ep5「第二次試験 緊急危機獣来」-2-
——大講義室は静けさという嵐に包まれていた。それは、皆が第二次試験のペーパーテストに真剣に取り組んでいるから……では断じてない。ではなぜ? それは、
「(合格ラインが満点って、どうかしてんだろ。しかもまるで意味不明ッな問題もいくつかあるし、どうやって満点取れってんだ……)」
、、、ということである。先ほどまで大講義室はその件で大荒れ……が今はもう静寂にペンを置いた人がほとんど、といった状況。
同様に俺も手詰まりで、一旦息を吐こうと、ふと下を向くと……影雷。
「っ……何してんだよ」
「マガツー……答え、教えてくれ」
どう来たのやら——奴はいつの間にか俺の席の筆記台、股下の間にまで潜り込んでいた。
「————————」
じっと影雷を直視していると、影雷はクリっとした瞳をこちらに向け、首を傾げて「どうしたん?」と、尋ねてくる。
影雷は無意識だろうが、あざとい上目遣いで頼んでくるその姿は、やはり女の子にしか見えない。俺にそういう趣味はないから平気だが、人によっては情緒をおかしくしてしまうだろう。なんとも魔性な奴だ……
「はぁ……答えなんて教えられるか。バレたら俺も失格だわっ……」
「大丈夫、大丈夫。バレなきゃいける……! 俺のも見せてやるから——」
机に頭を屈め、小さく怒鳴る俺。対して、お互いこれでウィンウィンだな、みたいな対価を提示する楽天家な影雷。
そんな、非常に稚拙な取引が秘密裏に行われる中、しかし——爆弾一つ……
『(ブーンブーン、ブーンブーン)——緊急、緊急——全団員に通達する——』
非常事態を伝える低音響のブザーが、鼓膜を揺らす。
「ん、なんだ?」
突然の事態に場は騒然として、ざわざわと声が乱れて飛び交う。
「っ、聞こえんッ、口を閉じろッ……!」
試験官のストログがカッと声を荒げ、場を収める。
鳴り響くブザーから次、大講義室の天井近くに設置されたスピーカーから、事務的という冷静さを装わせた声で通達されたのは——
『保護区画に異核獣が出現。群れを成して襲撃されているとの知らせ。同刻、贖罪騎士領全域で同様の連絡が相次いでいる。団員は至急、指令に従い救援に向かえ』
「っ……領全域って、嘘だろ」
スピーカーからの声、第一次の試験官だ……なんてのは、通達された内容ですぐに吹き飛んだ。——つまり現在、リアルタイムで一斉に出現した異核獣に数百とある町や拠点が襲撃されている、と言うのだ。
あまりに信じ難い。異核獣の知性は高く、しかし、それ故にプライドが高いため他の生物とは相容れない。それが手を組んだように一斉に、というのは不可解すぎる。——十中八九、他の国、または咎人による何らかの工作だ。
『続報。エリア9区画Aにて新種の異核獣が発生。傭兵を含めた団員十七名が応戦し敗走。核位14等級とし、ツクシ、アラタの二名を対処に任命する』
『続報。エリア82区画Dにて、前回取り逃がしたものと酷似した8等級の異核獣を発見。成長を鑑み、ボルヴァク隊、ケンダハシ隊の総勢二十名を対処に任命する』
「くっ、なぜ予兆もなく大規模な侵攻が突然——受験者はここで待機ッ!」
緊迫する空気。ストログは言って、急ぎ大講義室から出て行く——
「……………………」
『続報。エリア33区画Aにて——』
「「……………………」」
『続報。エリア32区画Cにて——』
「「「……………………」」」
団員のいない空間。それでもスピーカーからは指令が流れ続け、ただそれは俺たちに無力感を与えさせる。
「——はぁ。せめてこの室内くらい音声切ってくんないかねぇ」
ヒョコっと筆記台から抜け出てきた影雷。なぜか一人で大講義室の出口に向かうと、開閉のためのタッチパネルに手を近づけ——ドアは開かれる。
