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幕府は、俺が守る――1853年7月8日、浦賀沖から始まる歴史改変  作者: ヲワ・おわり


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第三十一話 ハリス交渉

「あの男は手強い」


 岩瀬が下田から戻ったのは三日後だった。疲れた顔をしている。しかし目が消えていない。


「どんな人物ですか」俺は聞いた。


「タウンゼント・ハリス——外交のプロだ。ペリーとは全く違う」岩瀬が座りながら言った。「ペリーは軍人だった。力で押してくれば力で跳ね返すことも考えられた。しかしハリスは違う」


「論理で押してくる」


「そうだ。我々のどんな言い訳も通じない。事実と数字で押してくる。感情も礼儀も、あの男には動かない」


 俺は頷いた。


(ハリスは外交官として最高レベルの人物だ。史実の彼は、日本から最大限の条件を引き出すことに成功した。それを改善するには——)


「岩瀬殿、一緒に整理しましょう。今夜、時間はありますか」


「ある。俺の部屋に来てくれ」


 その夜、俺は岩瀬の部屋で夜半まで議論した。


「ハリスが最終的に求めてくるもの。それを整理します」


「聞かせてくれ」


「治外法権。関税自主権の制限。最恵国待遇。開港場の追加。この四つが核心です」


「全部防ぐことは不可能だ」


「はい」俺は率直に言った。「全部は無理です。だから一つに絞る」


「どれを」


「治外法権の範囲を限定することです。完全な廃止は無理。しかし『開港場内の外国人が日本人と争った場合に限る』という範囲限定は、交渉で主張する余地があります」


 岩瀬が腕を組んだ。


「……そういう表現の工夫で、実質を変える」


「はい。条文の言葉を変えることで、後の解釈に幅を作ります」


「関税は」


「協議権という形で盛り込みたい。日本が自由に決める権利は今は無理でも、協議できるという文言があれば将来改正の余地が生まれます」


 岩瀬がしばらく考えた。


「神田、守旧派から圧力が来ている。『なぜそこまで妥協するのか』という声が上がっている」


「知っています」


「お前が動くと、俺が標的になる。それは分かっているか」


「分かっています」


「それでも続けるか」


「岩瀬殿さえよければ」


 岩瀬が短く笑った。


「よし。お前の言う通りにやってみる」


 二人の間に、静かな連帯が生まれた。


「次の交渉で、治外法権の範囲限定を主張します。ハリスの反応次第で、関税協議権の案も出します」


「分かった」岩瀬が立ち上がった。「夜が遅い。帰れ」


「はい」


 外に出ると、月が出ていた。


(「全部は変えられない。しかしこの三つのうち一つでも改善できれば史実より前進だ」——今できる最善を尽くす。それしかない)


 岩瀬が「責任は俺が取る」と言ってくれる日が、もう近い気がした。

続きも本日更新予定です。よろしければ次話もお付き合いください。

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