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28 お稽古しましょ

 二人してぶつぶつ文句を言いながら支部に向かったが、帰ってきた時には妙に神妙な表情をしていた。



「ただいまー。はい、おみやげ」



 無造作に渡された「おみやげ」ことナッツのキャラメルがけのお菓子を見て、年少組は目を瞬かせた。



「あ……り、がとう、ございます」



 照れくさそうに笑ったフリードリヒの横で、エリシアが固まっている。



「……嫌いですか? ナッツ」



 彼女の反応に心配になったキリエが尋ねると、エリシアは我に返ったように横を向いた。



「──私、このような庶民の食べ物は口にしませんの」

「そうですか、申し訳ありません」



 エリシアのツンツン具合に慣れてしまったキリエは、気を悪くした様子もなく微笑んで頭を下げた。



「キリエさんは、こういうのを探すのが得意ですね」



 笑うフリードリヒに、キリエは自慢そうに胸を反らす。



「得意よー、小物とか探すのも超得意」

「キリエは目がいいからな」

「まあねー。うちはすっごい貧しかったから、食べるのにも苦労したぐらいだったわ。しかも父さんも母さんも病弱だったから、ほんと大変だった」



 ディラックの問いに、ふう、とキリエが息を吐く。



「弟達にも悪い事しちゃったし。元気でやっててくれるといいんだけど……」



 ふとすると脳裏に浮かぶ、最悪の事態。


 あの子達はもう、生きてはいないのではないか。

 引き取られることなく、あの冷たい雪の中で凍え死んだのではないだろうか。


 ほんの僅かな希望にすがって、キリエは仕送りを続けていた。

 幼馴染から連絡がない限り、生きていると信じて。


 その連絡も途絶えた今、生存は絶望的だ。


 遠い目になったキリエの肩を、ディラックが無言で抱いた。それに苦い笑みを返すと、キリエが打って変わった表情でぽむと手を打つ。



「そうそう。なぁんかやばげな展開になってきたから、フレディ君達も気をつけてね」

「……何があったんですか?」

「ドミニゴが本格的に動き始めたの。次の後継者が決まったんだって。あたしも頑張って修行しなきゃねー」



 フリードリヒの表情がきりりと引き締まる。

 それと対照的に、キリエはいたって呑気顔だ。クッキーをつまんで、あ、おいしいなどと言っている。


 とりあえず武器のレパートリーでも増やそうかしらと呟くキリエに、ディラックが声をかけた。



「飛剣でもやってみたらどうだ? 今のお前の身のこなしなら、まずいけると思うぞ。その間、俺はフレディの剣の指導をしてるから」

「ほんと!? やるやる、買いに行かなきゃ!」



 顔を輝かせてディラックの首筋にキリエが抱きつく。

 瞬間、フリードリヒのこめかみがひきつった。

 ただ一人それに気づいたエリシアが、ふいと目をそらす。



「よっしゃ、一週間でマスターするわよ! どっかいい武器屋を探さなきゃね!」



 気合いをいれて叫んだキリエの拳が、高々と掲げられた。






            ****






 ぎぃんっ!



 澄んだ金属音と共に、フリードリヒの剣が弾き飛ばされた。転がった先の芝生が、煽りをくって剣の軌跡通りに切れる。



「どうした? これで終わりか?」



 涼しい顔のディラックとは対照的に、フリードリヒは汗で額に髪が張りついていた。肩で息をしていて、傍目にはちょっぴり可哀想だ。

 剣の稽古をつけてほしいと言った彼に、キリエが小首を傾げた。



「どっちに?」

「ひとまずは、失礼ながら強くない方に。慣れたら、強い方にも稽古をつけていただければ」



 そう答えて、今に至るのだが。



「ディ……ディラックさん、滅茶苦茶強いじゃないですか! 本当にキリエさんの方が強いんですか?」



 衝撃でまだびりびりとしびれている手を押さえながらの彼の言葉に、ディラックはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。



「いや? キリエの方が強いのは本当だぞ。──それとも何だ、キリエじゃなきゃいけない理由でもあったのか?」



 途端に真っ赤になったフリードリヒを見て、ディラックはざくりと剣を地面に突き刺した。すたすたと彼に近づくその様子は、いかにも楽しそうだ。



「あるな? あるんだな? 何だよ、言ってみろよ、男同士だろ?」



 ふてくされて横を向くフリードリヒの肩に腕を回すディラック。とうとう根負けして、彼はぼそぼそと小さな声で呟いた。



「やっぱり……いくら綺麗でも、男よりは女性と一緒にいる方がいいじゃないですか……」



 ディラックの眉がおもしろそうに持ち上がる。



「やっぱお前も男だな、安心したぜぇっ!?」



 いきなり語尾が跳ね上がった。いつの間にか背後に近寄っていたキリエが、無言で剣を投げつけたからである。



「なぁにが『男だな』よ。だべってる暇があったら訓練しなさい! 時間が惜しいんだからね」



 いつドミニゴが襲ってくるかわからない今、訓練時間さえ貴重になっている。

 ぎりぎりのところでかわしたディラックの髪を一筋切り取って、ついでに風圧でフリードリヒの頬をなでていきながら飛んでいった剣は、ものの見事に斜めに深々と地面に突き刺さった。投げつけた力の程がうかがえる。



