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新説 呂布奉先伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 其れは連なる環の如く
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第七話

 そんな舞台裏の事など知りもせず、呂布はいつも通りに出仕する。

 呂布の仕事は多岐に渡り、基本的には董卓の身辺警護が主な仕事ではあるのだが、董卓が気まぐれな男であり、いたって真面目で面白味に欠ける呂布といるのは安心ながらも息が詰まるのか、重要な会議で重臣達を集める時や三日に一度は開かれる宴の時以外では董卓から呼ばれない事も多かった。

 その場合には部隊の調練などを行っているが、荊州時代からの呂布の配下だった者達はともかく、規律に著しく欠ける董卓軍では疎まれる事も多い。

 それが呂布軍と董卓軍の圧倒的な実力の違いでもあるのだが、呂布と調練をやりたくない董卓軍の武将は、呂布が出仕して董卓の警護ではなく部隊の調練に来るとわかると適当な理由をつけて逃げ出す者も増えてきた。

 また、皇甫嵩や朱儁といった漢の正規軍の武将達が軍を去った事もあり、兵や部隊の再編も呂布や李儒によって行われている。

 呂布としてはいい加減に高順を将軍職に就けたいのだが、高順が頑なに拒んでいるので、高順は呂布の私兵として呂布の家族の護衛を勝手に自認していた。

 仕事量の割に流動的なところが多いので、呂布自身が出仕してみるまで今日の仕事内容がわかりにくいと言う困った事になってきているのだが、本人が楽天的な考え方の持ち主なので、特にそれに対する不満もなく毎日を過ごしている。

 そうやって今日も出仕してきたのだが、董卓は先日から完成したばかりの郿塢城の方へ行っている。

 長安から郿塢城までの警護は呂布の仕事だが、郿塢城からは牛輔や樊稠などの役割となっているので、郿塢城にいる間は余程の例外でもない限り呂布が警護に呼ばれる事はない。

 そう言うわけで兵舎に向かっている時、奇妙な人影を見つけた。

 多分、小柄な少女であると思われるが、両手一杯に竹簡や書物などを積み上げてそろりそろりと、すり足で移動している。

 本人の上半身が隠れるほどなので顔は見えないが、相当な腕力が無いとあの荷物は運べないと思われる。

 それより、あれで前が見えているのだろうか?

 呂布は気になって少女の動向を見ていたが、一つ目の柱は器用に避けていた。

 が、二つ目の柱に激突して盛大に竹簡や書物をぶちまけていた。

 ……そりゃそうだよな。

 呂布はそう思いながら、少女のところへ行って一緒に竹簡を拾う。

「あ、すみません。ありがとうございます」

 少女は呂布の方を見る訳でもなく、慌てて竹簡などを拾い誰か手伝ってくれている人物がいる、と言う事には気付いたらしく礼を言っている。

「これはどこまで運ぶのかな?」

「あ、えっとですね、赤い紐の竹簡二つがお義父様……じゃなくて、司徒府で、書の方が軍師様のところ、青い紐の竹簡が太師宛ですので郿塢城へ運搬して頂くもので」

 少女はつらつらと答える。

 凄いな。大した記憶力だ。

「分かった、俺もちょっと手伝うよ。一人で運ぶには多過ぎるだろ?」

「すみませ……はうあ!」

 少女は呂布を見て、悲鳴じみた声を上げるとせっかく拾った竹簡などを改めて盛大にぶちまける。

「は、はわ、はわはわはわわわわわ」

 少女は大きな目を見開き、呼吸困難にでもなっているのか口を開けているが、言葉が出てこないでいた。

「たたた、大変失礼致しましたぁ!」

 瞬きの疾さで、少女は土下座する。

 今の動きは凄い。

 呂布は武人として、少女の動きに感心していた。

 人は左右の動きには多少ついて行けたとしても、上下動には対応が難しくなるのだが、これほど小柄な少女に瞬きの疾さで伏せられては、ほとんどの攻撃を当てる事が極めて困難と言える。

