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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第六十三話 改変の余波

井伊直弼は、大老職を辞した。


 事件から三週間後のことだった。「重傷を理由に」という名目だったが、実質は政治的な終わりだった。雪の中で大老が浪士に襲われたという事実が、幕府の権威を大きく傷つけた。


 そして、安政の大獄が終わった。


 拘束されていた人物が、少しずつ解放されていった。


「……これで終わったのか」


 川路が俺に言った。


「終わりではなく、始まりです」


「始まり」川路が繰り返した。「何の始まりだ」


「幕府が変われるかどうかの、本当の問いが始まります。威圧で止められていた動きが、これから一気に出てきます。薩摩も、長州も、幕府の弱さを試してくる。それに対して——幕府がどう答えるか」


「お前は先が読めるか」


「読めません」俺は正直に言った。「今日以降の世界は——俺が知っていた歴史とは違います。俺の知識は、もうこの先の細かいことは教えてくれない」


「……それは、困らないか」


「むしろ——」俺は少し止まった。「むしろ、良かったと思っています」


 川路が俺を見た。


「変だな」川路が言った。「地図がない方が良かったとは」


「地図がある状態での改変は、地図を持ちながら別の道を歩くようなものでした。地図が正しいか間違いかが常に不安だった。しかし今は——地図がない。自分の目で見たものだけを信じて歩ける」


 川路が少し沈黙した。


「神田」川路が言った。


「はい」


「私はかつて——何かが終わった時に、どう生きるかという問いを自分に持っていた」


「……覚えています」


「今、その答えが少し分かった気がする」


 俺は川路を見た。


「生きながら動くことだ」川路が続けた。「退いても、逃げても、死んでも——意味がない。この場所で、この幕府の中で、できることを続けることが——私の答えだ」


(川路聖謨。史実では孤独に死んだ人物が、今は違う顔をしている)


「……それを聞けて、良かった」俺は言った。


「お前が言わせたんだ」川路が言った。「お前が『死ぬな』と言ったから、考えた」


「俺は——」


「礼を言う必要はない。しかし覚えておけ。神田、お前のせいで俺はもう少し生きることになった」


 俺は笑えなかった。しかし胸の中で何かが温かかった。


「岩瀬が地方から帰れるかもしれません」俺は言った。「安政の大獄が終われば——」


「そうだな」川路が頷いた。「それは早急に動かそう」


 始まりが、静かに来ていた。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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