ep3「第二の名=オルタネーム」
◆◇◆◇
宿舎の寝室の窓からそよ風が吹き込み、レースのカーテンがなびく。そうして入ってくる日の光が目元をチカチカと照らし、目覚ましの役割を果たした。
身体を起こした時、ふとベッドのサイドテーブルに置かれた一枚のカードが目に入る。所有者欄には『マガツ』と名が刻まれていて——
「……オルタネーム、か」
——— —— —
遡って昨日のこと——俺はツクシさんの案内で、「ペガァーナイトカード」なるものを作成に、役所へ来ていた。
略称“ペイカ”なるそれは詳細を省き、今全世界で扱われているクレジットカードのような物。これ一つで個々各々の登録した財産、情報が記録され、単純な買い物から行政の手続きやら何まで、簡単に済ませることが出来る。要は万能カードだ。
俺はペイカ作成の手続きをぱっぱと片付けていくが、ある項目で手が止まる。
「っ、オルタネーム……」
ツクシさんから防衛都市の案内最中におおよそは聞いていたのが、突然これから名乗っていく名前を決めてください、と言われても、そう簡単には決められない。
ゲームなんかのプレイヤーネームならいざ知らず、オルタネームとはこの新世界で偽理として自身を証明する——これから一生、名乗る、名前……なのだから。
「——名が決まらず、お困りですか?」
「うわ——っ?」
突然、見知らぬ女性が声をかけてくる。風貌は占い師のそれで、目元までフードを被り、肩には一匹の神秘的な青い光の小鳥が乗っている——が、ここまでの印象を全て台無しにする、デカデカと「占星鳥」と文字が入れ込まれた安っぽい旗竿を背中に伸ばしていて、俺の目線は自然とそこに集中する。
「占星鳥、と申します。良ければ私奴に貴方様の第二の名、占わせては頂けませんか? お代は不要です。どうか……」
「えっ……あ、じゃあ、お願い、します」
そう話す女性に戸惑う暇もなく、俺はたじたじ了承した。
………
占いは人目が少ない方がいいらしく、占星鳥さんに案内された薄暗い路地裏。俺は地面に敷かれた絨毯に正座をして待機していた。
「では始めましょう。貴方様の両手、手のひらを上に、杯の形にして前へ」
「は、はい……」
俺は指示に従い、両手を杯……というか、お椀の形に。次、そこへ彼女は左手を差し出し、俺の両手お椀を蓋する。——すると、儀式が整ったように“蓋された杯”の指の隙間から青い光が漏れ出し、中から小鳥の優しいさえずりが聞こえ始める。
「わあ、綺麗——」
「覗いては駄目……そのままで」
「す、すみません」
光の中が気になって顔を寄せると、彼女は静かに俺を叱る。占い結果が出るまでは少し時間がかかるようで、この変な間はなんともじっとするには堪えてくる。
「ふふっ、タブーでなければそう叱りはしませんよ。では少し、私奴の力をお話しするとしましょう。——これなるは、スピリチュアルブルーバード。儀式を設けることで、神秘が助言をくれる力でございます。多くの時間を掛ければ、それだけ価値ある未来の助言も——」
「価値ある、未来……——あ」
その“力”はついに工程を終了。それを合図するよう“杯”は強く発光して、薄暗い路地裏を碧に照らした。
………
「——では御三方、再びこの占星鳥の力が必要な時はぜひ、ここから北東、贖罪騎士領を超えた先の左翼冒険者ギルド領にある本露店へお越しください」
役所前まで戻ってくると、占星鳥さんはそこで立ち止まって、気品を感じる一礼で俺たちに別れを告げる。
最後に宣伝してきたな……と、顔に出ているツクシさんと影雷の二人を他所に、俺は一言ありがとうございました、とだけ一礼を返す。
自分でも礼儀の怠った態度だとのち後悔するのだが、それはさて置き、いざ自身の名前が変わるのだと現実味を帯びてくると、気持ちの整理が躊躇われていた。
「……。」
浮かない顔をする俺に、占星鳥さんは眉を曇らせ、一歩前に、こちらに寄る。
「本来、求められたことのみ占うのが私奴の役目……しかし今宵、私奴の好奇心が不必要なことまで占ってしまった。故にこれは、私奴の戒めにございます——」
彼女はそう話す最中、目元を隠していたフードを上げる。
「……——!」
明らかになった顔に月明かりが差し込み、占い師の表情が見える。そこには瞬きのない、表情も見えてこない、美人が仮面となって張り付いたような顔があった。
俺は咄嗟に一歩引く。——しかし、そのわずか次の一瞬、占い師がその一歩よりも大きく、こちらに突撃でもしてくる勢いで迫る——と、
「——『禍■日■』様、どうか空は創らず、星に明日を——」
