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人助けをしたら、私にだけ優しい王子様にとんでもない執着をされてしまった  作者: 園内かな


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23.冷水


 周囲に居たエミリアを始めとする皆にも聞こえた。全員がざわざわとさいているが、それは畏怖と怯えが入った物で、そのうちしんと静まり返ってしまった。

 ルーファスはエミリアを見て気遣うように小声で囁く。


「君を検分しに来るのかもしれない。心無い言葉で傷つけられるかもしれないが、どうか堪えて欲しい」


 脅えたり、この間、王にされたように圧力をかけられて泣くようでは駄目なのだろう。エミリアは怯む気持ちを押し隠し、にっこりと笑って言った。


「ええ。宰相さまは国王さまの弟に当たるとか。似ていらっしゃるのか、お会いできるのが楽しみです」

「そうだ。此方から見てやろう、見物してやろうという気で迎え入れるのだ。弱気になって下を向くな」


 ルーファスはエミリアにというより、周囲の皆に激励のように声をかけた。

 すると、聞いた者は後押しされたかのように上を向き、胸を張りだした。心なしか、皆の瞳に力が籠ったような気さえする。

 やはり、王族には産まれながらに何か持っている物があるのだろう。言葉をかけただけで、人を鼓舞するような何かが。エミリアも、それに勇気づけられて姿勢を正し、真っ直ぐ視線を保つ。


 そして、宰相を先頭とする一団が現れた。

 ぞろぞろと付き人を連れているが、それら皆がそれぞれの道で頭角を現す天才ばかりだった。法務、司法を司る大臣に軍事司令、外交を一手に担う外務次官と財務のプロである高級官僚たち。全員が只者では無いというオーラを纏っている。

 エミリアは簡単に気圧され、身体が震えそうになった。


「大丈夫だ」


 おどおどしてしまいそうなエミリアの手を握り、ルーファスが囁いてくれた。その温かさと頼りになる声に、エミリアも落ち着きを取り戻す。

 そう、彼が隣に居てくれるのだ。

 この間の、誰かも分からない人の前で一人連れ去られ、兵たちの前で詰問された時より全く心細くはない。


 エミリアはふう、と一つ深呼吸した後ルーファスを見つめる。そして、何て素敵な人なのだろうと改めて感心した。

 意思の強そうな、煌めく瞳を長い睫が縁取っている。通った鼻筋も、薄い唇も、顔を覆う銀髪も、全てが美しい。


 今日のエミリアは薄いピンク色のドレスを纏い、金色の髪にもピンクの飾りを編みこんで娘らしさを出していたが、ルーファスにも一部衣装にピンク色の刺繍飾りを施している。二人が対の存在であることを演出しているのだ。


 今さらだが、こんなに美しい人が自分を欲しているなんてと感嘆の息を吐く。ルーファスのその魅力は見た目だけではなく、頼りがいがある所もだが。

 そっとルーファスの手を握り返し、エミリアは一団が入場するのを待った。

 王が玉座に着き、その横にルーファスとエミリアが控えている。その前に、宰相とその一派が現れるのだ。


 エミリアは今ここで初めて、ルーファスの叔父であり宰相であるサディアスを見た。宰相は義理の兄である国王にも、ルーファスにも全く似ていなかった。

 並んでいるルーファスと王を見ると、やはり親子だと確実な血の繋がりを感じるのに。二人はそっくりで王族の系譜を見て取れるが、宰相には見受けられない。エミリアはそんな感想を抱いた。

 ゆっくりと登場したサディアスは、勿体ぶったように礼をすると口を開いた。


「これはこれは、王よ。王子の婚約、目出度く存じます」


 サディアスの態度は一言で言うと、慇懃無礼だった。彼が王や王子を敬っているとは全く思えないし、尊大な態度を隠そうともしていない。

 王は言葉少なく頷くだけだった。


「うむ」

「それにしても、目出度い。我らも八年前より二人の仲を見守っておりましたが、まさかこのような形で成就なさるとは」


 エミリアの背筋に冷や汗が流れた。王子であるルーファスの行動は監視されていたのだ。

 そして、その文通相手であるエミリアにも監視は及んでいたようだ。全く知らぬ所でそんな風に巻き込まれていたとは。驚いたが、命を始めとする全ての物を賭ける政権争いならそれも当然なのかもしれない。

 サディアスの朗々とした大きな声は止まらず続けられる。


「しかし、その娘の身分は低く、ろくに後ろ盾も無い状態……」

「身分が低いから反対だと、そう言いたいのか?」


 ルーファスが挑戦的に口を挟んだが、サディアスは意にも介さなかった。


「いやあ、心配ですな。庇護者が居ない王妃ほど、危うい存在はありません。先の王妃でさえ、伯爵家のご令嬢という身分がありながら短命でありました」

「一体何が言いたい?」


 王は黙ったまま無表情に座って、サディアスを見下ろしている。

 会話はサディアスとルーファスの二人で進めるようだ。

 ルーファスの問いに、サディアスは彼を無視し王に進言した。


「このサディアスが、王子の婚約者、未来の王妃の後見人になってもよろしい」

「……!」


 自分の事で政争の駆け引きがなされるとは。エミリアには胸がきりきりとする想いだった。でも、驚いて口を開けている訳にもいかない。エミリアは背筋を伸ばし、凛とした表情を装ってルーファスを見つめた。

