SCENE 53 * RENA * With Jennie
ライアンとの今日二度目の電話を切ったあと、レナはしばらく考えていた。
彼の話では、今日、ライアンの父親とジェニーの父親が何年かぶりに会い、そこで子供たち──ライアンとジェニーが同じミュニシパルの同級生だということを確認したらしい。ということは、ジェニーも今日、その話を聞いたかもしれない。
ジェニーのことだ。また自分に気を遣うのだろう。自分にだけではない。ジャックにもだが──ジャックは、確実に嫉妬する。ジェニーはライアンと同じで嫉妬しないが、ジャックは自分と同じで嫉妬する。しかも、こちらよりもあからさまだ。
自分に嫉妬する資格などない。今までどれだけ、ジェニーとジャックの邪魔をしたのだということになる。悪気があったわけではない。ただ、ライアンがジャックをとられたように感じていた気持ちは、自分にもわかった。
ジェニーは楽しいことが好きで、自分たちとも遊びたがってくれる。だから去年の十二月、ライアンから冬の花火の話を持ち出された時も、ダメならダメでいいと思っていて、誘った結果が実行だった。あとから考えれば、彼女が断るはずなどないのだが。
ジェニーには気を遣わせたくない。確かに、ダメな自分は、思わず嫉妬してしまったけれど──彼女は、いつもこちらのことを考えてくれている。ちゃんと話を聞いたと言わなければいけない。大丈夫だから、と。
レナはジェニーに電話した。呼び出し音が声に変わるまで、少し長めの時間があった。
「はい」
「ごめんね。寝てた?」
「ううん。ウィルの部屋にいたの。今部屋に戻ったところ」
「そう」覚悟は、もう決めた。「──ライアンから、聞いた。お父さんたちが──同級生? だって。ガレージのことも」
「うん。私も聞いた。ごめんね、すぐに話せばよかったんだけど、いろいろ考えちゃって」
やはり、とレナは思った。「ごめんね、気遣わせて」
「そんなの──」ジェニーは一度言いかけた言葉を切り、また続けた。「あなたもジャックも、あんまりいい気はしないだろうなってのはわかったの。なんて言えばいいかわからなかった。どっちに先に言えばいいのかも──パパはそのあとで少し仕事してから帰ってきたらしいから、ライアンが先に聞いて、伝えたかもしれないとは思ったんだけど」
「ええ。先にジャックに電話して、それからこっちに。でも、私は大丈夫だから。だって幼馴染みだし」と、口に出して言ってみたが、なんだか変な理由だと思った。しかもよくわからない。
彼女が訊き返す。「ほんとに?」
ジェニーは、やさしくて心配性だ。
「平気」今は。「──正直、やっぱり微妙な心境だったんだけど。でもライアンにいろいろ言われた──っていうか、説得? されたから、もう大丈夫。だから気遣ったりしないで。お願いだから」
自分の嫉妬が彼女の重荷になることを、自分はもっと考えるべきだ。
「──ん」少し安心したような声だった。「私も、ジャックと話したわ。彼もわかってくれた。私が嫉妬しない理由も、ちゃんと話して、わかってもらった」
好きだと気づいた時に、嫉妬しないと決めたという。「よかった。ごめんね。なんかもう、話が急すぎて」
電話のむこうでジェニーが苦笑う。「そうね。自分たちの知らないところでなにが起きてるのか、よくわからなくて。──ジャックから電話がきて、話してて、だけど私、言いだせなくて。ライアンから聞いたって言われて、どうしていいかわからなくなって──けっきょく、家を抜け出して、彼と会ったの」
その最後の言葉を理解するまで、レナは少々時間が必要だった。「会ったって、今?」
「そう。今っていうか、ちょっとまえに家に戻ったんだけどね。ウィルがつきあってくれて、コンビニに行くってママたちに言って、ウィルはそのままコンビニに行ったんだけど、私はジャックと会ったの。彼が公園まできてくれて」
「すごいことしたわね」つまり、ウィリアムの作ったルールを最大限に活用したということだ。
彼女はまた苦笑った。「ええ。もう勢いよね。嫉妬しないことも、いつかはちゃんと言わなきゃって思ってたし──なんかパパたちのことを話してて、もうどうしようもなくなった感じで。どうしても会いたくて、彼も会いたいって言ってくれて」
やはり、羨ましい。「会いたいなんて言葉、私は一生聞けない気がする」というか、使わないとはっきり宣言された。
「うん? 言わなくても、思うかもしれないわよ?」と、ジェニー。
ベッドに入りたい時しかないような。「どうかしら。なんていうか──」想像できない。
「会いたいって言われたら、会いたくならない?」
「──なる。と、思う」
「それと同じで、ライアンも思うかもしれない。確かに口にはしないかもしれないけど──彼は、レナが会いたいって言えば、夜中だろうと会いにきてくれると思う。言葉だけがすべてじゃないのよ。昨日ジャックが言ってたわ。ライアンは基本的には器用だけど、不器用な部分もあって、そのせいできつい言いかたになることがあるんですって。照れ隠しの時もそう。だけど最終的に、行動で表現するタイプだって」
彼女の言葉が、レナの頭の中をぐるぐるとまわった。
不器用なせいできつい言いかた。行動で表現、照れ隠し──。
“変に遠慮しなくていいっつってんじゃん。来いっつーなら行くって”
“会いたいなんて言葉は使わない”
ライアンの、不器用な部分。言葉だけがすべてではない──できないのをわかっていてベッドに寝転ぶ。本当にただ昼寝をしただけだったが、なんだかんだでキスをしてくれる。
「あ、あともうひとつ」ジェニーが言った。「家にくるようになったってことは、おばさんたちに会う可能性を覚悟してるってことよね。それも、“行動で表現する”っていうことだと思う」
レナははっとした。深く考えていなかった。両親が帰ってくるのは、ほとんどは夜の七時頃なものの、それよりも早く帰ってくる可能性があるということは、ライアンもわかっている。
「ほんとだ」
“お前は慣れるなよ”
そして、なんとなくわかった。レナの中で結論が出た。「つまりはただのバカなのね」
「ええ?」
レナは笑った。「私も素直じゃないから、ちょうどいい」素直になったところで、見事にかわされるのだが。けっきょくは、こちらがライアンの行動をどう解釈するかということだ。「ありがと、ジェニー。あなたとジャックがいてくれて、ほんとによかった」
「あら、私たちだってそうよ。感謝してるの。お泊まり会なんて、あなたたちがいなきゃできなかったし」
邪魔したと思っていたのに。「あなたがそうでも、ジャックが──」
「ジャックも同じよ」彼女は訂正した。「ちゃんと本人からそう聞いたんだから」
思わず、レナは口元をゆるめた。「ならよかった」──と、言ってもいいのか。「バレンタイン、楽しんでね。私もよくわかんないけど、楽しんでくる」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ」




