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第六十九話 ターゲット倉田経理課長

「倉田課長、いつも支払いの書類遅れてすみません」

 俺はターゲットの倉田経理課長に話しかけた。女子に声をかけることに較べたら、こんなの軽いもんだ。練習の成果はある。


「ああ、営業の出河君だね。なあに、私は来た書類にはんこ押してるだけだから。苦労かけてる女の子に注いで回った方がいいんじゃないか」

「ええ、さっき森さんとかに……」

 ビールの瓶を傾けた。


「あんまり飲まさないでくれたまえ。明日も実は朝早いんだよ」

「へえ。大変ですねえ」

「ああ……」

 会話が途切れた。


『こらっ、なにスルーしちゃってますの』 美々さんだ。

『えっ?』

『朝早い。そこ注目じゃないですのっ!』


『え?』

『なにげなく相手が気になっていること、つまり喋りたいことを見つけて聞いてあげる。それがトークのコツですわ。私がなぜランカウイの黄金鷲というコードネームを仕立て家族旅行の話を聞かせたか分かっていますの? 相手の気持ちを考える、相手の喋りたいことを察するってことを伝えるためでしょ』


『そ、そうだったのか? てっきり旅行自慢をしたいだけかと』

『うっ。と、とにかく、朝早いのには理由があるのですわ。そこを掘り下げましょう』


「朝早くから、どうしたんすか?」

「ま、散歩みたいなもんだよ。空気のいいところで芝生の上を歩いてね」

「はあ、散歩ですか。案外、課長もひまなんですね」

「い、いや、まあね……」


『こらーっ!』

『なんすか? 美々さん』

『散歩じゃないでしょ。散歩みたいなもん!』

『なんなんすか。そのうざい謎かけ』


『ちゃんと観察しなさい。左手に手袋の痕ないですの?』

『あ、ほんとだ。なんで分かるんすか?』

『ゴルフでしょーっ!』

『あ、ゴルフね。なるほど』


「倉田課長って、たしかゴルフされるんですよね。明日もひょっとしてそうなんですか?」

「ははは。そうなんだよ。スコアに響くからね。飲み過ぎないようにしないと」倉田課長が初めて笑った。


『仕事の話じゃなくって趣味とかの話題の方がいいのですわ。話を続けなさい』

「きみ、ゴルフはどう?」

「あー、やったことありませんね。興味もないですし」

「……」 倉田課長は沈黙した。


『うらーっ、ナメてますの。そんなトークがありますかっ!』

『だ、だって、ほんとにやったことないし』


『違うでしょ。まず肯定するのですわ』

『肯定?』

『いいですねとか、やってみようかなあとか、あこがれちゃうなあとかでしょ』

 ああ……


「いいですね」 とりあえず俺は心にもないことを言ってみた。普段なら絶対言わない。誘われたりしたら困るからだ。

『そして、その肯定ワードに質問をプラスするのですわ。なにが面白いんですかとか、どんなふうにするんですかとか、今までに一番楽しかった思い出はとか』


「どんなところが楽しいんですか?」

「ま、やってない人に説明するのも難しいんだけどね。そうね、たとえば……」

 倉田課長はひとしきりゴルフの話をしてくれた。上機嫌だった。気を使うよその課の課長というさっきまでのイメージよりか、親近感がわいた。


『そろそろですわね。入手したい情報に関係するキーワードを話の中に盛り込みましょう』

『キーワード?』

『そうよ、キーワード。商品券とか裏金、金庫、盗難とかって言葉を会話の中に織り込めないかしら』

 う~ん……

「盛り上がってますねパーティー」

「そうだな、毎年だが年々参加者が増えてるんじゃないのか」

「そうそうパーティーと言えば…… 甥っ子の誕生日パーティーがあるんですけど、最近、おもちゃとかもすぐ流行が変わっちゃって、いっそ商品券とかの方がいいかなあって」

『おっ、やるじゃないですの』


「そうだね。おもちゃ選ぶのも一苦労だしね。おもちゃ券とかがいいかねえ」

「経理でも商品券とか買ったりしないんですか」

「そ、そうだな。あまりあることじゃないが、時々はあるかな」


「そうだ。最近物騒な話をよく聞くんですよ。ふぉれすとでもなんかオフィス荒らしとかがあるらしくって、どこかの会社で現金とか切符、金券とかもなくなったって聞いたんですけど」


