SCENE 64 * RENA * With Rian
レナはけっきょく、マリーたちとはちあわせることなくホテルに入ることができた。好きな部屋を選べとライアンに言われた。白を基調としたシンプルで落ち着きそうな部屋もあったものの、彼のイメージからは程遠いのでやめた。彼女が選んだのはブラウンの木と赤レンガの壁紙、棚に飾られたワインボトルと赤いシーツのダブルベッドが目立つ、オレンジ色の明かりで照らされたバー風インテリアの部屋だ。
部屋に入るなり深すぎるキスをすると、ライアンはさっさとシャワーを浴びにバスルームへと入った。どうやら戦闘態勢は万全らしい。なんだかギラギラしている。なのに妙にやさしいので、レナは嬉しいような怖いような、素直に喜んでいいのかがよくわからず、少々戸惑っていた。
ライアンが戻ってくると、今度はレナがシャワーを浴びる番だった。
今日半日、自分がなにをしていたのかと考えたら、二度寝したあげく突然起こされ、ライアンの部屋を片づけただけだった。なんとアホっぽいのだろう。
それでも、ジェニーが今日をうまく乗り越えられますようにと、レナは祈った。
中学の時、あのアホ男と完全に終わったあとでも思ったことなのだが、大人になりたいなどという軽い気持ちで、それを捨てるべきではなかった。
痛くて痛くてしかたがないのをどうにか乗り切って、確かに大人になった気はしたかもしれない。見栄を張り、何度もあの男の部屋に行っていたものの、寝たものの、最初のうちは、それほどよくはならなかった。回数を重ねればそのうち、などと言われていたけれど、とにかく数回はよくわからなかった。
よくわからずに、少しのあいだそれっぽく──演技というものをしていた。そのうちだんだんわかるように、よくはなってきたものの、身についてしまっていた演技がばれたのか、それともただ飽きただけなのか、あの男はいつのまにか、他の女と“恋人”として歩いていた。
自分の性格をそれなりに知っている同級生の男たちは、ジェニーと違っていつもツンケンしてる自分を、女の子として扱おうとはしなかった。こちらのことをよく知らない、おそらく見た目だけで判断したのだろう男は、変わっているかただの軽いだけの男ばかりで、友達としてはともかく、恋愛を絡めれば、男で楽しい思い出というのがあまりなかった。
自分をひとりの女の子として扱ってくれたのは、ジェニーの兄のウィリアムだった。彼を好きになって、けれど彼は自分のことを、妹の親友としか思っていなくて、自分はもう、一生結婚などできないのではないかと思っていた。そのうち彼のことを好きな気持ちが消えたとしても、もし仮に誰かを好きになったとしても、どうせまたイヤな思いをして、またウィリアムに気持ちが戻るか、もう誰のことも好きにならないなどという誓いをたてるのではないか、とも思っていた。
なのになぜか、何年かぶりにまた、ライアンを好きになった。
なにが引き金になったのかはわからない。まさか怒鳴られて、などということではないはずだ。ないない。まさか。なにそのアホっぽい発想。
年明け、今はお試し期間のはじまりとして扱っているが、とにかくつきあうことになった日、ライアンとしたのは、思ったよりも早かったものの、普通によかった。上手なのかどうかはよくわからない。以前つきあっていた男とはとても曖昧なところで関係そのものが終わったし、だいいちもう、三年もまえのことだ。感覚的に、どんなだったかはよく覚えていない。
そんなことを考えていたレナはふと、はっとした。
時間をかけすぎか。怒られるかもしれない。
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レナは黒いバスローブを着て部屋に戻った。同じく黒いバスローブ姿のライアンはベッドの中心に座り、なぜか携帯電話で部屋の写真を撮っていた。
「なにしてんの?」
彼がしかめっつらを彼女に返す。「時間かかりすぎ。なんの嫌がらせだよ」
すみませんでした。「や、なにしてんの?」
「いや、こういう部屋いいなと思って。今は無理でも、将来的にできるかもなと」
「ああ。ホテルっていろんな部屋があるのね。知らなかった」レナは部屋の上部を見まわした。「まえに行ったのはわりと普通の、想像通りのビジネスホテルみたいな無機質な部屋だったし」
この部屋──ブラウンの木がむきだしの天井はゆるい傾斜になっていて、その下の一部の壁には、赤レンガの壁紙が貼られている。ベッドの上部にちょっとした屋根を造るよう板が延びて棚のようになり、造花らしい鉢がみっつ置かれていた。コテージをバー風インテリアに改装した、といったような内装だ。
