47 雪の幻影が見えた気がした
ひとまず侯爵邸に戻った後、キリエとシュレイドはディラックから問答無用で絶対安静を言い渡された。
キリエは不平たらたらだったし、シュレイドは無視して動き回ろうとしたが、無論ディラックの手によってベッドに押しこまれる。
ちなみにシュレイドは何度やっても動こうとするため、ベッドに縛りつけられた。
始めのうちは言いつけ通りおとなしくしていたキリエだったが、数日もすれば傷も癒えてくるわけで。
「ひーまー」
ごろごろとベッドの上で転がりつつ、キリエは頬をふくらませる。
「ちゃんと養生しねえと治りが遅いぞ」
苦笑したディラックにくしゃりと髪をなでられ、彼女はじとりと見上げた。
「すっごい暇なんだけど。ちょっとぐらい歩いてもいいんじゃない?」
「駄目だ」
昨日、ドミニゴに大きな変革があったらしい。
ガッドイールが正式に三男に地位を譲り、その三男は真っ先にバスーキンへの報復の中止を宣言した。
彼の従兄弟が犯した軽はずみな行動、誘拐という恥さらしの行為に対する自粛らしい。従兄弟は所在が知れてしまったアジトもろとも爆死した。
ということになっている。
──とりあえず、ソークルージュは元気に周囲を騙しているようだ。
扉が静かにノックされて、フリードリヒとエリシアが並んで入ってきた。
「こんにちは」
「やほー、どしたの?」
ディラックがさりげなく出ていくのを横目で見ながら、珍しい組み合わせが来たものだとキリエは首を傾げる。
「少し、お話がありまして」
謎めいた笑みを浮かべるフリードリヒに、キリエはますます首を傾げた。
「話? 何の?」
彼女のベッドの横まで来ると、フリードリヒはキリエを支えて起きあがらせる。
「一緒に暮らしませんか?」
唐突な発言に、キリエは目を瞬かせた。
「はぁ?」
「僕の家で、一緒に暮らしませんか?」
繰り返された言葉で聞き違いではないことを確かめると、キリエはかりかりと頭をかいた。
「……それって、俗に言うプロポーズってやつ? もしそうならごめん、あたしエムスの一員だからそれできない」
てか、君にはエリシア様がいるじゃん。
あっけらかんと拒否したキリエに、フリードリヒはなおも続ける。
「そうじゃないって言ったら?」
「は?」
全くわかっていないキリエをよそに、エリシアがフリードリヒに声をかけて前に出た。
そして。
「ちょっとよろしいかしら?」
声と同時に、盛大な音が響く。
力の限りにキリエの頬を張った手のひらをひらひらさせながら、エリシアは彼女を睨みつける。
「私、あなたが大嫌い。すっごく嫌い。死ぬほど嫌い。でも」
そこで彼女は一旦言葉を切り、身を乗り出すようにしてキリエに抱きついた。
「今ので全部許してあげる。……全部……」
だってこの人は、あんなにぼろぼろになりながらも自分のところに来てくれた。
契約主でもないのに。
ぎゅ、と腕に力をこめたエリシアの肩に手を置いて離れさせ、フリードリヒが柔らかく笑う。
「長い間、探していたんですよ。──僕の父に、見覚えはありませんか?」
「そりゃあるわよ、有名なモロの大橋の出資者よ? あたし建設中のあそこに行って顔見てるし」
いきなり何を言い出すんだと言わんばかりの表情になるキリエに、彼はかぶりを振った。
「もっと昔に。キリエさんが、師匠さん達と出会う前に」
そう、たとえば。
「雪の降る小さな町で、馬車に乗るあの人を、小さな弟の手を引きながら、とか」
それを聞いたキリエが、弾かれたようにフリードリヒを見た。
同時に、脳裏に一つの光景がよぎる。
深く雪が積もった道を、六歳の自分が弟の手を引きながら歩いている。
二人とも裸足で、しもやけになって痛がる弟をおぶってあげて。
その時、立派な門が開いて馬車が出てきた。
貴族──。
(ちょっと待って)
あの貴族は、どんな顔をしていた?
そこまで考えて、キリエははたと動きを止めた。
「バスーキン伯……まさか、あの時の……?」
すがる声。細い腕。白い雪。
「あんた……、」
震える手を、フリードリヒに伸ばす。
「ヒルト……?」