、、、最初の単語は暗闇のように幾つかが見えない不思議な声。次の言葉も、その次も、どうにも意味の感じ取れない囁きだった。——それを幽霊がこちらを透かし通るように、迫ったまま言い残す。
「——!?」
こちらを奇怪に通り過ぎた彼女に、俺は動揺のままその背を追って振り返る。がしかし——その先に占い師の姿はなく、月明かりまでもが彼女を見失っていた。
………
すでに都市の賑わいは黄昏時よりも活気を沈ませ、明日のために静寂がそれらを休ませていた。
「……………………」
俺は未だ浮かない顔で、ツクシさんの背に向けて歩く。
「も、もしかして、あのオルタネーム気に入らんかったのか? 俺的には良い名前だと思うぜ? 何かこう、厨二心をくすぐられると言うか……」
影雷がそう、俺を気遣ってか話す。
「——……(それ逆効果じゃ……)……——あはは」
ツクシさんが愛想笑いをして間もなく、再びの静寂。
「……………………別に、あの名前が悪い訳じゃないんだ。……その、ツクシさん、少し、いいですが?」
俺は言って立ち止まり、ツクシさんを振り向かせる。
「ん、私に? 何かな?」
「その、オルタネームを名乗るのって……その……」
話していく最中、打ち明ける内容が近くなるほど、言葉が詰まる。何せ、人によってはそう気にすることのない小さな内容で、話題に出せば世間では論争にもなる危険な内容だったからだ。
だが、その心中はあまりにも簡単に、前にいる騎士の目に見抜かれる。
「最初の名、今は本名と言わせてもらうが、そちらを名乗ろうと思うなら、リスクを伴うぞ。元よりオルタネームは本名を隠すためのものだからな」
騎士の口調は冷たく、先の朗らかなものとは違っていた。
「数年前、他者の本名を知っているだけで、どこからでも攻撃が出来た偽理が、猛威を振るったらしくてね」
「それってほぼデス——」
影雷はその先を空気を読んで口を塞ぐ。
「……まあとにかく、能力の詳細違えど、それに近しいものは今も複数確認されている」
それは知っていた。俺が口に出そうとしていることが、とても甘い、甘い、甘い考えなのだと、理解していた。それでもやはり——
「——親からもらった名前を、もう二度と名乗れないのは嫌か?」
「っ…………はい……」
騎士が不意を突いて、口調を和らげた発言。咄嗟に俺は顔に出て、本音を隠すのを諦めた。
「……。ふっ——オルタネームをつけることは、親から授かった大事なものを捨てることだと言う者がいる。オルタネームを名乗り、本名を隠す者を親不孝、薄情者と罵る者がね。だが私は、断固としてそれを否定するよ」
「————————。」
騎士、ツクシさんはそう、先にも増して朗らかに、温かい声で話し始める。
「なぜなら、覚えているからだ。自分の本名を親がどんな気持ちで、どう育ってほしくて、どう願って付けてくれたものか。私は教えてもらい、覚えている。これから先だって、忘れずに生きていくつもりだ。
忘れない限り、記憶と、そして心の中で……親がくれた名前は残り続ける。君が忘れない限り、君の中で生き続けるんだよ。だから、オルタネームは前の名を捨てるものじゃない。君を守るための、新しき人生への名付けなんだよ」
「——!」
俺の迷いは、人によっては気にすることのない内容で、誰かに話すのは躊躇われるものだった。でも、俺にとっては踏み越えるのが簡単じゃなくて、すがり付くような宝物を含んでいた。
この人はそれを、踏み越える必要もないのだと、そう言ってくれた気がした。
——迷いが、消えていく。この先一生、オルタネームを名乗る覚悟が、決心が、俺の中でついていく——
「……っ、ツクシさん……ありがとう、ございます……」
歯に力を加えて、震えた身体をどうにか止める。目元を隠すよう下を向く。けれど礼を言うと解けてしまって、頬を伝ったものがポタンと地面に落ちる。
「……うん」
ツクシさんはそれだけ言って、少し背伸びをしながら、下を向いた俺の頭を撫でてくる。すると、影雷も目線はそっぽに背中をさすってきて、しばらくの間、恥ずかしさで顔が上がらない。
そうして静かに、この日は幕を閉じていった。
— —— ———
贖罪騎士選抜試験、一日目。開会式も済み、第一次試験は順次始まっていた。
「では影雷さん——ではカムイさん——ではビターさん——」
受験者が一人ずつ呼ばれて、試験のフィールドに上がっていく。
「では——『マガツ』さん、第六フィールドにお上がりください」
マガツ……それは俺の第二の名。
「はいっ!」
そうして俺は——二つ名を持って、第一次試験へ進んでいく。
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