披瀝
上梨は、諦めたように息を吐き、語りだす。
「私……本当は、もう、昔の友達なんて、どうでも良かったの…………最低でしょ」
上梨はグシャリと顔を歪め、自嘲的な笑顔を俺に見せる。
「私、ずっと貴方の事が嫌いだって思おうとしていたし……嫌いだと思っていた。でも、海に行った帰りに、貴方を食べちゃいそうになった。その後に、独りで考えたら…………貴方の好きなところばかり思い浮かんで……貴方は、馬鹿みたいに優しかったのに、本気で嫌いなつもりでいた。そう、思い込んでいたかった」
上梨はもう、自嘲的な笑顔すら崩し、ただただ縋りつくように俺を見つめている。
「私、馬鹿なんだよ。何度も失敗したのに、懲りずに人と関わろうとして……貴方や、ファントムちゃんの優しさに甘えて…………怪物の癖に、楽しい日々に甘んじて……それが続くんじゃないかって、本気で、そう、思って!」
上梨は、泣いていた。
取り繕う事を止めたせいで、もう本心が溢れて止まらないのだろう。
その様子が、どうにも明日香と電話越しに話して泣いた俺と重なった。
「優しい貴方を、友達になりたかった貴方を……嫌いになんて、なれないから…………好きでいたいから…………貴方を好きなまま、終わりたかった」
上梨の涙が、アスファルトの黒をさらに黒く染める。
「本当は…………貴方と…………」
上梨は、涙を止めようと必死に目を瞬かせ、それでも零れ続ける涙を隠すように俯いた。
……なるほど。
「上梨、お前も俺と友達になりたい。だが、俺を食いたくない。だから、自分を殺せと言っているんだな?」
「……ええ」
俺の最終確認は、肯定で返された。
……勘弁してくれ。
「俺はな……上梨が、俺と友達になりたいんだと思ってここに来たんだ。本当の意味で、上梨の為に動きたいと思って、動けると思って、ここに来たんだ。だが、上梨は俺と友達になる未来じゃなくて、過去の友達への贖罪の為に死にたいと言う。俺は、上梨がそれを望むのなら、殺そうって、糞ほど嫌だけど、殺そうって……そう、思ったんだよ」
本当に……あんな思い、もうしたくない。
「それを! 実は! 俺が原因で死にたいだと? 最初から言え!」
俺は声を荒げ、更に続ける。
「俺は! 上梨と友達になりたいんだよ! お前もそうなんだろ? それなのに、俺を殺したくないから死にたいだと? 俺も絡んでる問題を、勝手に終わらせようとするな!」
上梨は、掠れた声で返事をする。
「…………貴方に、迷惑をかけたくないよ」
こいつ、マジで……俺の為みたいな顔をして、エゴを押し付けんなよ。
「俺を、甘く見るなよ……」
ちゃんと、上梨を見る。
「俺が、どうにかするから」
上梨の表情は、一瞬、期待の色を見せたが、すぐに諦めの色に塗りつぶされた。
「どうにかする方法なんて、ない。もう、いいの…………ごめんなさい」
上梨は、この期に及んで、未だに迷惑を掛けたくないとでも言うように、ゆるく微笑んだ。
「そう、答えを急くなよ」
「……急いてなんかいない。今まで、オカルトだけに傾倒してきたのに……解決策なんか一つも無かった」
上梨の言い分は、尤もだ。
恐らく、上梨は本当に人生をかけてオカルトについて調べてきたのだろう。
そして、その上で何も解決策が見つかっていないのだ。
せんゆう様の落とし子に喰われないようにする方法なんて…………ん?
冷静に考えると、せんゆう様の落とし子をどうこうしなくても、俺が喰われなければ良いのか。
俺は一度、せんゆう様の落とし子と対面して、生き残っている。
なんか、あるだろ!
考えろ! 考えろ!