「……影雷、どこに行くんだ?」
「ん? そりゃ野暮ってもんだろ。俺は人助け目指してここ来たんよ?」
「……。」
「「「————————!」」」
影雷の言葉に、他受験者たちは俯いていた顔を上げる。
「——私も、こんな絶え間なく現状流されて、ジッとはしてらんないかな」
「カムイさんまで……」
一つ席を空けて隣に座る彼女も、自身の折り畳み式の弓を軽くメンテナスし終えると立ち上がり、廊下に向かっていく。
すると、それに続くように他受験者たちも立ち上がり——
「はっ、こんな事態ん時ジッとしてる自分じゃ腹立って仕方ねぇ。俺もいくぜ」
「ぼ、僕も……人助けのため、来たんです」
「わたくしも、ですわ」
「俺も」「私も」「僕も」——
続々と廊下に足を進めていく受験者たち。——それを見て俺は、
「……。待ってくれ、みんな」
、、、顔を下に向けたまま、静かに彼らを呼び止めた。
「っ、何言われようが俺はいくぜ? 別に着いて来いって訳でも、ねぇし……」
影雷は歯切れ悪く言って、気まずそうに視線を逸らし、頭を掻いている。
「あぁ? なんだてめぇ。試験官が待てって言ったから良い子ちゃんして従えってか? 指示待ち厨は勝手にしろよ。人が困ってんのを放っとくんは腹立つんだよ」
尖った目つきの男は酷く辛辣な言葉を刺してきて、他受験者も俺を睨んでくる。場はピリつき、一挙手一投足が目立つ中、そこへカムイさんが淡々と話を切り出す。
「私は別に、行かない選択もありだと思うよ。というか、待っている方が正しいと思う。みんなには親切心で言うけど、立ち上がった理由が場の勢いに煽られたからっていうなら、来ない方が良いよ。死ぬか他人の足引っ張るだけだから」
「「「——っ」」」
容赦のない彼女の親切に、先ほどまで意気揚々と立ち上がっていた受験者たちはその心意気を喪失したようだった。
「れ、冷静になってみれば、今の状況って……」
「世界でも有数の実力者たちが、束になってやられてるって……」
「俺が行ったところで……」
まるで水に濡れた蝋燭の芯のように、萎れて熱の消えた受験者たち。俺はキョロキョロとどうにも入れる余地のなかった場にて、ようやくもう一言を差し込む。
「——いやいや、違うっ!」
そう慌てて放った一言は、思いのほか大講義室に響く。
「はぁ? 何がちげぇんだよ。てめぇが——ひぇっ」
先ほど辛辣な言葉を刺してきた男。またも何か刺しにくると思えた直後、幽霊にでも息を吹きかけられたような力の抜けた声を発する。
「な、なんだ、突然……」
「——良いから良いから、俺の耀偽でちょいと黙らせた。んでマガツ、お前さんから何かあんだろ?」
席からこちらに向かってきた——紫色のボサっとしたロン毛に、ガッチリとした肉体の男。急を要する事態のため、俺は迷わずその言葉に甘える。
「——。みんなも知ってるだろ? 贖罪騎士領は世界でも色都に次いで広大な面積を誇る。その割に団員は少なく、一つの町を騎士二、三人で守ってる。町の守護傭兵を数に入れても、大体二十人弱ってとこだ——」
「要は人数が足りてねぇって話だろ? なら尚の事グダってる場合じゃねぇだろ」
話しの途中に割り込んでくる先ほどの男。彼も彼なりに色々あるのだろうが、とりあえず話を聞いてもらいたいものだ……
「……聞いたろ? 騎士数十人で挑んで負けたって話を……そこにもしアンタ一人が行って何かが変わると思うか? 統制もなってない奴が一人駆け付けたところで、邪魔になるのは想像出来るだろ」
「——っ」
「今必要なのは、たった数人の増援じゃない。ここにいる受験者の皆と、他で試験を受けているだろう受験者全員を合わせた、百を超える同志たちだ! 役に立つってのは戦場で戦うことだけじゃない、目の前の人を守ることだけじゃない!
