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エピローグ 知らないでいたかった

「本当に……行ってしまうんですか?」



 旅支度を終えてディラックと共に立つキリエを見つめ、フリードリヒが寂しそうに尋ねる。



「うん、もう任務は終わったからね。次の仕事に備えて休んどかなきゃ」



 笑って答えたキリエに、バスーキンと侯爵も困ったような顔になった。



「しかし……息子の姉ならば、君も私の子供同然だ。一緒に暮らさんかね?」

「エリシアの姉ならば、私の妻になっていただいても……。ちょうど胸を張って姉妹だと言えますし」



 何度も問われたそれらの問いに苦笑して、キリエは静かにかぶりを振る。



「エムスの傭兵は、そこらの傭兵とは違います。あたし達の死に場所はシルクとリネンに包まれたふかふかのベッドじゃなくて、血みどろの戦場か依頼書が山積みになった机の上ですよ」

「机の上では過労死でな」

「何か、戦場の場合よりもすごい苦悶の表情で死んでそうよねえ。あたしそんなの絶対嫌」

「同感」



 真面目なのかふざけているのかよくわからない二人に、フリードリヒが懸命に言いつのる。



「でも、姉さん!」



 必死な彼の頭をなでて、キリエはその目を覗きこんで笑った。



「ありがとう、気持ちはすごく嬉しい。でもねヒルト、あたしは所詮、どこまでも傭兵なのよ。あんたがあたし達のサバイバルな生活についてこれないように、あたしには貴族なんて似合わないの」

「嫌よ、そんなの」



 こちらは半泣きでエリシアがキリエの腕をつかむ。



「やっと会えたのに。お姉ちゃん、いつ死んじゃうかわからないじゃない。もう会えないかもしれないなんて……」

「大丈夫だって。あたしはそんなに簡単に死なないし、死ぬつもりもないから」



 エリシアの艶やかな髪を、キリエの固い手のひらが優しくなでる。



「それに、会いたいなら会いに来ればいいじゃない。今まで知り合った貴族の中には、何の連絡もなくいきなり家にずかずか上がりこんだ上に、浴びるように酒を飲んで平然と帰ってく奴もいるわよ」



 ごく軽く、包み込むようにしてエリシアの頬を両手で叩いて、キリエは腰に手をあてた。



「あんた達は貴族、あたしは傭兵。それでいいじゃない。赤の他人になったわけじゃないでしょ?」



 二人が昔の自分達を捨てたくないと、心のどこかで思っていたのは、その名前でわかった。

 フリードリヒもエリシアも、捨てた名前からとったものだ。



「会いたきゃ会えるわよ。会いに来れなきゃ手紙もあるし、またあたし達を雇ってもいいし。きっちりお金はもらうけどね」



 全てが終わった後、エムスから情報が入った。

 ドナン地方は多少の被害が出たものの、幸いにして死者は出なかったらしい。腕利きの傭兵だけを集めて派遣したら、相手は速やかに退却したという。

 被害は軽微だとのこと。


 彼女の幼馴染からも、無事の報告と返信の遅れを詫びる手紙が届いた。何とも彼らしいものだと、手紙を手にキリエが笑った。

 エリシアに向かって笑った彼女は、ふと疑問を思い出してフリードリヒの方を見る。



「ねえ、そういえば、二人ともあたしが姉だって気づいてたみたいだけど……あれってどうして?」

「ああ、そのことですか」



 笑ったフリードリヒは、思いがけない事実を暴露した。



「僕、姉さんの顔を覚えていましたから。近頃じゃ、ルートによっては姉さんの写し絵も手に入るんですよ」

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