表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/57

19 あの人が戦う理由

 息つく間もない激しい剣の応酬に、ベッドの下からこっそりと覗いていたエリシアとフリードリヒは顔色をなくしていた。

 特に初めてのエリシアは、歯の根も合わないほど震えている。



「なん……何なの、あの人? 何であんな……血だらけで……」



 立っていられるの!?



 最後の声なき問いに、フリードリヒが比較的しっかりした声で答えた。



「傭兵だから、ですよ。僕達の──特に、僕の命を守るために。そして何より、大切な人の大切なものを壊された怒りが、あの人を突き動かしているんでしょう」

「そんな、でも──」

「エリシア、よく見るんだ」



 震えるエリシアの肩を抱き、フリードリヒはまっすぐにキリエを見る。



「あの人は今、二人を殺した。ある意味、暗殺者よりも鮮やかな手際で。そしてさらに、一人の腕を切り落としている。君はこの様子を見て、それでもまだあの人を恥ずかしいと思うのか? 汚らわしいと思うのか?」

「私、は……」



 エリシアが唇を噛みしめていると、不意にフリードリヒが鋭く息をのんだ。



「キリエさん!」



 壁に激突して伸びていた男が、いつの間にかキリエの背後に回っている。その手にある剣が大きく振りかぶられ、フリードリヒが飛び出そうとしたその時。





「キリエ!!」





 ものすごい勢いで部屋の扉が開いた。

 飛び込んできたディラックが一瞬で状況を判断し、今にもキリエに襲いかからんとしていた男を斬り殺す。残りの刺客も次々と仕留めるディラックに、少年が口元をつり上げる。



「ほう……そっちもなかなか速いな。だが──」



 どこか楽しそうに呟くと、少年はキリエの剣を弾き飛ばしてディラックに肉薄した。その速度にディラックの反応が一瞬遅れる。

 かろうじて受け止めた彼の手元で、ぎりぎりと摩擦音がする。



「あっちの方が速い」



 言葉と同時に一瞬剣を離し、少年は再び叩きつけた。衝撃に耐えきれずにバスターソードが折れる。



「な──」



 呆然となるディラックを尻目に、少年は窓辺に立った。キリエの方を見てにやりと笑う。



「キリエ──か。覚えておこう」

「結構よ。……名前も知ら、ない奴に覚えら……れても、不気味なだけ」



 ディラックに支えられながらキリエがそう吐くと、少年は一瞬虚を突かれたような顔になった。



「シュレイド」



 一言呟き、彼は窓の外に身を踊らせた。





            ****





「三階だってのに……身軽な奴だな」

「何、あの言葉。どんな意味?」



 突然消えた謎の少年に、二人それぞれ別の意味で眉根を寄せ、しばらく考えこむ。とりあえず先に決着のついたディラックがキリエに答えた。



「あいつの名前じゃないのか?」

「なるほ──」



 うなずきかけたキリエの緊張が解けたようだ。

 糸が切れた人形のように崩れ落ちる彼女を慌てて支えたディラックは、すぐに彼女の異変に気づく。



「フレディ、俺の部屋から薬持ってこい。今すぐだ。この間もらったのが、まだ残ってる」

「は──はい!」



 慌ただしく駆けていくフレディの足音を聞きながら、キリエが目を閉じたまま苦しそうに笑う。



「やあね、薬が回ってるだけよ」

「馬鹿かお前は。これだけ熱出しといて何ほざいてやがる。……ったく、無茶しやがって。傷口が開いただろうが」



 怒気をあらわにして低く言うと、ディラックはエリシアを見る。

 鋭い目でまともに見据えられたエリシアは、びくりと肩を震わせた。



「エリシア様。申し訳ないが、新鮮な水と清潔な布を山ほど用意していただきたい。この部屋にあるものだけで結構です」

「……はい」



 怯えた目でうなずくと、彼女はさっと立ち上がって動き始める。ディラックは寝間着まで血で染め上げてしまったキリエを見下ろし、舌打ちをした。


 これは間違いなく、傷による発熱だ。


 水差しと布を持って呆然と立ち尽くしているエリシアから、ディラックが礼を言ってそれらを受け取る。



「ありがとうございます。──気分が悪いでしょう。寝室の扉をしっかりと閉めて、窓を開けて新鮮な空気を吸ってらして下さい」

「ええ……」



 それきりエリシアには目もくれず、ディラックは治療に専念した。

 またしても開いてしまった背中の傷共々、傷口を綺麗に洗い流す。

 残った水で布を濡らしてキリエの額に置き、残りの布で傷口を覆ったところで、フリードリヒが駆けこんできた。



「ディラックさん、これ──!」

「助かった。……この薬で効くかどうか、微妙なとこだがな」



 難しい顔でうなるディラックに、フリードリヒが必死の形相で言う。



「お、王都で一番の薬を使ってみれば──!」

「傭兵なめんな! 民間人の薬より、今俺達が使ってるのの方がずっと効くわ!」



 阿呆! とフリードリヒを怒鳴りつけ、ディラックは二人を半ば強制的に追い出した。

 そして、打って変わった祈るような表情で、キリエの傷に慎重に薬を塗りこんでいく。懐かしい存在と重なる、かけがえのない自分の相棒を助けるために。


 その様子を、三つの影が無言で観察しているとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