SCENE 63 * GAVIN * With Marrie
ギャヴィンはホテルの部屋を、マリーに決めてもらった。彼女が選んだのは、オレンジの照明で照らされた、白を基調とした控えめガーデン風インテリアの部屋だった。
入り口から入ると部屋の半分の天井部分に板が等間隔で渡され、そこの壁は白いレンガの壁紙が貼られている。どうせ開かない窓は白い木枠で縦長に演出されていて、いくつかフェイクグリーンが飾られていた。だが置かれているのはいたってノーマルな二人掛けの白いレザーソファと白い木製のテーブル。部屋のもう半分は高さが少し変わっていて、ダークブラウンのシーツのセミダブルベッド、その前に棚があり、ベッドから見やすいようにテレビを置いてある。どちら側にも空気清浄機が一台ずつ設置されていて、それは白いラティスをカバーにしていた。
マリーの憧れる部屋のテイストというのがわかった気がした。だが、ギャヴィンの家のリビングはこんな感じだ。
ちなみにマリー、ここに来る途中で通りの向こうにライアンとレナの姿を見つけてからというもの、ライアンとの電話でギャヴィンが躊躇することなくホテルに行くことをやんわりと伝えてしまったこともあり、なにげにへこんでいるらしい。
ホテルに入って部屋を選ぶときには多少テンションが戻っていたものの、今はまたへこんでいるのか、木製テーブルに腰かけ、レザーソファで頭を抱えてうつむいている。
「ほんとごめん」ギャヴィンはマリーにあやまった。「やっぱ電話しないほうがよかった」
彼女が首を横に振る。
「違うの」顔を上げた。「ホテルに行くっていうのは、知られてもかまわない。私はね。だけど、なんか、あなたが変なプレッシャー感じないかなと──」
ギャヴィンははっとした。本当だ。というか、なぜライアンに電話などしたのだろう。プレッシャーだと思ったからか。ホテルを前提にすれば、彼の存在そのものがプレッシャーだ。おそらくそれは、ジャックにとっても変わらない。ライアンは自分たちとは違い、確実にする。おじけづいたりしない。むしろ一度や二度どころでは済まないレベルだ。
「まあ、それはあれだよ」そう言ったものの、ギャヴィンはどう言えばいいのかよくわからない。なんだ。「うん。忘れよう。こんなところに来てまで、あいつのこと考えたくない」
きょとんとしたものの、彼女は苦笑った。「まあそうなんだけど。あと、レナが気まずかっただろうなって思って」
「確かに。でもライアンは絶対気にしてない。だから大丈夫だと思う。レナが気にしてたとしても、ライアンがどうにかするよ、たぶん」
「だといいんだけど」ベッドのほうへと視線をうつす。「この部屋、失敗ね。すごく可愛いと思ったんだけど、こっちにテレビがないんだもの」
本当に、彼女はいい子だ。「気遣いすぎ」身を乗り出して彼女の手をとり、額を合わせた。「君がいいなら、ベッドで腕枕でもして話す」
できるかどうかがわからない、そしてそのせいで彼女を傷つけることになるかもしれないという不安を除けば、本音は触れたくてしかたがない。
「ほんと?」
気を遣いすぎあるマリーのことだ。おそらくこちらが言いださない限り、シャワーを浴びるタイミングすら見つけられない気がする。
「うん。なんならシャワーも浴びる。なんだかんだで今日、いろんな店に入ってるし」ジャックいわく、ベッドは神聖な場所だ。いや、そうは言っていないか。「受付に、希望すればタオルとかバスローブの替え、持ってきてくれるって書いてあった。だから何度でも入れる。かも」
マリーが笑う。「どっちが先?」
「どっちでも」
「じゃああなたが先」
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けっきょく、半端にではあるものの、マリーに言ってしまった。やはり情けない気がする。だが、おそらくマリーはそう思っていない。それに、なにも言わずにできなくて傷つけるよりも、可能性を知っていてもらったほうが、お互い、ダメージは軽減される気がする。
