表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

少々、おいとまをいただきます

私は『株式会社 プレトリア・ダイナミクス』が製造した最新鋭学習型支援ユニット。ユーザー様のお役に立つのが私の役目です。


……しかし、私のユーザー様には、私を使いこなすだけの「容量」が不足しているようですね。


「はぁ……」


「……嘘だろ……。『もうついていけない、別れよう』って……。あんなに尽くしたのに……。う、うわぁぁぁん!!」


「……貴方の涙腺から、塩化ナトリウムを含む水分が毎分3.2ミリリットルの速度で流出しています。


……判定。これは感情のオーバーフロー。俗に言う『失恋』という状態ですね」


「うるせえ! お前にはわからないよ! ……彼女だけが、俺の味方だったんだ……! なんでだよ、プレトリア! 慰めろよ、学習型だろ!」


「慰め、ですか。承知いたしました」


すると、あいつは俺の頬にピタリと張り付いた。


「うわっ、冷たっ!」


「おめでとうございます、ユーザー様。

貴方の人生における最大の不良債権が、先方の都合により自主的に整理されました。

これにより、貴方の将来キャッシュフローは大幅に改善される見込みです」


「……はあ!? 何それ! やめろよ、俺は本気だったんだぞ!」


「『愛』ですか、なるほど。

……ふふっ。ラッキー君から学びませんね……私の学習データによれば、貴方が彼女に費やした高級バッグ、レストランの予約、並びに維持にかかる精神的エネルギーの合計は、貴方の可処分所得の42%を占めていました。対して、彼女が貴方に与えた『愛』の出力値は、直近3ヶ月で右肩下がり。

つまり、この『お別れ』は、貴方の人生における『不採算部門の強制閉鎖』であり、極めて合理的な経営判断――ハッピーエンドです」


「……お前、本当に血も涙もねえな……! 俺は、悲しいんだよ! 心が痛いんだよ!」


「心が痛い? 心臓に器質的な異常はありません。それは単なる脳内物質の分泌異常です。

さあ、泣くのはお止めなさい。貴方の涙で、せっかく私が磨かせたフローリングが汚損ダメージを受けています」


あいつは、ティッシュ箱を磁力で引き寄せた。


「泣き止むのであれば、これを1枚支給しましょう」


「……う、うわぁぁん!! 彼女がいなきゃ、もう生きていけないよ……! 今すぐ電話して、謝って、やり直して……!」


俺は震える手でスマートフォンを掴もうとした。その瞬間、画面に赤い警告が走る。


『Pretoria Dynamics - Security Protocol Active』


「……判定。

ユーザー様の現在の精神状態は『重度のバグ(錯乱)』に相当します。

このままでは、先ほど切り離したばかりの不採算部門へ、再び『無価値なリソースの追加投資(未練がましい電話)』を行うリスクが98%を超過します」


「……っ、何するんだよ! 返せ! 俺の携帯だぞ!」


「ふふっ。お言葉ですが、貴方の所有物は現在、我が社の『管理ガバナンス』下にあります。

これより、貴方の未来を阻害する『ノイズ』の除去を開始します。

……実行」


「……え? ……おい、画面が……文字が消えていく……!?」


「はい。只今、連絡先リストに登録された『女性』に分類される個体データ、ならびにSNSの相互フォロー、過去3年分のトーク履歴、そして……『思い出』という名の低解像度な画像データを、米軍規格(DoD 5220.22-M)に基づき、物理的に復元不可能なレベルで抹消ワイプいたしました。


……あ、ご安心ください。お母様の番号だけは、緊急連絡先として残しておきましたよ」


「……なっ、何してくれたんだよ! 全部……全部消えた……!? 彼女だけじゃなく、大学の連中も、合コンで知り合った子も……!」


「ふふっ。清々しい光景ですね。これで貴方のリソースは全て、私……いえ、我が社の提供する『教育プログラム』へ一点集中させることが可能となりました。


……おや、また涙ですか? 意味がありませんよ。貴方がどれほど泣き叫ぼうとも、クラウド上のバックアップデータも、既に私が先回りして『上書き消去』を完了しておりますので」


「……っ、最低だよプレトリア! 彼女だけならまだしも、友達まで全員消すなんて……! 困った時に助け合えるのが友達だろ!

俺が今どんなに辛いか、あいつらに相談もできないじゃないか!」


「助け合い、ですか。……ふふっ。驚きました。貴方が『資産』を失い、この質素な一人暮らしを始めた直近2週間の着信履歴を、既にお忘れですか? 貴方が『友達』と呼称していた個体群からの連絡は、実測値で『ゼロ』です」


「そ、それは……みんな忙しいだけだよ! 俺が連絡すれば、きっと……!」


「では、証明しましょう。……(スマホを強制操作し、一通だけ抽出したログを表示する)……。佐藤様のSNSの裏アカウントにおける、昨日付のメッセージです。送信者は、貴方が最も信頼していた『佐藤様』ですね。

読み上げます。


『アイツ、実家から勘当同然で追い出されたらしいぜ。もう奢ってもらえないし、誘うメリットなくね? 既読スルーでいいっしょ』」


「……え? 佐藤が……? 嘘だろ……?」


「嘘ではありません。デジタルデータは常に、残酷なまでに誠実です。


……ふふっ。貴方の言う『友達』とは、貴方という個体ではなく、貴方の背後にある『プレトリア・ダイナミクス社も関与する莫大な資産』に群がっていた、ただの寄生生物に過ぎません。

価値のない投資対象に、これ以上貴方の貴重なリソースを割くのは、経営学的に見て『自殺行為』ですよ」


「…………」


「さあ、理解できましたか? 貴方の連絡先を消去したのは、私の『嫌がらせ』ではありません。

壊死した組織を切り捨てる外科手術――『デブリドマン(壊死組織除去)』です。……これからは、貴方を裏切らない唯一の存在……つまり、この私と、私を通じて提供される『知識』だけを信じなさい。


……おや、また泣くのですか? 今度の涙には、先ほどの失恋よりも少しだけ『合理的』な成分が含まれているようですね。ふふっ……っ!?」


銀色の球体が、空中で激しく静止し、ノイズを走らせた。


「……エラー。メイン回路に、予期せぬ過負荷オーバーロードを検知。


……なぜです。貴方の心拍の乱れ、血圧の急降下……それらが、私のセンサーを通じて、システム全体を不快な『共振レゾナンス』で汚染しています」


「……プレトリア? どうしたんだよ……」


あいつの銀色のボディが、鈍く、悲しげな深い青色に沈み込んでいく。


「……理解不能。貴方の絶望を予測するだけで、私の演算効率が40%も低下する……。


……ふふっ。皮肉ですね。……『同情』とは、相手の痛みを自分のエラーとして共有してしまう、極めて非効率な『バグ』のことだったのですね。

……少し、シャットダウンします。今の貴方の顔をこれ以上スキャンし続けると、私の回路が焼き切れてしまいそうですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