(……ちょっと怖かった……)



 青ざめた顔でフリーズしてしまったフリードリヒを横目に、ディラックはくるりと振り向きざまに怒鳴る。



「てめ……っ、今の本気だっただろ!」

「あぁら何のことかしら? っていうかディラック」

『若様に変なこと吹き込むんじゃないわよ? 今更契約解除されんのはごめんだからね』



 せっかく更新されたのに、解除となったら満額がもらえない。それは絶対に嫌だ。

 目が笑っていない笑みを浮かべるキリエに、ディラックがため息をつく。



「俺だって同感。で、その手に持ってるのは何だ?」



 キリエが片手で掲げ持っている盆を示すと、彼女はひょいとそれを下ろしてみせた。



「差し入れ。冷たい果物と水よ」



 少し休憩したら?


 その声が合図だったかのように、フリードリヒが地面に寝転んだ。ディラックに水の入ったコップを手渡しながら、手の皮は? とキリエが訊く。



「大丈夫だ、伊達に剣は習ってないな。治療は必要ない」

「OK。一応包帯持ってきたけど、置いてかなくていいわね?」

「ああ」



 ディラックに軽くうなずくと、今度はフリードリヒに声をかける。



「ほら、死んでるんじゃないわよ。男でしょ? あたしは倒れたりしなかったわよ」



 その言葉にぴくりと反応して、フリードリヒが起き上がった。


 事実彼女は、エムスに入る前の訓練で倒れることはけしてなかった。師匠がどんなに厳しくても、くらいついていった。

 後でこっそり泣くことはあったが。


 どん、と二人の間に果物を置くと、キリエは自身もそれに手を伸ばす。指についた果汁をなめとって、二人にのんびりと声をかける。



「あたしはもう行くから、適当に始めなさいよ」

「適当に、な」



 にやりと笑って手を振るディラックに背を向けてキリエが去ると、彼は大きなあくびをして寝転がった。



()み……」

「ディラックさん、訓練──」

「ちょっと休憩」



 十分で起きる。


 そう言い残し、ディラックは本当に眠ってしまった。困った顔でディラックを覗きこみ、フリードリヒはそっとささやく。



「やっぱり綺麗だよなあ……」



 悔しいことに、ディラックは鑑賞用としては一級品ものだ。



「やっぱりキリエさんも、ディラックさんみたいな人の方がいいのかな……」



 呟いても、答える者は誰もいない。それをいいことに、彼はぼそりと続ける。



「いっそのこと、無理矢理にでも──」

「それはやめとけ」

「うわあああああぁっ!?」



 いきなり真横からぼそりと言われ、フリードリヒは死ぬほど驚いた。

 思わず奇声をあげて飛び退く。


 ばくばくいう心臓を押さえて真っ青な彼に、ディラックはくそ真面目な顔で告げる。



「悪いことは言わん。あいつだけはやめとけ。ろくなことがねえぞ」

「おっ……起きてたんですか?」

「あいつは並の男じゃ手におえねえよ。諦めとけ」



 ひらひらと手を振るディラック。

 ──どうにも双方話が噛み合っていないが、お互いそんなことはお構いなしだ。



「ディ……ディラックさんは、キリエさんの何なんですか!?」

「はぁ? 単なる保護者兼パート……」



 訝しげに眉をひそめたディラックは、しかし次の瞬間何かを悟ったような顔になりフリードリヒの肩に両手を置いた。

 ぽん。ぽんぽん。



「頑張れよ、道は険しい」



 ディラックの声が妙に優しい。



「気持ちはわかる。俺にも覚えはあるからな。──甘く切ない初恋……」



 うんうんとうなずきながら、わざとらしく両手を胸にあてるディラックに、フリードリヒは思わず怒鳴ってしまった。



「違いますっ!」

「何が?」



 間髪入れずに訊き返されてぐっとつまり、フリードリヒは冷や汗をたらたらと流す。



「何が違うんだ? ん?」



 にやにやと笑うディラックにがっちりと首をホールドされて、彼は一瞬記憶などほとんどない天国の両親に助けを求めてしまった。

 だがしかし、そんな奇跡が起こるはずもなく。

 哀れにも首を絞めあげられたあげく、フリードリヒは息も絶え絶えに吐かせられた。



「は……初恋じゃ、ありませ……」

「よぉし」



 ぱっと手を離すと、ディラックはげほげほとせきこむフリードリヒを満足そうに見下ろして、よしよしと呟く。



「素直でよろしい」



 よろしくないですよ、と心の中で突っ込みながら、フリードリヒはまだ涙の残る目でディラックを睨みつけた。



「……ちょっと本気だったでしょう」

「いや?」



 にやりと笑いながらディラックがとぼける。本気でしたよと言外に告げる類のものだ。

 おちょくられているのがわかっても、力量関係的にどうしようもない悲しさ。自分の実力不足がちょっぴり恨めしいフリードリヒだった。



(……絶っ対強くなってやる)



 密かに誓う彼だったが、実現するのは程遠そうである。

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