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26 夜這いという名の

 今日も心ゆくまで鍛練を積んで、さあ寝ましょうと部屋に入ると、何故か先客がいた。



「……何であんたがここにいるのよ」

「夜這いをしに」



 あからさまに嫌そうな顔をしたキリエに、にやりと笑ったシュレイドは彼女の神経を逆なでするような事を言う。



「……殺ス」



 ますます剣呑になったキリエを見て、シュレイドはいよいよおもしろそうに口端をつり上げた。



「できるのか? お前に」

「甘く見ないでくれる? あのときは薬でへろへろだったんだから」



 手に持っていた剣を抜いたキリエは、切っ先をすいと上げてシュレイドを示す。



「──外に出なさい」

「後悔するなよ」



 シュレイドがふわりと立ち上がると、その動きにあわせてローブが揺れた。それを見たキリエが、不満そうに眉根を寄せる。



「ねえ。何であんた、いっっっつもローブかぶってるわけ? 顔が見えないんだけど」

「元々、見えないようにするためのものだ」



 意外な答えを聞いて、キリエは目を見開いた。



「何でよ」

「さてな」



 謎に満ちた笑みを浮かべて、シュレイドは窓枠に足をかける。彼が外に身を踊らせると、キリエも迷うことなく後を追った。


 月明かりの中で対峙する、二つの人影。

 双方の刀身が、月光に反射して美しく光る。



 それは、唐突に始まった。



 ほぼ同時に飛びだして斬り結んだ二人は、そのまま激しい応酬に移る。

 キリエのスピードは以前よりも格段にあがっていて、シュレイドは賞賛の代わりに口を笑みの形にする。



「なるほど」



 一方のキリエは、予想以上に重い相手の剣に、内心息をのんでいた。そして同時に、ここ数日鍛錬に力を入れていてよかったと息を吐く。



「あんた、何でドミニゴにいんのよ」

「さて」

「抜けたいとか思った事、ないわけ?」

「どうだろうな」

「人を殺すのってそんなに楽しい!?」

「……さてな」



 全ての問いに、シュレイドは曖昧な言葉で答えていく。それに怒ったキリエが、逃げられないように斬り結んで力勝負へと持ちこんだ。



「答えなさい」

「何故だ?」



 シュレイドも不機嫌に目を細めてキリエを見る。そんな彼に、キリエはそんなの、と鼻を鳴らした。



「あたしが知りたいからに決まってんでしょ」



 単純明快な答え。やはり、彼女はどこまでも彼女だった。

 ますます不機嫌になるかと思われたシュレイドは、しかし何故か楽しそうに笑いだす。



「面白いな、お前は」

「失礼ね」



 むっとして、キリエは自ら剣を弾いた。

 そうして再び始まった、激しい攻防戦。


 やはり、強い。完治した今であっても、はっきりとわかるほど強い。キリエの額にじわりと汗が浮かんだ。

 そんな彼女の一瞬の隙を見逃すはずもなく、シュレイドは素早く彼女に足払いをかけて地面に転がし、その上に馬乗りになった。





(──殺られる!)





 死を覚悟したキリエは、月影になっているシュレイドの顔と、その手に握られた剣のきらめきを見て、大きく目を見開く。

 それが降り下ろされそうになった瞬間。



「キリエっ!」



 怒号と共に剣が飛んできた。それは正確にシュレイドの手元に当たり、澄んだ音をたてて弾き飛ばす。



「──ちっ」



 低く舌打ちをすると、シュレイドはキリエをそのままに素早く姿を消した。



「無事か!?」



 ディラックがキリエを抱き起こすが、キリエは荒い息の中で呆然と呟くだけ。



「……あいつ、何であんな表情(かお)すんのよ…………」

「──どうした?」

「ううん、何でも。ありがとね、ディラック」



 あんたがいなかったら、今頃あたし死んでたわ。


 にっと口の端をつり上げると、キリエは勢いよく立ち上がった。すたすたと歩いてディラックの剣を地から引き抜き、軽やかな手つきで彼に渡す。



「はい」

「悪い」



 笑いながら受け取ったディラックは、転がったままのもう一本を一瞥して顎をしゃくった。



「それはどうする?」



 シュレイドの剣だ。ドミニゴ特有のものなのか、キリエ達のそれともまた違う。柄に複雑な模様が施されたそれは、刃が普通のものよりも少々厚かった。

 それを拾い上げてしげしげと見ていたキリエは、おもむろにうなずいた。



「あたしが持ってる」

「鞘なくて平気か?」

「平気よ」



 二重の意味をかけてきたディラックに、キリエは朗らかに笑って手を振る。



「御せない剣を持つほど馬鹿じゃないわ」

「──気をつけろよ」

「もちろん」



 少なくとも、シュレイドはもう二度と奇襲をかけてくることはない。

 それを確信しているからこそ、キリエは何の迷いもなく笑ってみせる。



「おやすみ、ディラック」



 ひらひらと手を振って、キリエは踏を返す。後に残ったディラックは、何となく手の中で剣を弄びながら首を傾げた。



「……何なんだ? あのローブ野郎」



 髪をぐしゃぐしゃと乱しながらのんびりと呟いた彼は、ややして考えることを放棄した。



「ま、いっか」



 ──類は友を呼ぶということわざを思い出させる発言だった。

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