48 一緒にいたかったの
頼りなく震えるキリエの手を取って自分の頬へと導き、フリードリヒは涙目でうなずいた。
「嘘、だって……あの子の目、もっと明るい青だもの……」
「大きくなるにつれて、だんだん色が濃くなったんです」
かすれた声でかぶりを振るキリエにそう言って、彼はキリエに抱きついた。
「ずっと、姉さんって呼びたかった…………」
肩口が濡れるのを感じ、キリエは反射的にフリードリヒを抱きしめた。
「ごめん……! ごめんね、あんな酷い事して……! 風邪引かなかった? 寒かったでしょ?」
厚く雪の降り積もるあの日、幼い彼を柵に縛りつけて逃げた。
泣き声が聞こえても、自分を呼んでいるとわかっていても、そのままに逃げた。
「いいんです、わかってますから。恨んでいだ時もありますけど、姉さんが父の外出時間を狙って置き去りにしたんだって気づきましたから」
それに、縛りつける寸前まで、降り荒ぶ雪に凍えさせまいとするように自分を抱きしめていた、か細い腕の温もりを覚えている。
「ごめん……」
ぎゅっと眉根を寄せて小さな声で謝ったキリエは、ふと身体を離してフリードリヒを見た。
「アリスは? あの子は元気なの?」
「目の前にいるわよ」
それはそれは不機嫌な声が割りこんだ。
驚いたキリエがそちらを見やると、エリシアが涙目で睨みつけている。
「何で私を捨てたの? 邪魔だから? 目が覚めたら知らないとこで、お姉ちゃんもお兄ちゃんもいなくて。屋敷の人はみんな親切にしてくれたけど、私はお姉ちゃんと一緒がよかった! 私を捨てたお姉ちゃんなんて死ねばいいのに。お姉ちゃんなんて大っ嫌い」
一気にそう言うと、エリシアは小さく息をついた。何かを言おうとするフリードリヒを制して、さらに言葉を続ける。
「ずっとずっとそう思ってたの。だから、お兄ちゃんから連絡を受けた時は信じられなかった。連れられてきたお姉ちゃんを見て、何でこの人はのうのうと生きてるんだろうって、憎くてたまらなかった」
涙をこらえる彼女の声が、どんどん湿っていく。
目の縁までせり上がったそれを指でぬぐって、エリシアは一つ呼吸をする。
「──今は、ちゃんとわかってるの。あのまんまじゃ、私もお兄ちゃんもお姉ちゃんも死んじゃってたって、わかってるの。私が死なないようにああしたんだって、わかってるの。……だから、もういい。だけど――」
うつむいて呟くと、エリシアはキリエに近づいてその胸にぽすんと顔を埋めた。
「寂しかったよ……」
嗚咽をもらす妹の頭をなでながら、キリエはたまらない気持ちになった。
よかれと思ってした行為が、どれだけこの子達を傷つけてきたのだろう。
「ごめん、アリス」
そうささやくと、エリシアの頭がこくりと上下する。
「ごめんね。姉さん、あんた達の気持ちわかってなかった」
「いいの、もういい……」
かぶりを振ったエリシアの背中をあやすように叩くと、キリエは目を細めて二人を見た。
「二人とも大きくなったわね。無理にあたしが育てなくてよかった、あんた達まっすぐでいい眼してる」
「姉さん──」
「おいで、ヒルト」
口を開きかけたフリードリヒを手招きして、エリシアと一緒に抱きこむ。
「あんた達はあたしの誇りよ。どこに行っても、絶対恥ずかしくない」
目を伏せたキリエが二人の頭をなでていると、静かに扉が開いた。
「動いても平気なのか?」
「まあね」
水差しを持ってきたディラックにぐっと親指を立て、キリエは大きく息を吐く。
「ねーえ、ディラック」
「起きたい立ちたい歩きたいその他諸々動く系はお断り」
先回りして言葉を封じられ、キリエは頬をふくらませた。
「ケチ」
「何とでも言え。フレディ、妹連れて向こう行ってろ」
ぐしゃりとフリードリヒの髪をなで、ディラックはフリードリヒをうながしてエリシアごと部屋から出した。
「傷はいいのか?」
「まあね」
水ちょうだいと手を差し出したキリエにコップを渡しつつ、ディラックが何でもないことのように口を開く。
「シュレイドがエムスに入った」
「へえ。ランクは?」
キリエの方も別段驚いた様子はない。
「本人は動けないから俺が代理で、お前と互角だって言ったらAだとよ」
「相棒は誰になるのかしらね」
「俺なら絶対に嫌だ」
「あたしだって」
無責任なことを言い合いながら、ディラックがキリエを寝かせる。
「ちゃんと休めよ」
「はいはい」
口うるさい親のようなセリフを言うディラックに苦笑して、キリエは静かに目を閉じた。