 ルーファスを見ると、彼はいつもの柔和な笑みを浮かべていた。ただし、目は全く笑っていない。


「それは残念だが、既に後見人は決まっている」

「ほほう。それはどなたかな? このサディアスより、身分高く後見の力がある者が王宮に居るとは思えぬが」

「三代前の王であるナサニエル王の弟君、マイヤー公だ」


 既に、ルーファスは先手を打っていた。それを聞いて、サディアスは顎を擦るような動作を見せた。


「ふむ、マイヤー公。そのマイヤー公は何処におられる?」

「……公は既に休まれている」


 高齢の、普段は隠居している老人なのだ。ルーファスはマイヤー公に前夜の舞踏会には参加させず、翌日に備え休んでもらうよう手配していた。それが失策なのかは分からないが、ここで無理をさせ明日の儀式に躓く方が良くないだろう。

 サディアスはルーファスの答えを聞くと、突如高笑いを始めた。


「フハハハ、既に休まれていると。そんな老公に後見や明日の儀式の宣言が務まるものか」


 嘲笑するサディアスの声に、彼の付き人たちが追従して大笑いする。それは、舞踏会に参加している人たちに居心地の悪い場と感じさせるのに十分だった。


「何も問題は無い」


 ぴしりとルーファスがそう言ったが、その声は笑い声にかき消される。程なくして、サディアスが口を開く。


「しかし老公に従い、明日に備えるのは良いだろう。皆の者、舞踏会は終わりだ。すぐに帰って休むが良い。王もそうおっしゃっている。そうですな? 王よ」


 王は何も言っていない。しかし、今までずっとこのように、王は傀儡として王座に座らされ何の実権も持てなかったのだ。

 果たして、問われた王はあっさり言い放った。


「よきにはからえ」


 サディアスは満足そうに頷いた。


「それでは、御免」


 そしてまた己を筆頭に、ぞろぞろと取り巻きたちを引き連れて出て行く。

 残されたのは、すっかりしらけたお開きムードのみだった。盛り上げるべきだった会の終わりを、勝手に宣言されてしまったのだ。ルーファスも苦々しい表情になっている。

 それを受けて、王も早々に大広間を退出してしまった。

 王を見送ったエミリアも、自分がダシにされてしまったようで心苦しい。こういう時、どうすれば良いのだろうか。

 ルーファスを見ると、彼は自分の従僕と王の腹心らしい侍従に矢継ぎ早に指示していた。


「明日の最終確認と、今日の出席者の擦りあわせを行え。俺もすぐに行く」

「は!」


 侍従たちに指示した後、ルーファスはエミリアに向き合った。


「エミリア、離宮まで送ろう」

「ルーファス、先に帰るつもりなの?」


 エミリアは驚いて言った。エミリアの実家でささやかながら宴が開かれた時、父母は客人を全て見送って最後までホールに残っていたものだ。

 それを念頭に問いかけたのだが、ルーファスは事もなげに答える。


「先に帰るのはエミリアだけだ。俺は送って行った後、また此処に戻るから先に休んでいてくれ」

「そうじゃ無くて。招待客の皆さんより先に帰るってことかを尋ねているの」

「それはそうだ。王族は一番最後に来て最初に帰るものだ」


 それがごく当然なのだろう。

 でも、当たり前のことをしているだけでは明日を乗り越え、あの宰相に打ち勝つのは難しいような気がした。今出来る事は、全てやりたい。

 エミリアは首を横に振って言った。


「でも、明日は全ての手を尽くす、乗り越えなければいけない一番大切な日なのでしょう? 今日は、皆さんを見送りましょう」

「分かった」


 ルーファスは頷き、エミリアの言う事に従ってくれるようだ。

 二人は並んで扉の前に立った。有力な後援者一人ずつを見送り、明日またと声をかけた。

 エミリアも、並んで礼を一人一人にしていく。今日は来て下さりありがとうございました、明日もよろしくお願いいたしますと何度も述べる。


 ルーファスに声をかけられた人たちは驚き感激し、そしてエミリアに微笑まれた相手はにっこりと笑みを返した。見送った人たちは心なしか、誇らしげに胸を張って帰っていく。

 すっかり皆を見送った後は、エミリアは壁に沿って並び待機していた使用人たちに声をかけた。


「今日はどうもありがとう、急に決まった舞踏会なのにとても良いもてなしだったわ。招待客のみなさまもご満足でした。まだ片付けもあるけれど、本当にご苦労さま」


 いつも、母が使用人に言っていた事をエミリアなりに考えて口にしたのだ。

 王宮に仕える人たちにとって、こんな風に言われたことは前代未聞だったのかもしれない。使用人たちは皆一様に戸惑い顔を見合わせた後、深々と頭を下げた。

 悪い雰囲気ではなかった。


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