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「――ここから帰ろう」
行き着いたのは、小さな湖。周りには小さな花が咲いていて、雪のように白い色をしている。
話しによると、この湖の水面に映る月に飛び込めば帰れるらしい。それが、ここと私がいた所を結ぶ道になるとか。改めて、やっぱりここは違う場所なんだと実感した。
「えっと……。そろそろ、下ろしてほしいんですけど」
未だ、私を抱えたままの叶夜君。でも叶夜君は、私の言葉なんて耳に入らず、何か違うことに集中しているようだった。
「叶夜、君……?」
「……悪いな。まだ、離すわけにはいけない」
真っすぐ前を見つめる叶夜君。
同じ方向へ視線を向ければ、そこには、黒いなにかがうごめいている。湖を挟んで反対側にあるそれがなんなのか、ここからではよくわからない。
「……何匹か、いるな」
周りを見渡し、険しい表情を浮かべる叶夜君。それを見て私は、今の状況はよくないんだと察した。
「逃げれ、ますか?」
「――いや。その必要はなさそうだ」
「危なく、ないんですか?」
「今のところは。あれは、湖の周りをたださ迷っているだけのようだからな」
それを聞き、私はほっと胸を撫で下ろした。これで安全に帰れると、再び前に視線を向ければ――徐々に、黒いものの姿がはっきりと見えてきて、
「――――!?」
それが、私を襲ったモノと同じだと、気付いてしまった。
途端、震え始める体。思わずぎゅっとしがみついていれば、心配そうな声で、叶夜君は様子をうかがう。
「どうかしたのか?」
「っ……あれ、が」
私を襲った影だと、小さく呟く。
すると叶夜君は、警戒の色を強め、周りにいる影を見定め始めた。
「――悪意は無い、か」
しばらくして聞こえたのは、そんな言葉。
本当に大丈夫なのかと心配していれば、
「――俺を信じろ」
余裕のある、そんな声が聞こえた。
信じろ、か――。まだ不安はあったけど、ここまで自信を持って言われたら、信じないわけにはいかないよね。
無言で頷き、さっきよりもしっかり、叶夜君にしがみつきく。それを確認すると、月神君は一気に、湖の中央まで飛び跳ねた。
*****
黒いモノたちに紛れ、湖に二人が消えるのを見ている者がいた。
月明かりが、徐々にその者を照らす。そこにいたのは――艶やかな黒髪に、紫色の瞳を宿した男性。
堂々たる姿や雰囲気から察するに、叶夜たちよりも歳は上だろう。
「やはり見つけていたか。報告は受けていない――そうだな?」
顎に手をあてながら、何やら思案する男性。その問いかけに、男性の数メートル後ろで物音がした。
「――はい。何も、伺ってはおりません」
姿を隠したまま、その者は声を発する。少し低い声で答えるその者は、声から察するに、若い男性のものだろう。
「私に秘密か……随分と、“自我”を持ったものだな」
面白いような、気にくわないような。男性はなんとも複雑そうなため息をもらした。
「ディオス様、何故行かせたのですか?」
黙ったままの男性、ディオスの行動が気になったのか、背後の男性は問う。
「しいいて言うなら――我の中の“未練が暴れる”、とでも言おうか」
これまた面白いのか。ディオスは口元を一層緩ませる。
「長い時が経つというのに、往生際が悪いものだ。――若くして手に入れた体は、扱い辛いのかもしれぬな」
「でしたら、すぐにでも消去を」
「よい。これぐらいで我は御せぬ。――むしろ、消え去る前に面白いモノでも見せてやろうかと思うぐらいだ」
くくくっ、と怪しい笑いがもれる。
ディオスが何を考えているかわからなかったが、背後の男性は、それを問いただすことはしなかった。自分はただの執事。主が何をしようと、その目的を深く追求することはしない、と考えていたからだ。
「それで――箱は、手に入れられそうか?」
真剣な口調で、ディオスは問う。その問いかけに、背後の男性は静かに、はいと短く返事を返した。
「ならばいい。分かっているだろうが……」
「はい。内部はもちろん、あちら側にも気を配ります」
「ふっ、やはり分っておるか。――さすがは“同じ血”だな」
思惑どおりにことが運んでいると知るなり、ディオスの表情は晴れやかだった。
「叶夜のことは、しばらく放っておけ。――お前は、箱のことだけを考えろ」
それを聞くと、男性は音も立てずに、その場から姿を消した。
「さてと。お前はどう出るのだろうな。――リヒト」
空に向かい、ディオスは小さく呟く。
誰に言ったわけでもないその言葉は、暗闇の中へ、ゆっくり溶けていった。




