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幼女の自殺配信を通報した後、何故か俺はその幼女に絡まれている  作者: ニドホグ
虚構と未来と「 」

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76/87

因果

 俺がカサネにキスされたのは、俺と上梨との関係に関わる問題だが、同時に俺とカサネとの問題でもあるのだ。

 そんな当たり前の事を、俺はカサネの言葉を聞くまで失念していた。

 俺は今まで、キスされた事を上梨にどう伝えるかという事しか考えていなかったのだ。


 カサネが俺にキスしたのは、時間遡行に必要だという以上の意味があったのではないか?


 ……いや、きっとあったのだろう。

 カサネは酷く複雑な表情で、今も上梨を睨みつけているのだから。


 カサネの発言の後、一瞬の静寂。

 その一時だけは、水を打ったように木々も蝉も鳥も人も、全てが静まり返っていた。


 そして、絶叫。


 物悲しげな叫び声の中心には、木を思わせる質感の鹿が在った。

 鹿の首には、見覚えのある肉の花弁と、うねる肉紐。


 上梨の姿は、完全な異形と化していた。


 次の瞬間、カサネが大きく声を張り上げた。

「笹原様、今です!」


 周囲の草むらがザワリと揺れる。

 俺達は、和服を纏った警察に囲まれていた。

 警察達の銃口は全て、上梨に向けられている。


「待て! 撃つな!」

 俺は無我夢中で、上梨と警察の間に踊り出た。


 訳が分からなかった。

 上梨を死なせない事で頭がいっぱいだった。

 自分の命とか、人の為とか、そんな事を考えようともしなかった。


 両手を広げて上梨の前に立ち、警察達を睨みつける。


 ぐぱり、と背後で音が聞こえた。

 後ろを見なくても分かる、上梨が俺を喰おうとしているのだ。


 ……これで、上梨は人になれる。

 自分が喰われようという時に、我ながら馬鹿な感想だ。


 俺はニヤリと笑って、上梨の方を振り返る。


「はは……俺は筋が少なくて美味いと思うぜ?」


 花弁の様な顎が迫る。

 腐った果実の匂いが強すぎて、吐きそうだ。


 ……本当は、二人で二学期を過ごしたかったな。


 いよいよ俺が呑まれようかという時「撃ちなさい!」と、叔父さんの声がした。


 爆音が響く。

 地面が揺れ、鼓膜が破れるかという程の銃声。


 瞬間、俺は上梨に押し倒され、視界が黒に塗りつぶされる。

 遅れて聞こえる、弾丸の突き刺さる音。


 視界が再び明るくなる。

 俺が見たのは、輝く血を流しながら山に消える上梨の姿だった。


 地面に寝ころんだまま、俺は強く地面を殴りつける。


 頭を掻く、掻きむしる。

 掻いて、掻いて、掻いて、掻く。

 叫んで、壊して、頭を打ち付けたい、そんな気分だった。

 ……泣きたい、気分だった。


 ひとしきり感情任せに頭を掻きむしった後、俺は糸が切れた様に地面に倒れ込む。

 木々の隙間から見える空は、下品な程に真っ青だった。

 空を見るのも嫌になって、首を横に倒す。


 俺の隣には、笹原さんが座っていた。


「……これは、どういう事なんだ」


「まずは、君に謝罪しなければなりません。まさかミイラ一つで神の蛹があそこまで活性化するとは思っていませんでした。ですが、亜神が顕現した以上、警察としては見過ごせません」


 俺の質問に、笹原さんは酷く事務的な声で返した。

 それが余計に、癪に障る。


「亜神が顕現したって!? あんたらがカサネを使って上梨を……」


 ……いや、これは違う。

 カサネの件は、今日までカサネの気持ちを考えようとせず、自分の気持ちをカサネに伝えようともしなかった俺の責任だ。


 しかし、それを理解した所で癇癪は収まらない。

 俺は感情に任せて、別の粗を探して笹原さんに突きつけようとした。


「警察なら、叔父さんが神を見つけるまでカサネを保護する事もできたんじゃ……」


 ……違う、これも責任転嫁だ。

 俺は叔父さんの意見を聞いて警察から逃げた。

 警察を信用せず、頼るという道を捨てたのは俺だ。


 言葉を言い淀んだ俺に、笹原さんは相変わらず事務的な声で答えた。


「警察で神の蛹を保護すれば、彼女が人間になってなどいない事を教える必要が出てきます。そして、そこを自覚したら彼女の小康状態はすぐに崩壊したでしょう。精神状態は、魔力の在り方に深く関わっていますから。それに、先生が数カ月で神を探して協力を取り付けるだなんて、現実的に不可能だと警察は考えていますから、どちらにせよ今回の作戦は実行された筈です」


