25.儀式
その日は雲一つ無い晴天だった。
しかし、儀式が始まる前から情勢は荒れ模様であった。
王城にある王の間に出向いたルーファスとエミリアは、王への挨拶の為に待機していた。そこにはたくさんの人たちが行き来してまるで落ち着かない。
侍従らしい人が大慌てで行ったり来たりした後に、完全武装した騎士が入室している。何事かと目を見張っていると、ルーファスがそっと耳打ちした。
「どうやら隣国のメイナードと国境で小競り合いがあったようだ」
メイナード国とはこのヴィレカイム王国の西側に隣接している大国だ。エミリアの祖国とはヴィレカイム王国を挟むことになり国境線も無く、あまりその国の事は知らない。
それにしても、今このタイミングで小競り合いとはどういう事なのだろうか。不安そうにするエミリアに、ルーファスがまた囁いた。
「あれが軍事司令と、この国一番の騎士団を抱える団長だ」
どちらも、宰相サディアスと共に昨夜やって来たのを見た。
やはり、国の危機ともあれば派閥など関係なく一丸となって戦うのだろうか。
エミリアが二人を見ていると、間もなく王が入室してきた。皆が頭を下げて王を迎え入れる。
すぐに軍事司令が進み出て進言した。
「メイナード国が我が国に侵攻しているという情報が入っております。わたくしとこのライナス騎士団が軍勢を率い、すぐに鎮圧して参ります」
「……二人ともか?」
王が確認すると、軍事司令は恭しく礼をした。
「はい、私自らが参ります。大軍が出てくるという情報もあるので、一気に叩きすぐに戻って参ります」
「……よきにはからえ」
王の承認を得られた二人は、鎧を鳴らして足早に出て行った。
すぐさまルーファスが父王に声をかける。
「これで王都は空っぽになりましたが」
「儀式が行われる大聖堂は、メイナード国との国境からの道を真っ直ぐ王都に向かう途中にある。万が一の可能性を消す為には、此方からも軍を差し向けるしかないだろう」
「それに、行くと言い張る者を行くなとも止められない、ですね」
王が頷いてから、ルーファスとエミリアに向かって口を開いた。
「向こうも色々必死だという事だ。此処から大聖堂までの道程も気を付けて行くように」
「はい。ヒューゴーを筆頭とする護衛団に護らせています」
エミリアは膝を折って礼をしながら、何が起こっているのだろうかと、不安でいっぱいだった。
王の言葉の『向こうも色々必死』とは、一体どういう事なのだろうか。まさか、と考えたくもないが隣国の侵攻まで宰相が裏で何かしているのだろうか。
大聖堂までの馬車の中で、ルーファスと二人きりになったエミリアは尋ねてみた。
「先ほどの鎮圧軍の出兵と今日の儀式、何か関連はあるのでしょうか」
ルーファスはあっさりと言い放った。
「勿論、全てサディアスの企みだろう」
「そんな。戦争を引き起こすなんて……」
他国の侵攻があったというのは嘘で、それでも出兵させたのだろうか。それとも、侵攻が今日起こるように、隣国の軍さえも動かしたのだろうか。
何もかもが分からず不安と戸惑いで揺れるエミリアに、ルーファスは冷静に説明する。
「明日が終われば、サディアスも今までと同様には振る舞えなくなる。必死にもなるというものだ。立太子となると、俺にも決定権という物が発生する事になる。今までは、言葉を発する事は出来ても何の実権も無かった。先日、父上も言ったが王と太子の力を合わせると二対一、数の上では宰相に勝てることにもなる」
「政治力、ってことかしら?」
ルーファスは頷いて続ける。
「勿論、サディアスが取り込んだ有力者の数は閣議決定出来る大多数だし、そう簡単ではないだろう。しかし、俺は得られた権力を拡大していくつもりでいる。サディアスを追い落とすまで手を緩めない。それを奴も分かっているんだろう」
「だから、どんな手を使っても今日の儀式を止めさせたいのね」
ルーファスが頷いて、不吉に続ける。
「おそらく、隣国に資金を援助して事を起こさせたんだろう。それだけで済むとは思えないが」
「…………」
他にも、何か起こるという事だろうか。この馬車にも護衛が付いている。まさか、という事態があるのかもしれない。
