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 美咲を抱え歩いていると、急に雨に降られた。最初はこれぐらいの雨ならどうってことないと思ったが、雨は強さを増していくばかりで。辺りを見回せば、ちょうど雨をしのげそうな大木を見つけた。


「悪いな。すぐに帰れなくて」


「いいえ。謝ることないです」


 疲れているのか、美咲は目を閉じたままで会話をしていた。眠気は無いらしいが、黙ったままだと、死んでいるんじゃないかと思えるぐらい安らかな顔をしている。


「――――」


「――どうしました?」


「えっ、何が?」


「ずっと、こちらを見ているようだったので」


 ずっと見てれば、さすがに視線を感じるか。


「いや、何も無い。ただ――お前の顔を、見ていただけだ」


「そうしていると、何かあるんですか?」


「いや、何も無い。だが――オレは安らぐな」


「? 安らぐ――」


 目を開け、視線を向ける美咲。その瞳は、薄ら色付いているように見える。


「自分を見ていると、安らぐんですか?」


「あぁ。だが、いつもってわけじゃない。安らいだり、不安になったりもする。それでも、安らぎの方が勝る」


「よくわかりませんが――自分も叶夜を見ていれば、そういう感情がわくのでしょうか?」


 じーっと、まっすぐに見つめられる。

 俺に対して何も感じていない。頭ではわかっているのに……その無垢な表情に、期待をしてしまう。


「――――叶夜?」


「っ!」


「今のは――なんですか?」


「? 何って――」


「触れた途端、今と同じような体勢で、男女の顔が近付く光景が見えました。あれが――叶夜の気持ちですか?」


「男女が顔を――っ!?」


 頭痛と共に、頭に景色が駆け巡る。

 そこで俺は、以前見た女に今と同じようなことを体験していた。

 その時もこうして雨宿りをし、俺はそいつに初めて――。


「叶夜? 叶夜?」


「――悪い、大丈夫だ」


「でも、顔を歪めていましたし」


「本当にもう大丈夫だ。ありがとう」


「それならいいですが。――今見えたのは、叶夜の記憶ですか?」


「あぁ――おそらく」


「二人とも、すごくいい笑顔をしていました。顔を近付ければ――叶夜も、笑顔になりますか?」


 記憶にあるのと同じく、美咲の片手が、オレの頬に触れる。

 表情こそ乏しいが、それは紛れもなく、あの時と同じ光景だった。


「嬉しいが、それを他のやつにやられたら嫌だな」


「他の人には、やってはいけないことなんですか?」


「悪いというか。近付くまではいいんだ。その先――顔を近付けていった先のことは、誰にでもしていいものじゃない」


「――――そうですか」


 ゆっくり、頬から手が離れていく。

 出来ることなら、この手を掴み抱きしめたい……。

 だがそれをしてしまえば、今度こそ本当に、お前を傷付けてしまう。

 気持ちを押し殺し、なんとか平静を保とうと心掛けた。余計なことは考えるな。考えてはダメだと、自身に強く言い聞かせる。




「なら――叶夜だけにします」




 その言葉が、簡単にオレの意志を揺らがせた。

 今、美咲はなんて言った?

 オレだけにする?

 そんなこと本気で――。


「自分が何を言ってるのか……わかってるのか?」


「おそらく、本当に理解をしてはいないかと」


「だったらやめておけ。もしそれをしたら、お前が後悔することになるかもしれない」


「叶夜は、後悔しないんですか?」


「…………」


「自分は――後悔はしないですよ」


 思わず、間の抜けた声を出した。それに美咲は、自分はそういう存在だからと言う。


「自分には、感情は付属されない。余計なものは削ぎ落とされ、最低限のモノしかない。その時々の状況で最善の判断をすること、それが、自分の存在と力を消すうえで優先的にあります。

 だから――この判断は、最善の方法です。後悔をすることはありません」


 再び、美咲の片手が頬に触れる。

 あれだけ固く貫こうとした心を、美咲はいとも簡単に崩してくれる。


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