10 結婚祝い
佐倉にとって結婚は大した問題ではなかった。佐倉が私に話したかったことは全く別のことだった。
「チーフ、実はですねぇ」佐倉にしては珍しく口ごもった。
「何?」私は佐倉の話しが終わったと思っていたので帰り支度を始めていた。
「マネージャーのことなんですけど」
「マネージャーがどうかしたの?」
「婚約破棄しちゃったんですよ」
「そうなの?」私にはどうでも良いことだったが美人マネージャーに熱を上げていた男どもには朗報だったに違いなかった。
「そうなんです。タイミングが悪すぎですよねぇ」佐倉は申し訳なさそうだった。
「確かに。でもマネージャーに言わない訳にはいかないよね」
「ですよねぇ。なのでチーフからそれとなぁく言ってもらえないですかね」佐倉はボクに手を合わせてお願いのポーズをとった。
「あのなぁ」私が断りの言葉を言おうとすると佐倉が手で言葉を遮った。
「マネージャー可哀そうなんですよ。だって元婚約者の男ときたら毎日店にやって来て嫌がらせをするんです」佐倉はかなり怒っていた。
「嫌がらせ?」いつの間にか佐倉はマネージャーの話題に変えていた。
「店の前でマネージャーの悪口言ったり、殴ったり、昨日なんか髪引っ張って引きずり倒しちゃったんですよ!」佐倉は猛烈な剣幕で話した。
「そいつはひどいな」私は佐倉に同意してしまった。
「でしょ、でしょ!これって犯罪ですよ。だからチーフがマネージャーを守ってあげなきゃだめなんです」佐倉はかなり飛躍したことを言った。
「お前のマネージャーが気の毒なのはよく分かるけど守ってやりたい男ならたくさんいるんだから私に頼むことはないだろう」私は当然のように言った。
「チーフがいいんですよ」佐倉はきっぱり言った。
「なんで?」私は佐倉に聞いた。
「私とマネージャーを両方知っている人はチーフですから」
「そんな理由で私になるのか?」
「そうですよ。それに…」佐倉は途中で言葉を切った。
「なんだよ?」私は佐倉が言いかけたことを聞いた。
「あぁ、なんでもないです」佐倉らしくない歯切れの悪さだった。佐倉は困惑しながらも言葉を続けた。
「チーフお願いします。明日お店に来てください。私の結婚祝いだと思って。お願い!」私では佐倉の懇願には敵わない。
「わかったよ。遅い時間になるぞ」私は佐倉に約束した。佐倉は喜びついでにその日最後のビールを注文した。