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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第六十一話 決断の朝

夜明け前から、目が覚めていた。


 雪の音がする。正確には音はないが、雪が降っている時の静けさがある。江戸が白くなっていくあの感触が、窓の外から伝わってきた。


(1860年3月3日)


 決断しなければならない。今日。この朝に。


 俺は三つの選択肢を改めて並べた。


 一つ。井伊を守る。護衛の増強を誰かに告げ、暗殺を完全に防ぐ。その結果、安政の大獄が続く。岩瀬・川路への圧力がまた始まる。


 二つ。何もしない。史実通りに暗殺が成功する。井伊が死に、大獄が終わり、幕府の権威が落ちる。改革派への圧力は消えるが、幕府そのものが弱くなる。


 三つ。第三の道。


(第三の道に、今日使える材料がある)


 帳簿の証拠。澄が渡してくれた資料。守旧派への資金流用——井伊の側近の不正。


(これを今日、老中の一人に届ける。井伊の側近を失脚させる。それが桜田門外の現場で何かを変えるかどうかは——分からない。しかし幕府の内側から、井伊を政治的に傷つけることはできる)


 暗殺は起きるかもしれない。しかし「政治的にすでに終わっている大老」への暗殺は、歴史的な意味が変わる。


 俺は立ち上がった。


 川路の屋敷に着いた時、川路はもう起きていた。


「今日、何かやるのか」川路が俺を見た。


「はい」俺は言った。「失敗するかもしれません。でもやります」


「何を」


「帳簿の証拠を使います。老中の一人に、井伊の側近の不正を届ける。今日」


 川路が少し考えた。


「……証拠があるのか」


「はい。宮里澄の調査です」


「澄が——」川路が目を細めた。「その子も関わっていたのか」


「長い間、動いてくれていました」


「分かった」川路が立ち上がった。「俺も動ける範囲で動く。何をすればいい」


「老中・永井様のところへの書類の取り次ぎを、川路様の名前で頼めますか。急ぎの件として」


「できる」川路が即座に言った。


「ありがとうございます」


「お前が『失敗するかもしれない』と言う時は——珍しい」川路が言った。「いつもは確信を持って動く」


「今日は違います」俺は正直に言った。「今日が終わった後、世界がどうなるかが——分からない。本当に分からない」


 川路が俺を見た。


「……では行こう」川路が言った。


「はい」


 雪が降っていた。江戸の朝が白かった。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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