プロローグ
『広がるこの大地を
踏みしめる
あなたの足は
何だか少し遅かったね
揺れるロウソクの灯火のように
不安定なあなたとの距離
帰り道に咲いていた
一輪の花の名前を
あなたはまだ覚えていますか
憎しみあい
悲しみあい
傷つけあい
どうして人は争うの
枯れて落ちる
一輪の花のように
いつかは疲れ果てて
終わるのでしょう』
◇
歌い終えた瞬間、場内から溢れんばかりの拍手が送られた。壇上に立つ少女、ユナ・クロイツは大きく息を吸い込む。
「皆さん、聞いていただいてありがとうございました!」
ユナは深々と一礼すると、プラチナブロンドの髪がたなびく。その美しい彼女の姿に、観客たちは一人残らず魅了されていた。
「お疲れ様、ユナ」
まだ拍手が鳴りやまない中、舞台裏に戻った彼女に声を掛けてくれたのは、ユナの秘書でありマネージャーの藍原サトミだった。眼鏡をかけ、キリッとした風格の持ち主だが、根は優しくて誰よりもユナの事を理解している。
「ありがとうサトミ」
「いつ聞いても、あなたの声は本当に綺麗ね。さすがは21世紀の歌姫ね」
「えっ、そんな事ないよ〜」
少しお転婆なユナは、ポカポカとサトミの胸を叩く。周りにいたスタッフたちは、いつもは見ないユナの姿に和まされる。
『21世紀の歌姫』
そう呼ばれるのは、ユナ・クロイツ、16歳。ドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれた一人娘だった。昔から歌がうまかったため、14歳に音楽の都オーストリアのウィーンにある音楽学校に留学し、今では世界中を旅しながら歌を歌い続けている。
テーマは平和。生粋の平和主義者であるユナは、歌にその思いを込め、世界各地の紛争地や緊迫した情勢の国を電撃訪問しては歌を披露している。何度か過激派のテロリストにその身を狙われたが、時の権力者達がユノのファンであるため、全てが彼らのおかげで阻止されている。
「今日のスケジュールは一応終わりね。明日にはドイツに飛ぶことになるけど、体は大丈夫?」
「大丈夫よサトミ、久しぶりの故郷ですもの、体なんてへっちゃらよ!」
「なら良かった、行こっか」
会場から外に出る。外には大勢のファンが詰めかけ、警備員が必死に行く手を阻んでいた。
「ユナさん!」
「こっちを向いてください!」
「きゃあ、ユナさんよ!」
あまりにも大勢なため、警備員も四苦八苦していた。それを見たユナは、片手を空へ突き出す。
「皆さん、今日の公演を聞いてくださりありがとうございました。今から少しの間だけ皆さんと触れ合う時間を作ります。どうか落ち着いて行動し、警備員の皆様に迷惑を掛けないようお願いします」
詰め掛けたファンがユナの一声で静まる。そして、喜びのあまりか一斉に歓声を上げた。ユナは握手やサイン、少しの間会話をしたりと、有意義なファンサービスを提供していた。
「私、ユナさんに憧れて歌手を目指しています。よ、良かったら、一曲歌ってもらえませんか?」
「構いませんよ」
「で、では、永遠の監獄をお願いします」
ユナはゆっくりと息を吸うと、歌を口ずさみ始めた。
『ごめんなさい
私はまた罪を犯してしまった
もう戻れない
ここから出ることはできない
永遠の監獄からは
私にあるのは
あなたからもらった
この真実という名前だけ
ここにいるよ
ここにいるから
この儚き命の光を消さないで……』
その歌は、どこか寂しく、どこか儚い歌だった。ファン達の中には涙を浮かべる者もいる。この曲は、彼女が大切な人を亡くした時に歌った有名な曲だったからだ。
『時をつなぐ
あの古いヴァイオリンの音よ
私はあなたが
弾いたあの曲を忘れない
でも二度と会えない
それでも私は
記憶から消すことはないよ……』
人々が歌声に聞き入っている時、ユナに近づく影かあった。
「ユナ!!」
「えっ?」
ユナはサトミの声に反応するが、時すでに遅し。ユナの右胸には背中から刃渡30センチはある脇差のような刃物が刺さっていた。
「きゃあ!」
「えっ、何これ……」
ユナはそのまま前に倒れこむ。サトミがユナを抱きかかえるが、サトミの手には溢れんばかりの血が流れ出していた。
「離せ!俺も死なせろ!」
ユナを刺した男は狂気の顔を浮かべ、警備員たちに取り抑えられていた。心中、おそらくユナの事を偏愛する信者の一人だろう。
「誰か救急車を呼べ!」
「止血だ!急げ!」
「ユナ!そんな、こんな事があっていいの!?」
「サトミ……」
「ユナ、死なないで」
「サトミ、私を刺した人、だれ?」
「あそこにいるわ」
「彼の元まで連れて行って……」
「わかったわ」
サトミに抱きかかえられたユナは、自分を刺した男の元へと赴く。ユナの意識はすでに朦朧としかけ、言葉は途切れ途切れになっていた。
「どうして、刺したの?」
「俺と一緒にあの世で一つになるんだ」
「ごめんなさい、私は、願い、答えられない」
「へっ?」
「私、あなたのこと、恨みません。だから、ちゃんと、心、入れ替えてください、ね?」
その場にいた誰もが唖然とした。彼女は、自分を刺した男を恨もうとしなかったのだ。少しして、近くから駆けつけた救急車が到着し、隊員たちが応急処置を施す。
「バイタルの確認!」
「ダメです!脈拍も呼吸も弱まっています!」
「何としてでも救うぞ!止血を優先!酸素呼吸器を装着しろ!」
ファンが固唾を呑んで見守る中、救急隊員がユナに必死の応急処置を施すが、ユナの呼吸は弱まる一方だった。
「みんな、最後まで歌えなくて、ごめんなさい」
彼女は最後にこう言い残し、この世から消え去った。




