46 シュレイド
酷く取り乱した様子で一層暴れるエリシアに、傭兵達の驚いたような視線が集まる。
「……『お姉ちゃん』……?」
ディラックが呆然と呟くが、フリードリヒもエリシアもそれに構っている暇はなかった。
「いやっ! いやっ、お姉ちゃん!」
「落ちつくんだ! 姉さんが死ぬはずない!」
「何でそんなこと言えるのよ、お兄ちゃんの馬鹿!!」
激しく言い争う二人を見つつ、ディラックが困惑したように頭をかいた。
「……どういうことだ?」
そんな彼の前で、言い争いは続く。
「おね──お姉ちゃんが! 行かなきゃ!」
「僕達が行っても足手まといになるだけだ!」
悔しそうに叫んだフリードリヒのその言葉を聞いて、エリシアが泣き崩れた。
「誰か、お姉ちゃんを助けてえっ……!」
彼女のすすり泣く声だけが響く中、不意にソークルージュがぴくりと反応して走り出す。
「リー!!」
突然の行動に驚いた一行が彼の向かう先を見て、大きく目を見開いた。
炎に照らされた闇の中、広い道をゆっくりとゆっくりと歩いてくる、見慣れたその髪の色。
「姉さん!」
「お姉ちゃん!」
ちびっ子二人が真っ先に駆け出し、大人達もそれに続く。その先では、一足先に到着したソークルージュが、キリエからぐったりしたシュレイドを受け取って必死にその肩を揺すっていた。
「リー! リー!?」
「さっきまで意識はあったわ。肩貸してたけど、自分の足で歩いてた」
頭から流れ出た血でべっとりと顔を汚したシュレイドを見ながら、キリエが泣きそうな顔で呟く。
「キリエっ!」
ディラックに呼ばれて顔を上げた瞬間、前と後ろから同時に抱きつかれた。ほとんどタックルに近かったそれにキリエが驚いていると、フリードリヒがかすれた声でささやく。
「よく、無事で……」
姉さん、という言葉は、口の中で弾けて消えた。エリシアはただ泣きじゃくるだけだ。
「二人とも、怪我はない?」
双方こくりとうなずくのを感じて、キリエは二人の頭をなでて離す。そして、地面に横たわったシュレイドの脇に膝をつく。
「ディラック……こいつ助けて」
弱々しい声。ディラックの服の裾を、血と埃にまみれた手がきゅっと握った。
「こいつ馬鹿なのよ。あたしかばって落ちてきた天井まともにくらって、おまけに床まで抜けて足痛めて、それでもあたし引っ張って外に抜け出したの」
泣きそうな顔で呟くキリエの頭をソークルージュがなで、懐から酒を取り出して──。
シ ュ レ イ ド の 頭 に ぶ っ か け た 。
「消毒はこれでいいから、後は薬だけだよね」
「……いらん……」
顔をしかめて目を開けたシュレイドが、至極真面目に言ったソークルージュに不機嫌そうにうなる。
「リー! 大丈夫?」
嬉しそうな顔になったソークルージュに手を伸ばし、シュレイドはその頭を容赦なく殴った。
「痛っ!」
「こんなものが消毒になるか。もっと度数の高い物を使え」
「だってこれしか手持ちがないんだよ」
口を尖らせたソークルージュは、しかしすぐに笑みを浮かべてシュレイドに手を差し伸べる。
「平気みたいだね、安心したよ。立てる?」
預けられた彼の手をぐいと引っ張って立たせると、ソークルージュはシュレイドを抱きしめた。
「最後に会えてよかった。これで本当にお別れだね」
シュレイドもゆっくりと腕をあげて抱き返す。
「……生きのびてくれ。頼む」
「またいつか、会えるといいな……」
酷く寂しげに微笑んだソークルージュは数瞬シュレイドを見つめ、闇の中に姿を消した。
誰も何も言えない沈黙の中、ぽんとキリエが手を叩いた。
「──さ、帰りましょ」
「そいつは?」
「あ、こいつ?」
シュレイドを指さしたディラックに、キリエはとびきりの爆弾を投下した。
「たった今ドミニゴから抜けてきた、元ドミニゴの三男。」
「…………は?」
聞き違いだろう。そうに違いない。そうであってくれ。
男二人のそんな願いもむなしく、キリエがあっさりととどめを刺した。
「だからぁ、こいつはシュレイド・ロストキン! あのガッドイール・ロストキンの三男でキザなナル野郎!!」
「後半は余計だ」
キリエに突っ込むことができたのは、シュレイドだけだったという。