42 その頃、姫君は
シュレイドは困惑していた。
何故、ソークルージュはこんなことを考えたのだろうか。
そう思う彼の目の前には、怯えきって目を真っ赤に泣きはらした、濃紺色の髪の姫君。
ドミニゴは任務達成のために人質をとるなどという、姑息な手段を使わないのが誇りだったはずだ。
彼の意図がわからない。
「……何故、私を……?」
「さてな」
独り言のようにもらされた呟きにさらりと答える。それを聞いて、エリシアは再び泣き崩れた。
(どうして私が……? 怖い…………怖い…………!!)
何が何だかわからなかった。自室でチェスをしていたはずなのに、いきなり首にナイフを突きつけられて、こんなところに連れてこられてしまった。
(助けて……!)
震える手でしっかりと、まるでお守りであるかのように、彼女はキリエからもらった飛剣を握りしめる。
木で作られた鞘には少々不格好な蔦の図形が彫りこまれ、誤って鞘が外れて手を傷つけないように、細く長い皮の紐できっちりと固定されていた。
それに気づいたシュレイドが、彼女の手から飛剣を取り上げる。
手早く紐を外して刃を見る彼に、エリシアは必死の形相ですがりついた。
「お願いです、返してください! それだけは……!」
「ウラディールの銀鉄石か。キリエが使っていたな」
敵方が彼女の名前を知っているという事実に、エリシアは目を見開く。
「貴方……あの人を知っているの?」
だが、シュレイドはそれに答えず、飛剣を検分していく。
「いいものだ。お前に持たせておくわけにはいかない」
「絶対に使ったりしないと誓います! だからお願い、返してください!」
必死に言い募るエリシアの言葉に、シュレイドの眉が小さく上がった。
「ほう?」
そして何を思ったかエリシアの手首をつかみ、その人差し指に飛剣を押しあてる。
「痛っ……」
ぷつりと音がして、彼女の白い指から鮮血が流れ出た。そのままその指を白い布に押しつけさせると、シュレイドはエリシアを解放する。
「お前は血の誓いをした。違えれば、命が代償となる」
ずきずきと脈打つ指の痛みに眉根を寄せつつ、エリシアはひとまず返してもらえるのだと安堵してうなずく。
元通りに鞘に収めた飛剣が膝の上に放り投げられ、慌てて胸に抱きしめる。
止血のための布を渡される気配がないので、自分の絹のハンカチを取り出して傷口にあてた。
ここまで深く大きな怪我をしたのは初めてだ。
今まではせいぜい、刺繍針で指を刺す程度だったというのに。
(助けて……!)
彼女が強く強く願ったその時、それまで壁にもたれて腕を組んでいたシュレイドがすいと身を起こした。
「来たか」