エミリアはぎゅっと拳を握って、息まで止めてしまった。それを見たルーファスが、ぽんと肩を叩いた。
「力を抜いて。大丈夫だ、任せろ。俺は今まで、どんな窮地も切り抜けてきた」
そうだ。ルーファスは今までずっとこんな苦境に居たのだ。そして、全てをねじ伏せ今ここに居る。昨日今日、少し怖いと思ったくらいで脅え縮こまっていると、今日は乗りきれないだろう。エミリアは深呼吸して頷いた。
「ええ。ルーファスが居るからきっと大丈夫」
二人は手を取り頷きあう。暫くして、馬車が停まった。ルーファスはエミリアに軽くちゅ、と口付けてから降り立った。
エミリアも、続けてルーファスに手を取られ降りる。
目の前には荘厳な大聖堂と、そして周囲を守る騎士たち。騎乗した兵と歩兵が多数居る。今日の儀式の為に集められた兵たちだろう。
「ヒューゴー、後は頼む」
「ハ!」
ルーファスがそう言ったのを聞き、エミリアも礼をした。どうか今日これから、よろしくお願いしますと兵の皆に心を込めて願った。
ルーファスに伴われて大聖堂に入っていったが此処からは別行動になる。
ルーファスは立太子専用の控室へ。エミリアは王族の一員として席を宛がわれ先にそこに座る事になる。
エミリアが大聖堂の中に入ると、既にたくさんの人たちが席に着いていた。この人たちの皆が、要人であり尊い身分の貴人なのだ。
宰相、サディアスの姿もある。
エミリアに用意されていた席は、彼とほぼ対面に当たる前列にあった。
エミリアは気おくれしないよう、でも目立たないように席に滑り込んだ。そして、背筋をまっすぐに姿勢を正しくと心掛けて、じっと式の開始を待った。
皆が待ち構えていると、やがて儀式が始まる鐘の音が鳴り始めた。
代々の王がここで誕生の儀式をし、成人や即位の式典を行い、そして眠りにつくのだ。
大聖堂の中は荘厳な雰囲気でしんとしていた。先ず、王が入場する。その次が、ルーファスだ。
鐘の音と共に、ルーファスがゆっくりと歩いてくる。白と金を基調とした儀式用の衣装で堂々と登場した彼は、やはり王族の威厳という物を纏っていた。
ここにいる出席者の皆が名家の出の人たちとはいえ、全員が王を敬い、尽くそうとしている訳ではない。それでも、この王国の歴史と共に家を為している人々だ。聖堂内に漂う厳粛さと、次代の王はこのように立派な人物で王国は安泰であるという安心感が皆の心を高揚させた。
きっと彼は聡明な王になる。
それが皆にも確信出来るような光を発散していて、見ている人の胸を自然と高鳴らせるのだ。
エミリアも、彼を見ているだけで胸がいっぱいになった。
あの細く小さく、毒に倒れ伏していた少年が立派になって、という気持ちと、彼を助けられて良かったという想い。
それに、彼がエミリアに助けられたことをずっと心の支えにしていたことを思うと、何だか自分がしたことも誇らしく感じる。そして、ルーファスに自身が求められていることも。
最初は、騙され連れて来られ、帰して欲しいのに無理矢理囲い込まれた。
その後は、一方的な気持ちを押し付けられて恐ろしい程だった。それでも傍に居たのは、成り行きと同情だった。
それなのにいつの間にか放っておけなくなって、彼の心に寄り添いたいと思うようになったのだ。
ルーファスはずっと想っていたと、そう言い続けてくれた。エミリアが疑ったり信じられなくても、苛立ったり激高せず気持ちを伝え続けてくれた。取り繕わず、正直な気持ちで常に接してくれたから彼を信じるようになったのだ。
大聖堂の中は皆、感慨深いといった面持ちで儀式の推移を見守った。
この大聖堂を守る神職によって粛々と進行された儀式は、ついに三代前の王弟、マイヤー公によって立太子の宣誓がなされた。
「改めて、ここにルーファス王子を太子であると承認する! 証人はここに居る皆々様である!」
高齢のマイヤー公は話すのもゆっくりだが、存外に声は大きくしっかりしている。彼もこの場の雰囲気に高揚しているのかもしれない。
宣言を受け、ルーファスは皆に向き合った。胸に手を当て優雅な一礼をする。
それを見た皆は歓声をあげた。ルーファスが王太子として就任しその宣言の証人となったことを喜んでいるのだ。この場の皆が歓喜の輪の中に居た。
ただ一人、宰相サディアスを除いて。




