SCENE 52 * GAVIN * With Marrie
「あなたは赤と黒が似合う」マリーが言った。「やさしいけどときどき意地悪。おもしろくて、ヒトをからかうのが好き。器用だけど不器用なところもある。いつもストレートだけど、ちょっと口下手。──楽しいヒトなのに、ときどき、寂しそう」
マリーは、ギャヴィンのことをよく見てくれている。寂しそうというのはよくわからないが、不安の表れか、それとも自分の黒い部分が出ているのか。
「まさに赤と黒みたいだな」と彼は答えた。
「そうね。その二色が似合うって思うのは、あなたが黒髪だからかもしれないけど。いちばんは、あなたが落ち着く部屋がいいんじゃない?」
落ち着く部屋、と言われれば、少し悩み、暗い部屋という答えに辿り着いた。だが違うだろうとひとりでつっこんだ。
「いちばん落ち着くのは──」言いかけた言葉を呑み込んだ。まずい。
「うん?」
会いたい。「なんでもない」とにかく明日を乗り切らなければ、なんとも言えない。「明日、九時でいいんだっけ?」
訊いたものの、失敗したとギャヴィンは思った。こんなことを言ってしまえば、電話を終えようとしていると思われる。違うのに。
「ええ。──なんか、ごめんね。変なこと言っちゃって」
「違う」彼は子機を持ち替え、横を向いた。「そうじゃなくて」
これは、自分自身の問題だ。話すべきではない。だが、怖い。自分で言いだしたのに、その日が、そうなるかもしれない日が目前になると、やはり怖い。そうなりかけた時、どうすればいいのかがわからない。
ギャヴィンは、受話器を強く握った。
「電話切りたいとかじゃない。ただ──」
「うん」
ただ──ただ、なんだ? 話してもどうにもならない。マリーがイヤな思いをするだけだ。
「──勘違いだったら、ごめんなさい」彼女が切り出した。「つきあって一ヶ月で泊まりの約束って、もしかしたら早いのかもしれない。私もなんか、焦ってた部分はあると思う。そういうことが好きってわけじゃないんだけど、あなたとは、そうなれたらって思ってた。でもあなたは私以上に、昔のことを引きずってるんだと思う。ものすごく傷ついたんだと思う。だから、無理にとは言わない」
思っていたよりも、彼女に見抜かれている。「──うん」それがまた、苦しい。「でも、泊まりはやめたくない」
「私も。だから一緒にテレビ観て、話して、一緒に眠って、それだけでもいいの。あなたが言ってくれたように、私もなにより、あなたといつもより長い時間、一緒にいたい。それだけでいい」
それだけ、で、我慢できるとは思えない。おそらく、欲はある。本能というものは残っている。
ただそうしたくなったとしても、本当の寸前になった時、思い出して、できなかったらどうしようという不安がある。怖気づいたらどうしようと、そういう不安がある。それこそ、傷つけることになる。マリーはなにも悪くないのに、彼女が自分を責めることになるかもしれない。
マリーが続ける。「私は、なにがあったかは訊かない。でも、あなたが話したいなら訊く。それで少しでも気がラクになれるなら。なにがあっても、私はあなたのことを嫌いになったりしない。それだけは言いきれるの。あなたの部屋がどれだけ殺風景だろうと、あなたが一生そういうことをしようとしなくても、あなたが好きって言ってくれるなら、私はそれだけで幸せ。私は、私に見えるあなたのことしか知らない。それがあなたのぜんぶってわけじゃないんだろうけど、でもそれがあなたの一部だってことは確実だと思う。ときどき意地悪で、からかわれてても、それでも好きなの。浮気以外なら、私はいくら傷ついたってかまわない。っていうか、傷つかない。傷ついたりしない」
勢い混じりの、ひとつひとつを瞬時に考えながらのその言葉に、心臓が、強く締めつけられる思いがした。
「うん」