 ……笹原さんの言い分は、酷く正しい。

 全部、全部、ちゃんと理由があるのだろう。

 警察は嫌がらせで、今の状況を作っている訳では無いのだから。


 だが、それでも俺は言葉を続けた。


「なんで……俺を上梨に喰わせてくれなかったんですか」


 そもそも毒酒を俺に渡したのは笹原さんだ。

 だというのに、それを使う事すら許されなかった。

 それにも、感情論以上の理由があるのか?


「毒酒は、神の蛹が君を食べて神化するという、最悪のシナリオを防ぐ為の物です。神の蛹が君を食べずに亜神化したのなら、神と違って警察の手に負えますから、わざわざ一般人を犠牲にする方法はとりませんよ」


 笹原さんの説明は、やはり理路整然としていて納得せざるを得ないものだった。

 要するに俺は、最悪の状況を想定した布石でしかなかったのだ。


 俺がずっと、自分が何かをできる立場にいると勘違いしていた……ただ、それだけの話だ。


 いや、そもそも俺が上梨を不安にさせなければ良かったのだが。

 自嘲気味に唇を歪める。


 涙が、地面を濡らしていた。


 誰かが俺の頭を撫でる。

 顔を上げると、叔父さんが申し訳なさそうな顔で俺を見つめていた。


「貴志君、どうか優さんを責めないであげて下さい。優さんは、最後まで警察の上層部に抗議してくれたんです。それに、美沙さんを撃つように言ったのも、神を見つけると警察を説得できなかったのも……私ですから」


 叔父さんは酷く的外れな事を言う。


「……別に、笹原さんを責めるつもりは無いです。分かってるんですよ、笹原さんが仕事でやってるだけだって事も、叔父さんが俺を家族みたいに思ってくれている事も」


 叔父さんは妻を亡くし、娘を喰われた。

 目の前で俺が喰われるのを、俺の都合を考えて黙って見ていろとは言えない。

 俺だって、人喰いを忌避していた上梨に、自分を喰わせて人に戻そうとしたのだ。

 叔父さんの気持ちは、痛いほど良く分かる。


 俺はゆっくりと立ち上がり、笹原さんの方を見た。


「この後、警察はどうするんですか?」


「亜神に麻酔弾を撃ち込めたので、三日後に山狩りを行い、眠っている亜神を殺します」


「……分かりました。俺は、もう帰ります」


 やはり、上梨は殺されるのだ。

 それだけ確認した俺は酷く無気力になり、フラフラと歩き出した。


 ……上梨のカバンが落ちている。


 込み上げてくる涙を堪えながら、俺はカバンを拾った。



+++++



 家に着いてから、俺は酷く無気力に動画を眺めていた。

 何も考えたくなかったのだ、少しでも気を抜くと上梨の事が頭を過る。


 悪戯っぽく微笑む上梨の顔、照れたように髪を触る上梨の仕草、初めて話した時の突き放したような上梨の態度、観覧車で俺の事が好きだと言った上梨の言葉、間接キスも許せないという上梨の独占欲、俺を喰うと言った時の妖しげな上梨の表情。


 ……嫌いになんてなれないと言った時の、上梨の小さな声。


 クソ、クソ、クソ、クソ。


 スマホの音量を上げる。

 俺の部屋に、動画の下品な笑い声が響いた。

 何の面白みも無い、知らない連中がスライムを作る様子に集中する。

 この中身の無さだけが、俺を無心にさせてくれるのだ。


 スマホを弄っている間だけ、人間は虫や機械と同じくらい単純になれる。


 動画の終了が近づいてきたので、無心で画面をスクロールして次に見る動画をあさる。機械のように、無心であろうと意識して。


「あ、え? なんで……」


 なんで今、この動画が……。


 流れてきた動画のサムネイル。

 シンプルで少しズレたセンスの、そのイラストに俺は見覚えがあった。


 動画タイトルは『幽霊』で、アカウント名は『ファントム』……それらが意味するのは、この夏の始まり、明日香との邂逅。


 ……幼女の自殺配信に他ならない。


 俺は震える指で、配信中となっているその動画を再生した。

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