 と言っても、おそらくこの少女はほとんど無意識によるものと思われるので、戦場でも応用していけるかと言うと、まず不可能だろう。

「えっと、順序で言えばまずは李儒軍師のところが先かな」

「そそそそそそんな、呂布将軍にお手伝いだなんて失礼は……」

「いやいや、一人で運ぼうとするとまたひっくり返しそうだし、俺は今日に限って言えば暇だからね」

 そう言って呂布は李儒の執務室へ向かう。

「あ、あうああうあああう」

 何か言おうとしているのだが、声は出ても言葉が出てこない状態で少女は呂布の後をついて行く。

「ところで、あまり見かけないと思うけど、新入り?」

「うあう」

 少女は斜めに頷くので、肯定しているのか否定しているのか微妙である。

「あ、父ちゃん発見!」

 呂布と少女が両手一杯の資料を持った状態で歩いていると、呂布に向かって別の少女が全力疾走してくる。

 その少女は見覚えも充分な、呂布の娘の蓉である。

「危ないから走るな」

 呂布は自分に突撃してきた娘に、笑顔で言う。

「と言うより、なんでここに?」

「父ちゃん、文遠は?」

 蓉は呂布にしがみついて尋ねる。

 見た目は誰もが目を見張る様な美少女である蓉なのだが、両親のどちらに似たのか、とにかく活発で活動的である。

 困った事に身体能力の高さと言えば父親である呂布は当代最強の武将とさえ言われるほどの武人であり、母親である香も見た目には寒気がするほどの美女でありながら田舎出身で家畜の世話もお手の物なほど心身共に健康、その見た目からは想像もつかないほど体力もある。