それぞれに活かせる場所が必ずある。だから、俺から頼む! 今動くことを拒んで立ち上がれない人たちも、自信が揺らいでいる人たちも……今この時だけは力を貸してくれ! お前らの、全力の力が必要だっ!」
「「「———!」」」
聞く耳持たずだった男を含め、皆が目を見開かせた。
「ふっ、気に入った! マガツっ、俺ゃお前を気に入ったぜ! おっと自己紹介を忘れてたな。俺はカースつんだ。全力で力、貸してやるよ!」
先ほど話すタイミングをくれた紫色の髪の男、カース。そう言って、親指をグッと立てたハンドサインを見せ、分厚いガタイで肩を組んでくる。
「は、ははは……あぁ、さっきはありがとうございました。カースさ——」
「チッチッチ、さんはいらんぜ? タメ口も結構!」
指を振って言うカースに少し戸惑う俺。すると、それとは別に続々と受験者たちがこちらに声をかけにくる。
「——そこまで言われたらね。私もまあ、力は貸してあげる。一応自己紹介、名はキキハム。耀偽は……後で君にだけ教えとく」
「——僕も一層昂ってきました! マガツ君、僕はテイクと言います。耀偽は空間に過去の映像を流せるといったもの——」
「別に今コイツへ教える必要はねえだろ。……話の邪魔、何度もして悪かったな。俺はドットホック。力は貸す。つうか、最初からその気だったし」
——席から立ち上がって来てくれたキキハムさんという女性。
——廊下からこちらに協力の意思として握手を交わしに来てくれたテイクさん。
そして、彼、ドットホックは俺から目をそっぽに向けるてはいるが、背中をポンっと叩いてきて、協力の意思を伝えてくれる。
さらに、さらに——
「あたしは元々戦闘は得意じゃないけど……全力が必要って言われちゃね!」
「待ちなさい! 僕は指示通り待機しますよ! この僕ポ——」
「私はやるよ!」
「俺も!」「僕も!」「おいどんも!」
「や」「り」「ま」「す」「か!」——「何ですかこの茶番は!?」
そうして一人を除き、この場全員が奮起して立ち上がった。
「みんなっ……ありがと——」
「おっしゃぁっ気合い十分ッ、行くぞぉぉお!」
「え……」
勢いのついた闘牛の如く、熱の再演は歯止めなく受験者を滾らせた。だが、同時に理性をもほっぽった様子に、今一度俺は素っ頓狂な声が漏れる。
「「「おぉぉぉぉおッー!」」」
カースは扇動は武士の戦入りのよう、大半の受験者を連れていく。未だ、俺は話すべきことを残していたというのに……
猛る武士たちは熱を走るパワーへと変換し、廊下を狂気じみたテンションで駆け出した。大講義室に残ったのは俺とカムイさん、キキハムさんにテイクさんのみ。
「——で、最初に呼び止めた時に言おうとしたことなんだけど」
俺は廊下へ顔だけ出し、氷のような視線で武士の出陣に水を杓一杯の直がけ。
「「「……?」」」
ガチっと、激熱故の微熱変化を感じ取った受験者一行。一斉にこちらへ振り返って首を傾げて立ち止まる。
「勢い任せに突っ走んないで、ちゃんと管制室から指示仰ぐぞ」
「「「あ……はい……」」」
一行に向く視線は白い。
「はぁ……」
「やれやれね……」
「あはは……」
呆れた様子で額に手をつく女性二人。俺の隣で苦笑するテイクさん。
——熱の入りようも理性まで。手綱が必要にはされぬよう……
………
ep5-2-をお読み頂きありがとうございました!
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