ギャヴィンはもともと、性格がいいというわけではない。というか悪いほうだ。さらに口も悪い。高校に入学して、同級生のある女の影響というのもあるのだろうが、去年のあの一件以来、よけいにそれが表に出るようになったように、彼は感じていた。性格上、やはりからかうのも好きで、ダメだということはわかっているのに、マリーにもそれをしてしまう。
本気で情けない、と彼は思った。ここまで気を遣わせていたのか。「浮気はしない。それは絶対」
「私もしない。絶対」マリーも答えた。「私ね、自分のこと、そんなに好きじゃなかったのよ。もともと自分に自信がないのに、地味で優柔不断な男に浮気されて、っていうかよくわかんないけど、あのアホ男だって、私のことたいして好きじゃなかったんだってわかって、でもそれだって、あとから考えれば当然だった。私は平凡そのもの。褒められるようなことなんてなにもない。でもあなたが好きだって言ってくれて、すごく嬉しかった。今でも思うことだけど、あなたは私にはもったいないくらい素敵なヒトで、あなたの気持ちを疑うわけじゃないんだけど、ホントに私でいいのかなって思ってて」
「そんなこと──」
思わず口を挟んだが、彼女はそれを止めた。
「だめ。最後まで言わせて。──いいのかなって、思ってて。ほんとに、今でも夢みたいに思えることがある。やっぱり私は私で、平凡なことに変わりなくて、でもあなたのおかげで、まえより自分を好きになれた気がする。あなたが好きになってくれた自分を。あなたに好きって言われるたび、自分でも知らなかった自分の一面を見るようになった。考えがやたらと乙女っぽくなったり、学校に行くにも、服装なんてたいして考えなかったのに、なんか最近、ファッション雑誌とか買うようになったし。髪型とかヘアケアとかも、妙に気にするようになったし」
そう言いながら彼女が苦笑い、ギャヴィンもつられて笑った。
マリーが続ける。「あとね、これ言うと変なんだけど、今日、メイク用品もちょっと増えたの。アニタたちとセンター街に行って、色々見てまわったわ。ジェニーは私と同じで薄化粧派だから、いろいろとアドバイスもしてくれたし、三人とも──アニタとレナは特に、お洒落に関してはプロ級で、ジェニーの意見も入れながら、彼女たちに明日の服を選んでもらったの。カラオケボックスに入って、メイクも教えてもらった」
そこまで言うと、彼女の勢いが少し落ちた。
「──わかる? 私にとって、あなたはやっぱり魔法使いみたいで、って、この発想すらもう乙女っぽいんだけど。自分はそういうタイプじゃないって思いこんでた──思いこもうとしてた。可愛い女じゃないし、なっちゃいけないと思ってた。それがあたりまえの自分が、ずっと好きじゃなかった。だけど、あなたのおかげで変われた気がする。それで、決めた。もう自分を卑下したりしない。ちょっとずつだけどいろいろ挑戦してみて、自分に自信持っていく。あなたのおかげで自分を好きになれた。ほんとに、感謝してるの」
素直に、嬉しい。自分が誰かを変えるなど、できるとは思っていなかった。自信なさげなところも好きなのだが、それは言わないほうがいいらしい。
「じゃあ明日は、またひとつ可愛くなった君に会えるわけだ。」
「あまり期待はしないでね。どっちにしても、派手なのが似合うタイプじゃないから」
「派手なのはキライ」彼は冷たく即答した。「──君が君なら、それでいいんだけど。でも、楽しみにしてる」
「うん。もう寝て。私も寝る。明日の夜更かしのために」
家が近くなら、今すぐにでも会いに行きたいところだ。「そうする」
「遅刻したら泣くからね」
「しない。絶対。なんなら三十分まえに行く」
「ダメだってば。せめて五分まえにしてよ。起きる時間がどうとかじゃなくて、あなたがそんなこと言ったら、私だって三十分前に行くことになる。そう言ったら、あなたがまた時間を早くする。キリがないんだから」
それは言えている。「じゃあ九時にいつものところ。いい?」
「ええ。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」