 性格は両親共におっとりしたのんびり屋なのだが、娘にはその性格は引き継がれなかったらしい。

 せっかくの美しい衣服も、袖と裾を捲くり上げている為に台無しである。

「文遠は仕事だ。あいつは忙しいから、お前と遊んでる暇はないの。高順に遊んでもらえ」

「やだ。文遠が良い」

「ワガママ言わない。と言うより、蓉。何でここに? 私塾はどうした?」

 呂布に尋ねられると、蓉はしまったと言う表情になる。

 董卓は見た目には野蛮人そのものに見えるが、その見た目と違って知識や教養を重視する傾向も持ち合わせている。

 特に女児への教育に力を入れているので、諸将の娘達は董卓の用意した私塾へ通って勉強する事になっていた。

「面白くないもん」

 ふくれっ面で蓉は答える。

「面白くないって、どう言うところが?」

 蓉はとにかく活発でありながら知的好奇心も強いので、座学も嫌いではない。

 その為、極めて高い武勇と馬術、さらにそれなりの教養を持つ男前な張遼が大のお気に入りである。

 が、蓉が面白く無いと思っているのはそう言う事ではなかった。

 どうやら私塾では、董卓の孫娘である董白と言う暴君がいるらしい。

 他の者達はこの董白に歯向かう事が出来ないのだが、蓉は違う。

 董白は自分が太師董卓の孫であると言う強力無比な後ろ盾でやりたい放題なのだが、蓉も立場で言えば董卓の孫に当たる。

 その上、蓉の父親は董卓の義理の息子であり古今無双の猛将呂布奉先であるのだから、後ろ盾の強さで言えば董白より遥かに強力である。

 そんな訳で、続々と取り巻きが集まってくるようになり、そのせいで訳もなく董白から睨まれるようになってしまったと言う。

 皆でワイワイやるのはともかく、ゾロゾロと引き連れて歩く事が好みではない蓉にとってくっついて回る取り巻きが鬱陶しいらしい。

「ん? 父ちゃん、そこの姉ちゃん誰?」

「お前は言葉遣いを治した方が良いなぁ」

 見た目には美少女なのだが、実は少年なのではないかと思いたくなる蓉に、呂布は溜息をつきながら言う。

「でも、確かに誰だっけ? 俺も確認してなかった」

「父ちゃんの側室?」

「違うよ。お父さん、お母さんとお前で手一杯だから」

「じゃ、姉ちゃん、誰?」

 呂布と蓉に尋ねられ、少女はキョトンとする。

「え? わ、私?」

「そ。姉ちゃん。あ、私も持とうか?」

 そう言うと少女が持つ竹簡の数本をぶん取る。

「わ、私、貂蝉ちょうせんって言います」

「へー、父ちゃんの側室?」

「さっきお父さんが違うって言ってたのを、聞いてなかったのかな?」

「だって父ちゃんがそう思ってるだけで、姉ちゃんはそう思ってないかもしれないでしょ?」

「蓉、そう言うのは誰から教わるんだ? 高順か?」

 もしそうだとしたら今後家族の護衛は高順ではなく、李儒に手配してもらった方が良いかもしれない。

「そそそそそ、側室なんてとんでもない!」

 ブンブンと体ごと振って否定した為、持っていた資料も飛び散ってしまう。

「あーあー」

 貂蝉と名乗った少女と蓉が、飛び散った資料を集め直している。

「でも、姉ちゃんは私塾で見た事無いよ? 姉ちゃん、何歳?」

「私? 私、もうすぐ十六です。だからですかねぇ?」

 貂蝉は呂布に対してはしどろもどろだったが、蓉にはそれほど緊張していないみたいだった。

 蓉が年下と言う事や、蓉に気を遣う雰囲気が無いと言う事もあるみたいだ。

 この時代、十代の中頃と言えば結婚適齢期にあたり、二十歳を超えると婚期を逃した年増扱いになる。

 なので董卓の私塾には十歳前後の少女が集められていた。

 しかし実際問題として二十歳を超えても充分に需要はあるのだから、貂蝉も私塾で様々な教養を身につけても良いのではないかと呂布は思う。

 もっとも、蓉の様子を見ている限りではどんな教養が身に付くものか、そもそも教養を身につけられるのかは疑わしいのだが。

 蓉と貂蝉はすっかり意気投合したらしく、二人は楽しげに話している。

 小柄で丸顔の貂蝉はかなり幼く見える事もあり、蓉と貂蝉が並んでいると同い年くらいに見えてくる。

 だが見た目に幼く見えても貂蝉には充分な教養があるらしく、わんぱく盛りの蓉に対して大人の余裕を持って接している辺り、けっこう良いところの出の女官なのかもしれない。

 そんな事を思いながら、呂布達は李儒の執務室へ到着する。

 最近の李儒はそれなりに忙しい事は変わりないものの、李儒の妻の懐妊もあり、比較的早くに帰宅してしまう傾向があった。

 もうすぐ出産予定らしいので、そちらに気が向いていると本人も言っていた。

「李儒軍師、お届け物です」

「あれ? 呂布将軍?」

 執務室に現れた呂布に、文官達はもちろん李儒本人も驚いていた。

「どうも、アゴで使われてます。主に娘から」

 呂布が後ろを振り返ると、蓉と貂蝉が来る。

「軍師様に、こちらをお届けにきました」

 貂蝉がそう言うと、蓉が持っていた書を李儒に渡す。

「これはこれは、ありがとうございます」

 李儒はそう言うと、笑顔で蓉から書を受け取る。

「しかし貂蝉殿ほどの方が、何故こんな雑用を?」

 李儒の質問に、呂布や蓉は驚く。

「え? 貂蝉ちゃん、偉い人?」

「貂蝉殿は、司徒王允殿の養女ですよ」

 李儒の言葉に、呂布や蓉はさらに驚いた。

 司徒王允は役職こそ三公ではあるが、政治的実権では随一と言える立場である。

 董卓政権樹立前からの後ろ盾である為、身内を除くと董卓の次に身分が高いと言っても過言ではない人物と言えた。

 貂蝉はその娘と言う事らしい。

「偉いのは私じゃなくて、お義父様ですから」

 それでも貂蝉は笑顔でそう答える。

「しかし、凄い面子で伝令をしてますね」

 李儒は笑いながら言う。

 最強の名を欲しいままにしている呂布とその娘、董卓政権の政治面での重鎮王允の養女貂蝉と、董卓政権の文武の最重要人物とも言える。

「まぁ、俺が勝手に手を貸していると言うか、娘と遭遇してこれまた勝手について来たと言いますか」

「華やかなのは悪い事ではありませんからね。ところで娘さんの奇抜な服装が気になるのですが」

 李儒はそう言って、蓉の方を見る。

 相変わらず袖と裾を捲くり上げているので、動きやすそうではあるもののはしたないと受け取られても仕方がない格好である。

「アレは自分の事を少年だと思っているみたいで」

「噂は多少聞いていますよ。私塾で取っ組み合いをしたとか、裏町の不良集団をボコボコにしたとか」

「……本当ですか?」

「あくまでも噂ですよ」

 呂布は蓉の方を見ると、聞こえていたのか蓉はニッと笑う。

 本当らしい。

「そう言えば、太師が諸将のお宅拝見行脚を計画しているらしいです。本当に迷惑な話ですよね」

 李儒は小声で呂布に言い、呂布もそれに苦笑いで応えた。

 もちろんこの時、呂布や李儒にとって取り返しのつかない事態になるきっかけとなる事など、知るよしも無かったので笑い話で済んでいた。

謎の美女、貂蝉


今回登場した貂蝉ですが、おそらく三国志演義の中でもっとも有名な架空の人物だと言えるでしょう。

もっともモデルはいたみたいで、架空の度合いで言えば名前以外に原型を留めていない李儒や華雄の方がよっぽど架空の人物なのですが、三国志正史に貂蝉と言う人物は存在しません。

また、架空であるが故に三国志でも屈指の美女として扱われてもいます。

実際にモデルとなった宮女も後宮にいるくらいですし、あの董卓の目に止まるくらいですから、かなり美しかったのではないでしょうか。


少なくとも、

「学問は教わっても、嫁取りは教わるな」

とまで言われた孔明先生の嫁、黄月英よりは当時の美的感覚では美しかったと思われます。

まあ、黄月英は外見ではなくそれ以外のところで孔明先生のハートを射止めたようですが。

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