ベッドヘッドには照明やラジオのスイッチがあり、ベッドよりも広い幅で壁に棚が取りつけられ、内側の壁には見たことのない模様の壁紙、その中心にはよくわからない絵が飾ってあり、棚には数本のワインボトルが飾られている。どうせ空だろうけど。
ライアンがレナに訊く。「え、ホテル行ったことないんか」
いったい私のことをなんだと思っているのだろう。「ない」
ベッドの隣には黒い二人掛けのレザーソファとアイアンのガラステーブルがある。その脇の壁にもやはり棚が取りつけられ、ワインボトルを置いている。趣味ではないが、なんなら白と水色でまとめている自分の部屋とは真逆の雰囲気なのだが、確かにこのインテリアは素敵だ。レオ、こんな部屋にしてくれないかな。
「なんだ。だったらもうちょい場所選んだのに」と、ライアン。
「目に入ったところに流れ込んだ感じだもんね」
そう言うと、彼女はソファに向かった。
「いや、場所間違ってる」
「間違ってないし」
ソファに腰かけ、バッグをテーブルの上に置いた。まずはライアンのバッグをソファに出す。ケイラからもらったというチョコレートも出した。次。自分の着替えをよけながら、底から茶色いダンボール箱を取り出した。そこからさらに赤い包装紙で包まれた箱を出す。
センター街にある店はほとんどが親切で、バレンタインを含む小さめのプレゼントを贈る場合、頼めばダンボール箱を用意してくれる。バッグに入れてぐちゃぐちゃになるのを防ぐためだ。
彼女は箱をライアンに向かって投げた。
「あげる」今日がまだバレンタインではないということはわかっている。だが、どう渡せばいいのかがわからない。
「酔って吐く気かよ」
レナはぽかんとした。なぜばれている? ウィスキーボンボンだとばれている? 「なんで?」
ライアンが笑う。「お前の考えお見通し」
携帯電話と箱をベッドヘッドに置き、彼はそのまま寝転んだ。部屋の照明を薄暗くなるまでに落とすと、彼女を呼んだ。
「ほら。来い」
来い、というのは、なんなのだろう。立ち上がってベッドに向かう。だがそこにあがっても彼女は横にはならず、脚をくずして彼の傍らに座った。ドキドキしている。
そのせいか、ライアンも再びベッドの上、レナの前にあぐらをかいて座った。彼女と額を合わせて目を閉じる。
「早すぎ?」
こんなことに決まった時間などないのかもしれないが、時刻を考えれば、少々早いかもしれない。「でも待たせたみたいだし」
「ほんとは部屋に入ってすぐヤりたかったんだけど」
彼女は笑った。「今日、やっぱり変」ときどき素直で、なんだかやさしい。
「だよな。オレも思う。これがいつまで続くかわかんねえ。もしかしたら一回して終わりかもしんねえし、明日で終わるかも。一週間続くかも。どうなの? この状態。素直に」
「変だとは思うけど、ドキドキする。楽しい」まだある。「──嬉しい。好き」すごく。
彼が笑う。「いつものオレとなら?」
「絶対今の」彼女は即答した。「──どっちも好きだし、無理しなくていいけど」彼は、本当に未知数かもしれない。
「不思議と、無理はしてない」そう言うと、ライアンは両手でレナの手をとった。「なんか今日ずっと、お前に触りたくてしょうがねえの。ヤりたいとかじゃなくて。いや、ヤらなくてもいいって意味でもないけど」
嬉しくて、でもおかしくて、彼女はまた笑った。「ジェニーのおかげ?」
「なんだ、バレてんのか。いや、なに言われたわけでもねえよ。けどなんか、お前の話してて、無償にお前に会いたくなった。会ったら会ったで、今度は無償に触りたくなった」
心臓が揺れて、彼女は目を開けた。口元がゆるみ、また目を閉じる。なにを言ったのかは知らないけれど、ジェニーはすごい。素敵すぎる。
「ほんと、私の親友としてすら、もったいないわよね」
「残念ながらジェニーはそう思ってねえよ。むしろお前が大好きだっつってた。脆いところも強がりなところも、心配性で泣き虫なところも、頼もしくてやさしいところも、ユーモアがあって楽しいところも、ぜんぶ好きだって。昔からずっと憧れてたって。なかなか直接言えないけどって」
嬉しい。ジェニーのことは、本当に大好きだ。「ジェニーに会いたくなってきた」
「明日行くか? ふたりの邪魔しに」
笑えるけれど。「絶対イヤ」
「オレもイヤ」
両手をつないだまま、彼女たちはキスをした。
深くてやさしくて、今までしたことがないようなキスを、何度も。




