第六十八話 パーティートーク
「ねえ、たがみ~ん」
田上が別の課の女子に呼ばれてそっちへ行った。
森っちが残された。
なにか話しかけなきゃ。料理だな。よしっ。
「いやあ、この豆、美味しいね」
「私、豆類はちょっと……」
か、会話が続かん……
『ビールでも注ぎなさい』美々さんからの指示だ。
「おつかれさま、ビールどう?」
「はい、すいません。あ、ちょっとにしてくださいね」
「え、アルコールはあんまり?」
「うーん、あんまり……かな? 実は酔っぱらった経験ってないんです」
「じゃ、強いんじゃん」
「それは、どうかと思いますけど…… お酒の味が苦手なんです。ビールって苦いし」
「ああ、なんとなく分かるな。俺もビールって一杯目はいいけど、あとはそんな好きじゃないかも。夏の暑い日、のどからからになって最初の生中はおいしいと思うけどね。麦茶とか部活途中の水道の水みたいな感じでさ。あ、でも、知ってる? グレープフルーツジュースで割るとおいしいんだ」
「え~ グレープフルーツジュースもあんまり好きじゃないな。苦いし」
「いや、それがさ、なぜかビールとグレープフルーツジュースだと美味しくなるんだよ」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
俺はウェイターにグレープフルーツジュースをお願いした。ほどなく運ばれてきたグレープフルーツジュースを森っちのビールが半分くらい入ったグラスに注ぐ。
「あ、あれっ! これ、くない。ぜんぜん美味しい!?」
「だろ~」
そんなやりとりがきっかけになって俺らはしばらく話した。彼女の旅の話とか住んでいるところとか、ウォーキングが好きで昼休みとかでも意外に遠くまで歩くとか。俺らは梅酒も飲んだ。
会場のステージの横には大型のスクリーンがあって、さっきまでのVJみたいなのから会場内の映像に切り替わっていた。
天井付近から撮された映像で改めてパーティーの様子を俯瞰で見るとだれもかれも楽しそうにしていた。
丸テーブルの脇で女の子と談笑しているリーマン。ちぇっ。楽しそうだよな。
ふん。俺は今探偵だ。
ま、いい。俺だって今はしゃべれてる。今日は少なくとも壁の花じゃない。
みんな楽しそうにしてんな。楽しそうに笑っている奴がいる。そいつは紺色のワンピースの女の子としゃべっていた。
スクリーンの中でリーマンと喋っていた紺色のワンピースのこが振り返った。森っちだった。
楽しそうにしていたリーマンは俺だった。
いや、楽しんでいるわけではないんだ。作戦で緊張して、いろんなことを考えながら喋っていたんだ、でも外形的には楽しそうに見えてしまう。
なあんだ…… 案外、パーティー会場のみんなもいろいろ緊張してたりするのかもしれない。もちろん楽しんでいる人もいるだろうけど……
「もう、出河さん、アホすぎますよおっ」
「いや、ほんとなんだって……」
「前元くん元気にしてますか?」
「ああ、あいつは元気だよ」
「えっ、ひょっとして森っち、前元のこと好きだとか」
「ううん、違いますよ~っ。前元くん、長谷川先輩にあこがれてたんですから」
「ふーん。え、あいつがか?」そいつはちょっと初耳だ。
「前元くんね、前に出河さんのこと、いい先輩だって言ってましたよ」
知らないうちに時間が経過していく。
あれれ、これって楽しいんじゃないか。俺、パーティーを楽しんでないか?
任務で無理矢理でも笑顔作ってるうちに、俺はそれが楽しいことに気づいてしまった。
楽しいフリを女の子なんかはよくすると思う。でも楽しいフリをしているうちにほんとに楽しくなるってこともあるんだ。楽しいから笑うんじゃない。笑うから楽しいんだという脳科学者の言葉を思い出す。
俺はパーティーの中にいた。スクリーンの中の探偵は幸せそうだった。
探偵ごっこのための努力がパーティーに参加するという想定外の体験をさせてくれたことに気がついた。
立食パーティーいいじゃん。なんか女子と普通に会話できてるじゃん。
この子いいこだなあ。こんなこが彼女だったら、ぜったい幸せだ。
『こちらランカウイの黄金鷲、ウォーミングアップはもういいわ。ぐずぐずしてないでとっとと本丸に行きますわよ』なぜか不機嫌そうな美々さんの声が耳元でした。
「じゃあまた。倉田課長さんに注いでくるよ」
ターゲットはテーブルの反対側にいる。
「出河先輩っ。グレープフルーツ割りありがとうございました」森っちもさわやかに笑って、ケーキを食べなきゃとか言ってフードコーナーの方に行った。
『こーんな簡単に打ち解けるような女じゃまったく練習になりませんわね』 と美々さん。
『な、なんか機嫌悪くないすか。着実にセミナーの成果が上がってると思うんですけど』
『スムーズにいく姿なんて面白くもなんともないですわ。苛烈な課題に右往左往する姿がいいんじゃなくてっ』
『せっかくミッションが成功したんだからもっと喜んでくださいよ。俺が生まれ変わってモテモテになるための自己啓発セミナーじゃなかったんですか?』
『その過程で、多くの難関にぶつかりに血ヘドを吐いて苦しみのたうちまわる様がぐっと来るんじゃないですのっ。もっと阿鼻叫喚しなさいよっ』
なんなんだ、この人……