ジェイドのあれはおそらく、彼女の計算だ。ジェイドなりにマリーを見て、この子なら大丈夫だと言いたかったのだと思う。だからあのメールを送ってきた。マリーにはまだ見せていないが。
ギャヴィンがシャワーから戻ると、今度はマリーがバスルームへと向かった。ひとりになったせいか、部屋の奥にあるベッドがやたらと大きく見えてしまい、また少しプレッシャーを感じた。
タオルで髪を拭きながらソファに腰をおろす。テーブルの上に、先日マリーがサイラスの店で選んだCDケースがあった。中にディスクは入っておらず、歌詞カードをケースの上に出してあり、その横に、ホテルのロゴが入った紙とペンが置いてある。紙にはマリーからのメッセージがあった。
“デッキがあったわ。CDはセットしたから、テレビをつけて再生ボタンを押して。残念ながら映像はないけど、これは私の気持ちそのものよ”
よくわからないまま歌詞カードを持ってベッドに座り、ギャヴィンはメモに従って、テレビをつけて再生ボタンを押した。
“Beat Of My Heart”という曲が流れる。
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少ししたあと、ギャヴィンはすでに曲を停め、テレビも消していた。だがまだベッドの上にいる。そこに、マリーがバスローブ姿で戻ってきた。
「聴いた?」
「うん。聴いた」やばい。これはやばい。「可愛すぎ」
「そうよね。女の子も可愛くて詞の内容も──」
「そうじゃなくて」と彼は遮った。「君がってこと」
彼女がベッドの傍らで立ち止まる。頬が一気に赤くなっていた。
「な──」
身体を彼女のほうに向けたものの、彼は視線をそらした。
「いや、今のその──格好がどうこうとかじゃなくて」やばい。これだけ動揺したのは、はじめてな気がする。「──姉貴が」なんでこのタイミングなのだ自分! アホか! そう思ったが、もうどうしようもない。開き直ることにして、彼は彼女へと視線を戻した。「ライアンと電話した時に気づいたんだけど、姉貴からメールがきてた。“いい娘見つけたね。今度家に連れておいで”って」
「──ほんと?」
「うん。俺がシスコンなのかもしれないけど、姉貴はわりと、ヒトを見る目がある」自分のオトコのことはともかく。「俺は姉貴の目を信じてる。だからってわけじゃないけど、そんなに話しこんだりしなくてもいいんだけど、っていうか、わざわざ家族全員に会うまでしなくてもいいけど、そのうち、家にきてくれればな──と」ああ、もうだめだ。
頬を赤くしたまま、マリーはベッドにあがった。彼の前に脚をくずして座り、ギャヴィンの手をとる。微笑んだ。
「行きたい。そういうのしたことないから、うまく話せないかもしれないけど──」
「うん。いきなりそこまでしなくていい」彼は必死に言葉を探した。「姉貴にも両親に会うかもしれないけど、土曜とか日曜とかにうちにきて、俺の部屋にいてくれればいい。ちゃんと言っておけば、母さんたちは二階にあがったりしないから。ただ昨日電話で言ったとおり、俺の家は階段が、リビングのわりとそばにある。仕切りはない。もしかしたら母さんがいるかもしれないし、もし見つかったら、挨拶程度に声をかけられたりはするかもしれない」
彼女は笑った。「ええ。がんばる」
嬉しい。「──で、なんか、いろいろ言っといてあれなんだけど」やばいやばいやばい。
「うん」
「──照明、落としていい?」言っちゃった。
マリーは少し驚いたようだった。「──いい、けど」
今は傷つくことよりも、傷つけることのほうが怖い。だが。
「──君となら、大丈夫な気がする」
彼女は控えめに、それでも嬉しそうに、微笑んだ。「うん。」
照明を落とした部屋の中、ギャヴィンはマリーにキスをした。
何度もキスをして、触れて、いつのまにか恐怖や不安よりも、マリーを好きで、マリーに触れたい気持ちのほうが勝っていた。
ただの本能なのかはわからない。それでも彼女の誠実さが、自分のくだらない過去から生まれたの恐怖や不安を、すべて振り払ってくれた気がした。




