集積
……殺したく、ねえな。
だが、これは俺のエゴだ。
上梨が自分で、自らを犠牲に、自らが喰った相手を生き返らせると、そう決めたのだ。
忘れるな、上梨の幸せは、上梨の物だ…………。
俺は、諦めにも似た自戒で、そう結論づけた。
『上梨の為』という文言を掲げて俺がここに立っている以上、殺すしか、無いのだ。
「なんでよ!」
明日香が、叫ぶ。
「かみなしさん! 私に死んじゃダメって! 言った! かなしむ人がいるからって!」
上梨は、酷く苦しそうに明日香を見つめる。
「……ごめんなさい。でも、私……生きていては……いけないの」
「私、かみなしさん、好きなのに……なんで、なんでよ!」
目に涙を溜めながら叫ぶ明日香から、上梨は目を逸らし、声を震わせながら言葉を紡いだ。
「私、その人の娘さんを食べたの。その娘さんね、私の友達だったの……その娘、私が死ねば……生き返るの。私、ずっと願ってた……食べちゃった人達が、生き返ったらって」
上梨は瞳に涙を浮かべ、笑顔で明日香を見る。
「だから……ごめんなさい」
明日香は、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながらも、なお叫んだ。
「やだ! やだ! やだよぉ……私、死ぬとか言わないからぁ……ねえ……死なないでよぉ……かみなしさん…………」
果たして上梨は、悲しく笑みを返すだけだった。
慟哭
明日香は声にならない感情を、只々叫んでいる。
ああ……本当に、やるせない。
茜色に染まる交差点の真ん中で、明日香の泣き声だけが、空しく反響する。
その姿を見つめる叔父さんが、逃げるように目を瞑り、ポツリと呟いた。
「……すみません…………これしか……ないんです」
その言葉は、血色を湛えた空に、じわりじわりと滲みていった。
どうするのが正解なのか? 最近は、こればっかりだ。
叔父さんの娘の復活に、上梨と叔父さんの命が必要だとは……。
そこまでして蘇生する価値が有るのか?
いや……その価値を決めるのは俺では無い。
身の程を知れ。
どうするのが正解なのか?
本当に『上梨の為』と謳うのなら、その答えは儀式の実行以外にあり得ない。
……だからそんな目で見るなよ…………明日香。
「……たかしぃ」
やめろ。
「ねえ……かみなしさんを、殺さないで……」
やめろ。
「かみなしさんが死んじゃ、やだよ」
明日香は、俺から目を逸らさない。
「……たかしぃ」
俺を、見ないでくれ。
「上梨が……納得してんだよ。上梨の為に、俺はこの場に来たんだ。」
明日香は糸が切れたかのように地に伏し、黒く淀んだアスファルトを力なく掻いた。
『上梨の為』に、と動いた結果、明日香を傷つけている。
……こんな事が、俺はやりたかったのか?
いや……覚悟を決めろ。
「叔父さん、儀式を始めましょう」
最後にチラリと見た明日香の瞳には、死んだような顔をした俺が映り込んでいた。
+++++
叔父さんは黒装束を纏い、さっきからずっと呪文を唱えている。
その非現実的な光景が、逆にこれから行う儀式の現実性を裏付けていた。
ああ、緊張で手汗がヤバい。
叔父さんは、呪文を唱え続けている。
骨製のナイフを握りなおす。
叔父さんは、呪文を唱え続けている。
この呪文が終わったら、殺すのか……。
叔父さんの呪文が、激しさを増す。
口が渇く。その癖、手は異様なほど湿っている。
呪文を唱える声が小さくなり始める。
ああ、手が震えてきた。
呪文を唱える声が徐々に小さくなる。
骨製のナイフを握りなおす。
――――呪文が、終わった。
落ち着け、俺。
魔法陣まで続く布の通り道が、やけに長く感じる。
手が震える。
もう、引き返せないんだ。
一歩、純白の布を踏みしめた。
踏み出してからは、もう歩みが止まる事は無い。
気づけは、上梨は目の前だ。
上梨の心臓にナイフを突き立てても、まだ叔父さんが残っている……躊躇している暇は、無い。
手が震える。
真っすぐと心臓の位置に狙いを定める。
こんな、こんなに、人の身体って脆そうだったのか。
ああ、くそ。汗が鬱陶しい。
手が震える。
ナイフを振りかぶり…………
「まって!」
明日香は、焦ったように声を上げる。
「かみなしさんを! ちゃんと見て!」
……言われて、気づく。
俺は、さっきまで上梨の事を、全然見ていなかった。
最後の瞬間くらいは、上梨の顔を見ていよう。
上梨の顔を見る。
上梨は俺を見て、安心したように微笑んでいた。
落ち着いて、ナイフを構えなおす。
ふと、頭に違和感がよぎる。
違和感を無視してナイフを振りかぶる。
しかし、手が急に震え、またもナイフを取り落としてしまった。
ナイフを拾おうと屈んだ時、より克明に、俺の頭を違和感が過る。
改めて、上梨の顔を見る。
上梨は、
俺が殺すと、
そう信じ切った目で、
安心した様な笑みを浮かべながら、俺の事を見つめていた。
……あ。
上梨はいつも、俺が性格の悪い事を言った時に、安心したような笑みを浮かべていた。
それはつまり、俺の事を好きになれないと、喰ってしまう事は無いだろうと、そう思えたという事だ。
自分が死ぬ事で、俺を喰う可能性は無くなる。
故に、上梨は安心したような笑みを浮かべているのだ!
という風に考えると、特に違和感は無いように思える。
しかし、上梨がこの表情を今浮かべているのは、やはりおかしい。
上梨は、友達を生き返らせたいから死にたいと俺達に言った。
俺達との未来では無く、過去の贖罪を願うと言ったんだ。
だが、死の直前に、俺を殺さずに済む事を安堵している。
であれば、上梨が本当に死にたかった理由は、俺を殺すかもしれないという事実に耐えられなくなったからではないのか?
その疑念を抱えたままでは、俺は上梨を殺せない。
「なあ、上梨。お前、本当に友達を生き返らせたいから死にたいのか?」
その質問をした瞬間、上梨はビクリと体を震わせる。
「……早く、私を殺して」
焦ったように、上梨はそう言う。
「先に、質問に答えてくれ」
「…………なんで、そんな事を聞くの?」
不安そうに、しかし、どこか期待するように、上梨は俺を見つめてくる。
なるほどな。
俺は、実に性格が悪そうに、ニヤリと唇を吊り上げる。
「俺は、お前の事を結構ちゃんと見てんだよ」