ネックレスが無くても怪物に喰われずに済む方法を。
なにも、オカルトが原因の問題を解決する方法が、オカルトだけって訳じゃない筈だ。
要するに、ネックレスが初撃を防いでくれたから俺は逃げ切れた訳だろ。
何か、あの怪物の一撃を防ぐ方法があれば良いんだ。
恐らく鉄板やヘルメットなんかは簡単にぶっ壊される。
何か、何か、何か……思いつかん。
「明日香! 怪物に喰われない方法!」
「え? え! えっと! えっと! あ! がんばって、にげる!」
「逃げる前に喰われるから困ってんの!」
「じゃあ! はなれて、あそぶ! そしたら、にげれる!」
ちょっと離れたくらいで、避けられる速度じゃないんだよ。
上梨の足は遅くても、肉紐の速度はとんでもなく速かった。
初撃を避けるなら、上梨が見えないくらい離れなければいけない。
大声でお話しでもするってのか?
……いや、待て、案外悪くないか?
遠くで話す方法は、なにも大声だけではあるまい。
うん、アリだな。
完璧とは言い難い。
しかし、せんゆう様の落とし子に喰われない方法を、俺は確かに思いついた。
「なあ、上梨。知ってるか? せんゆう様の落とし子ってのは、呪いとか、幽霊とかでは無くて…………怪物だ」
無数の肉紐が迫ってくる様子は、本当に怖かった。
「……だから、何?」
上梨は、怪訝そうに顔を顰める。当然だろう。
「上梨、電話って知ってるか?」
「知ってるけど……」
俺は、唇を吊り上げて、ニヤリと笑顔を作る。
「物質的にこの世に存在する怪物は、電話越しに話している相手を喰う事は出来ないんじゃないのか?」
海の帰りに襲われた時、初撃を防げていなかったら恐らく俺は死んでいた。
だが、逆に言えば、初撃さえどうにか出来れば喰われる事は無いのだ。
物理的に距離を置きつつ、上梨と仲良くやる。
これが、俺の思いついた、思いがけない抜け道だ。
まあ、電話越しじゃあ一緒に海に行ったり、遊園地に行ったりする事は出来ないが、オンラインゲームくらいならできる。
根本的な解決策を見つけるまでの繋ぎとしては、上々だと言えるだろう。
これは、今までオカルト一筋で、親しい相手を作らなかった上梨には、思いついても実行すら出来なかった作戦だ。
でも今は、少なくとも俺と明日香がいる。
上梨の諦めの表情が、ようやく崩れる。
「まさか……そんな事…………でも……」
「人を喰ってしまう問題の、根本的な解決策は、一緒に電話でもしながら考えようぜ?」
上梨は、おずおずと俺を見てくる。
「本当に、良いの? 私、沢山迷惑をかけた、沢山酷い事を言った、沢山殺した、それなのに……貴方と、友達になって………良いの?」
こいつ、まだ不安なのか。
まあ、今日くらいは優しい事を言っても良いだろう。
俺は一呼吸置き、何というかを考える。
いつも悪態ばかり考えているからか、どうにも咄嗟に優しい言葉が出てこないな。
ひとしきり考え、変に飾ろうとする事を諦めた。
上梨の瞳を見つめ、心からの本心を伝えようと口を開く。
瞬間、叔父さんが声を上げた。
「待って下さい! 私の娘は、妻との約束は! どうなるんですか!」
叔父さんはそう叫ぶと、手で印を結ぶ。
【るょゑ、ぇるぁ、のぇみ、ぉるょ、くょふ】
ウニョウニョを出す時に鳴っていた音が、大音量で鼓膜を揺さぶる。
その瞬間、
俺の手や明日香の手、
周囲の影から、
様々な色彩を放つ火が叔父さんの元へと集り始める。
「本当は、こんな手段は取りたくなかったのですが……貴志君、せんゆう様の落とし子を殺して下さい。せんゆう様の落とし子は、その場を動かないで下さい」
叔父さんがそう言った瞬間に、俺の腕が意思とは無関係に動き、上梨をナイフで攻撃しようとする。
「くっ」
慌てて腕の動きに抵抗する。
「叔父さん! 何したんすか!」
「……傀儡化の術をかけさせてもらいました。予備の魔力を確保しておいて、本当に良かった」
叔父さんは、そう言って力なく笑う。
ヤバい。
もう勘弁してほしい。
帰りたい。
マジで帰りたい。
一仕事終えて帰る気でいた俺の脳は、そんな単純な文字列を弾き出す事しかできなかった。




