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11/12

11 乱舞

 佐倉に懇願された翌日も展示会の慌ただしさに変わりはなかった。違っていたのはその日の予定が展示会だけでは終わらないことだった。私は展示会が終わると急いで横浜に向かった。しかし、店に着いてみると佐倉はお休みだった。私は唖然とした。同時に不愉快だった。私は不愉快なまま帰宅することにした。ところがその時「チーフぅ!」と佐倉の声がした。振り返ると佐倉が走って来た。

「大変です。大変です。大変です!」佐倉はかなり慌てていた。

「どうしたんだよ」私は佐倉の慌てように不吉な予感を感じた。

「こっち、こっち。早くぅ!」佐倉は私の手を引っ張って別の店に走った。そこには男に罵倒されている美人マネージャーがいた。その男が佐倉の話していた元婚約者であることは容易に想像できた。

「おい!ダメ男。いつまでもマネージャーにしつこくしていると痛い目にあうぞ!」佐倉は元婚約者に向かって叫んだ。そして私の後ろに隠れた。当然元婚約者の視線は私に向けられることになった。元婚約者は逆上して私に向かってきた。言葉を発する間もなかった。元婚約者は売場にあった木製のハンガーを手に取り私に襲いかかって来た。

「なんだてめぇは!」元婚約者の雄叫びは四方に響いた。振り上げられたハンガーは私の左肩を直撃した。私は後ろの佐倉をかばっていたので避けることもできずにいたが握られたハンガーを元婚約者から奪い取った。すると佐倉が私の後方から元婚約者の顔をめがけてキャンディやらチョコレートをポケットから取り出し乱投しはじめた。元婚約者は佐倉の攻撃に怯んだ。その隙に私は彼の左腕をねじり上げ彼の背中にまわした。

「いてぇだろ!」元婚約者は悲鳴をあげた。

「どうだ。参ったか!」佐倉が元婚約者の足を思いっきり踏みつけた。

「ぐわぁ」元婚約者がまた悲鳴をあげた。佐倉は足の小指を踏みつけたのだ。どんな強靭な男でも堪らない。私はマネージャーを見て警察に通報するように言おうとした。しかし彼女は泣いていた。とても何かを頼めるような状況ではなかった。

「こら、ダメ男!情けないことをするな。情けない男がフラれるのは当然なんだぞ」佐倉は容赦がなかった。私は黙って佐倉の罵声を聞いていた。というより言葉を挟む間がなかった。

「お前が情けないから新しい恋人が助けに来たんだぞ。もう諦めろ!」佐倉は訳のわからないことを元婚約者に言った。

「なにぃ!」元婚約者が私を睨んだ。

「警察に行きたくなかったらマネージャーに謝って出ていけぇ!」佐倉の猛攻は止まなかった。

「悪いのはその女だろ!」元婚約者は佐倉に言い返した。

「女に手を上げるような男が悪いに決まってるんだぞ。早く謝れ!」佐倉は男が抵抗できないことをいいことに元婚約者の顔を両手でつねった。

「なにするんだ。いてぇだろ」元婚約者は佐倉に向かって怒鳴った。すると佐倉はとんでもないことを始めた。

「ご来店の皆さん。女を追いかけまわして、暴力を振るって、怨み言を言ってるバカ男がいますよぉ。どうぞご覧くださーい」佐倉は来店客に向かって叫び始めた。当然来店者たちはこちらに注目した。しかも大人気の美人マネージャーが常駐するお店だったので人が殺到した。ショッピングモールのフロアに佐倉の声は響いた。佐倉は何度も同じことを繰り返し叫んだ。こんな女を怒らせては取り返しがつかない。美人マネージャーのファンたちまで集まり始めて店の前は人だかりになった。元婚約者の顔が青ざめた。佐倉は集まった群衆に向かって「この男でぇす!」と言って元婚約者の顔を指差した。「こちらの紳士が助けてくれました。みんな拍手ぅ!」佐倉は私を指さして言った。元婚約者は青ざめたが私は真っ赤になった。

「警察には言わないであげるから、もうここへは来るな!ここにいるお客さんたちも証人だぞ」佐倉は元婚約者が歯向かえないと悟って追いつめることをやめた。私はねじり上げた彼の腕を放した。元婚約者は何も言わず走り去った。集まった群衆が彼に罵声を浴びせていたが彼はすぐに見えなくなった。

「チーフ、マネージャーをお願いします。閉店まで私がお店を見てますから」佐倉は私にそれだけ言うと棚のブラウスをたたみ直し始めた。私はマネージャーを連れてモール内のカフェに向かった。


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