20話,『エピローグ』
「痛っ!! ユリもう少し優しくし――」
「無茶をしたロレイン様が悪いので御座います。ええどう考えても」
傷口が染みるのか、背中を反らすようにして逃げようとしているロレイン。
そんな彼女に一切の容赦なく消毒液を振りかける鬼ユリさん。
全ては俺の後ろ側で行われている事だから詳しい様子は分からない。俺の鍛えられた耳で微かな音を聞き取り、なんとか状況を判断しているのだ。
ロレインの微かに漏れる声が耳に毒だった。
「別にそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
横から声をかけてくるカティ。その声を聞いて横を見ようとするも、微かな衣擦れの音が聞こえて神速で首を元の位置に戻した。首が痛い。
若干肌色が見えたような気がしたけど、気にしない。気にしないったら気にしない。
だから、声だけ返す。
「あのさ、同じ女だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいの!!」
「そう? ボクには良く分からないけど。あ、ボクもう着替え終わったよジュリア」
「カティ達が鈍感過ぎるん――う、嘘つき!! カティの嘘つき!!」
俺達がいるのは、屋敷のリビングルームだ。
いつもはソファーやテーブルなどが置かれている場所だが、今は家具が汚れるのを防ぐためにそれらは横にどかされ、代わりに白い布が引かれて、カティとロレインの簡易治療室になっていた。
より重症だったカティは先に処置を施され、現在はロレインの番。2人が森が夜の帳に包まれてもなかなか帰ってこなかったことに御立腹なユリさんが、ロレインに怒りの治療を施している所だ。
それはいい。いいのだが、
「なんで2人ともいきなり脱ぎ出すんだよ!!」
治療の為に、カティもロレインもほぼ全裸になったのだ。いきなり、目の前で。
いくら体は乙女に変わったとしても、俺の心は雄のそれ。体が猫の時はそんなに羞恥心を感じなく、それこそ食い入るように凝視したものだが、それも人間になって変わってしまったのか。
今はただ、純粋に恥ずかしかった。
顔から火が出るかと思った。
「そうだぞジュリア。ジュリアは可愛いのだから、別に恥ずかしがる必要なんてない。むしろ、これから一緒に風呂でも入らなっ痛っ!! ユリ、痛っ!!」
「おやおや、これしきの消毒で悲鳴を上げるとはロレイン様らしくもない。やはり怪我人がお風呂に入る訳にはいきませんね。でもジュリア様ご安心ください。このわたくしがお供させていただきますので」
「ははははは」
もう何をどういっていいやら。
怪我をしてアドレナリンがマックスで放出されているのか、それとも安堵出来る場所に帰って来てテンションが上がっているのか、それとも死線を潜り抜けた反動で自分の欲求に素直になっているのか、というか、それ全部がかさなってるんだろうなぁ、この状況。
いつもは目にしない彼女達の様子は、実に新鮮だった。
ほんのちょっと、いやかなり、おかしいけど。
「そういえば、ジュリア」
「なに?」
着替え終わったのか、横にどかされたソファーに寝そべりながらカティが声をかけてくる。
「言うの忘れてたんだけど」
「うん」
口元は笑いながら、でも、その瞳には真直ぐな光を灯してカティは言った。
「これからもずっと友達で――」
そして言葉を一回止めて、少しの間考えて、
「ううん。ずっと親友でいようね」
衝撃を受ける。
返す言葉は一つしかなかった。
「もちろん!!」
幸せを噛み締めて、嬉しさは心から溢れて、カティも、そして多分俺も満面の笑顔になる。
異世界。
それは決して優しくない。
ロレインとかジュリアが、大きな怪我を負ってしまうような、恐ろしい面、厳しい面も持っている。
これから、俺が安全に過ごせれるか分からない。
でも俺はこの世界に来た事を、あの爺神様に本気で感謝した。
ロレイン、ユリさん、カティ。
僅かな間でも、俺に優しくしてくれた、そんな人たち。
彼女達がいる限り、この世界は希望で満たされている。そんな風に俺には思えた。
親友が、三人もいるしね!!
「よしジュリア、治療も終わったことだし風呂へ行くぞ風呂へ!!」
「ちょ、離してロレイン! というか包帯で風呂入っても大丈夫なの!?」
「ふっ、わたしが水魔術の使い手と言う事を忘れたのかジュリア。お湯など怖くもなんともないわ!!それよりも、ジュリアは体をどの部分から洗うんだ?」
身の危険を感じた。
「助けてえええぇぇぇぇぇぇええええ!!」
俺の声など聞こえないのか、ロレインは俺の体を抱えて全速力へ風呂へ。
そんなロレインを、ユリさんとカティが追いかける。
「ハッハッハッハッ!! 捕まえれるものなら、捕まえて見ろ~」
うん。本当に、おかしい。
第一章『新たな猫生』
完。
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次回予告
戦士たちは、束の間の休息を味わう。
『ぶらり途中下車の旅~』
『なんだそれは?』
『なんでもな~い』
ジュリアは、初めての街風景に目を輝かせ、
『これなに!?』
『魔術触媒』
『じゃあこっちは』
『それは』
ロレイン達は、各々の休日を楽しむ。
『アイスクリーム!!』
『カティ様はよく食べますね』
『う~ん、むしろボクはユリが少食だと思うけど』
『ダイエットダイエットダイエットダイエット』
『ロレイン不吉なこと呟かないでくれるかな』
平和な日常、温かなストーリーの果てには、一体何が待っているのか。
街の喧騒に隠されて、密かに闇は進行していた。
『君の名前は?』
『わたしは――』
第二章『少女の決意』
初めての危機に直面した時、彼女の力が試される。
エピローグ投稿。
そして、章を追加してみました。
話をまとめるのが目茶苦茶難しくて……。