『よしっ! そこで倉田課長の目を見つめなさい。十秒間ですわよ』

 十秒間もか。

 チッチッチッチッチッチッチッチッ……


「そっ、そうなのかい。ほお」

「うちの会社は大丈夫ですよね」

「ああ、もちろん。大丈夫だ。ははは」

 倉田課長は俺から目線を外した。


『声のトーンが変わった。はぐらかしていますわね』

『でも、やっぱ商品券とか裏金の話に持っていくのは無理があるような……』

『そりゃそうですわ。経理課長の立場で自分の失点をべらべら喋るわけないないですわね』

『どうします?』

『攻めましょう。果敢に』


『えっ?』

『すべてが流れるようにスムーズに行くなんてことはないですわ。きれいにやりすぎるんじゃなくて、時には強引に突破することも必要ですわよ。いよいよランカウイの黄金鷲の出番ということですわね』


「さ、そろそろ部長にお酌でもしてこようかな」倉田課長が行こうとした。

『課長に用があるという人がいると言うのですわ』美々さんが言った。

「倉田課長に会いたいって人がいまして……」

「えっ、そう。なんの件かな」

「えーと、あれですよ。社内で使う消耗品とかの営業みたいな」


『そのまま、こっちに誘導してもらいましょう』

 俺は美々さんの言葉に従って倉田課長を導いた。

『そこの衝立の前に立たせて』

「課長、ちょっと待ってもらえますか」

「ん? ああ」


「倉田課長さんね。話があるのですわ」美々さんの声が衝立の裏から響いてきた。

「な、なんだ、きみは? 裏側にいるのか」

「聞かせてもらいたいことがありますの」

「なんの冗談だね。営業じゃないのか? こっちに出てきてもらえるかな」

「それは、できない相談ですわね」

「なんなんだ?」


「経理課の金庫の中にはなにがありますの」

 単刀直入に美々さんは聞いた。強引すぎるっ!

「な、なんのことだ? なぜ君にそんなことを話さなくてはならないんだ」

「突如それらが消えた……」


「なっ、なんの話をしているんだ。顔を見せなさい。誰なんだ? ふざけてるのか、営業の話じゃないんだったら失礼させてもらうぞ」怒気をはらんだ声で倉田課長は立ち去ろうとした。


 バアンッ!

 パーティー会場中に轟き渡るような大きな音が鳴り響いた。美々が衝立を後ろから叩きつけたのだ。会場中の視線が何事かとこちらを見た。俺の心臓までがバクバク言う。


「ここで経理課の金庫から商品券と裏金がなくなったって大声で叫んでもいいのですわよ」

 倉田経理課長がうつむいた。

「そ、それは待ってくれ」

「どうなの、事実ですの?」

「勘弁してくれ」

「大声を出しますわよ」


「そ、そうだ。商品券と現金がなくなってたんだ。先々週のことだ」絞り出すように倉田課長は言った。

「そう。やはりほんとうですのね」

「なぜ、それを?」

「とあるところで耳にしただけですわよ」

「それを知ってどうするんだ?」

「どうもしませんわ。ただ会社の中で起こっている不正を許せないだけですの」


「警察には言わないでくれ。内部で調査はしているんだ。きっと金は取り返せる」

「犯人は誰か目星はついていますの?」

「いや…… それは分からないが……」

「ふう。まあいいですわ。正直に言ったから黙っておいてあげましょう」

「き、君は誰なんだ?」

「ランカウイの黄金鷲……」


 それきり、衝立の後ろからの声は途絶えてしまった。

「おい、君…… おい……」

 しばらく問いかけてみて、倉田課長が裏を覗いたときには姿は消えていた。


「どっ、どういうことなんだ? 出河君っ!」

「い、いや……」

「うちの社員か? 今のは誰なんだ?」

「いえ、あの……」

「君はさっき会ったんじゃないのか?」

「い、いえ、さっきは男性でしたので」ごまかす。

「男性…… 壁の裏のは女性だ。だが聞いたことのない声だ。誰だ?」

「さあ……」


「くっ、マズイことに……」

 くれぐれもこのことは他言無用にと言って、倉田課長は頭を冷やしてくると去っていった。


『こちらランカウイの黄金鷲。ミッションコンプリート。ね、時には強引に行くのも必要でしょう。おわかりかしら』

『強引すぎますよ』

 俺は倉田課長がかわいそうになった。


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