができるとか、そういうことじゃないのですわよ…… パーティーはそれをすることで後でなにかいいことがあるってことより ……ただ、人が集まる、人と人が出会うってことがパーティーなのですわ。パーティーが好きな人、パーティーアニマルって人種はただパーティーが好きなのです。知らない人と知り合ったり、他人とお酒を飲んで大声で喋ることが大好きなのですわ』


『そういうのが苦手なんだよな』

『人生の究極の目的の一つがパーティーを開く事ですわよ。セレブレティになったからパーティーを開くんじゃない。パーティーを開きたいからセレブレティを目指すのです。仕事を円滑に運ぶためのツールなんかじゃなくパーティーこそが目的なのです。合コンは女の子と仲良くなるためにあるんじゃない。そのかけがえのない時間を楽しむためのものなのです』


『楽しめないんですけど』

『コミュ障ですからね。ま、無理に苦手なことを得意にしなくてもいいのですわ。誰でも得手不得手はあります。それに、その時のノリにもよりますしね。ま、でも、今日はいろいろ教えたんだから、もう少しパーティーってものを自然体で経験してみたらいいのではないかしら…… 苦手なら失敗したって別にいいのですから』


 壁の花の状態だった。そういうのがいやでさっさと帰ったりしていたのだけど、苦手なんだってことを受け止められると、まあ仕方ないかなって思うし、むしろ壁により掛かっておいしい桃の入ったカクテルを飲んで、会場を眺めているのも悪くないなって思う。美々さんが言うようにもともとコミュ障気味のところはあるんだから。


 この空間がどうして苦手なのか分かったような気がする。中学校とか高校の休み時間に似ているんだ。どこにも行き場がなくて喋る相手もいない感じ。人生で一番つらい時期だった。大人になってよかったと思う。当時はこのままだと引きこもりのニートとかになっちゃうのかなってふうにも思っていた。就職して、そうならなかったことが救いだ。いやがおうでも人と喋らないといけないし、係の中では雑談だってする。友達というのは相変わらずあんまりいないけど、それでも暗黒の学生時代よりずっとましだ。


 なんだか喋ったことのない人と喋ってみたくなっちゃった。どうしよう。喋りかけやすそうな人っていないかな。

 ちょっとズルいかもしれないけど、知り合いに紹介してもらうというのがハードルが低い気がする。空調事業部の棚木が喋っているあの人は知らない人じゃん。


 えと、まず接近だっけ。テーブルの料理を取るふりをして、近づいて棚木の顔を見てにっと笑った。

「よおっ、出河、どうした?」

「棚木と一杯飲もうかと思ってさ」

「珍しいな。いつもはあんまり酒飲まないのに」

「まあ、たまには」


「あ、こいつ、出河、同期のな」棚木は俺を喋っていた奴に紹介した。スーツを着ているわけじゃなくて綿のパンツにエリとかに金属のパーツのついた白いシャツ、それにニットっぽいネクタイをしてた。

「出河です。どうも」


「浪政ってんだ。よろしく」気安くくだけた感じだった。

「ガキの頃からの知り合いなんだ」棚木は言った。

「今日は取引先様でご招待なんだろ」 浪政が言った。

「うるせーよ。タダ飯食いに来た分際でよ」

「我麗磁百貨店って知ってる? そこに勤めてんだ。今度、ふぉれすとビルに支店を出すことになって、棚木に空調設備を頼んだってわけ。立派なお客様だろ」


「あ、よくいくよ。御経塚のところのおっきな店だよね。へー、ふぉれすとに開店するんだ」

 我麗磁百貨店ってのは怪しい中古雑貨屋とでも言おうか、古本からプラモとかのおもちゃ、CD、DVD、服、靴、スポーツ用品、電化製品、釣具やサーフボードまで置いてある大型の倉庫みたいな店だった。品ぞろえが実用と言うよりも遊びとか趣味にシフトしていて客は若い奴が多い。プラモも充実してるし、俺はよくマンガを立ち読みしに行っていた。分かりやすく言うとヴィレッジヴァンガードとブックオフを合体したような感じ。


「マンガ立ち読みしてるだけじゃねーだろうな」睨んだ。

「えっ、いや~」

「ふふっ、ま、そういう客も大歓迎だ」

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