SCENE 51 * GAVIN * With Marrie
「パントリー!?」電話越しにマリーが訊き返した。「パントリーがあるの?」
「うん。ある」と、ギャヴィン。
真っ暗な部屋の中、彼はベッドの上で壁にもたれ、マリーと電話で話していた。かれこれ一時間ほどになるか。マリーが自宅の固定電話の番号を教えてくれたので、ギャヴィンが家の固定電話から、彼女の自宅にかけている。
いろいろと話しているうちに、お互いの町や家の話になった。彼女の地元や家のことを聞いたあと、今はギャヴィンが説明している。どんな町でどんな家か、間取りや、ある程度の家具の配置だ。
町のことを簡単に説明すると、彼は近所のことを話した。自宅周辺には、多少間取りの違いはあるらしいものの、同じ色合い──薄い灰色と白で統一された家が多いこと、その前の白いタイルの歩道の両側は芝生になっていて、車道側は車が進入できないようにか、等間隔で木が植えられていること。家の前にも、玄関ポーチの両側に木が植えられていること。家側の芝生はそのまま、庭にも繋がってること。近くに交番があること。
マリーはまず、そんなことで驚いた。彼が住んでいるあたりには来たことがないのだという。どの町でも、ブロックごとか、もしくは数ブロックごとに並ぶ家のテイストは変わる。当然、まったくばらばらのテイストの家が並ぶ通りもある。雰囲気も変わる。マリーの家のあたりと違ってゆったりとした感じというのが、どうやらものすごく気になるらしい。
次に家の中の説明をはじめた。玄関フロアの正面左には階段があり、それに沿うよう廊下が伸びていて、奥にはマスター・ベッドルームが、左側はリビングになっていること。バスルームとウォークインクローゼットがあり、ウォークインクローゼットからはテラスに出られること。そのテラスには、テーブルとチェアのセットが置いてあること。マリーはここにも反応した。
そしてギャヴィンは説明を続け、リビングの奥の右がダイニングスペース、左にキッチンがあることを話した。その奥にはパントリーがあるのだが、現在、マリーはそこに反応している。
彼には、パントリーがそれほどめずらしいものだという認識がない。確かにジャックの家にはあって、ライアンの家にはないが。
「パントリーって言っても二畳くらいだよ」ギャヴィンが言った。「その中に棚があるわけだから、実際はもうちょっと狭い」
「ちょっと待って。それってもしかして、小さくてもカウンターのあるタイプ?」
「ああ、あるね。中央に。スツールは普段、端に重ねてふたつ置いてある。姉貴と母さんは、たまにそこでコーヒーとか酒とか飲みながら話してる。つまみがそこにあるから」
「すごい。パントリーってずっと憧れてたの」
憧れとまで言うのか。「そんなに意味ないと思うんだけど。っていうかパントリーなら、置こうと思えば棚タイプがあるよね」
「あるけど、違うの。私が憧れてるのは、小さな部屋になったパントリーなの」
「で、そこになに入れるの? お菓子とかジュースとかを大量に?」
マリーが笑う。「そう。食品なんかじゃない。私は冷えてるとか冷えてないとかはどうでもいいから、とにかく色々な種類のお菓子やジュースを並べるの」
「でもさ、パントリーってわりと危険だよ。うちなんかたまに、賞味期限の切れたものが──」
彼女は彼の言葉を遮った。「お菓子なら、賞味期限はそんなに短くないじゃない。それにぜんぶ食べるってわけじゃないんだと思う。ただ、色々な種類をとにかく並べたいの。いつでもなんでも、食べたい時に食べたい物があるっていう状態にしたい」
よくわからないが、ギャヴィンは笑った。「君はモノを持ちたい派なんだな」自分の部屋を見たらヒくかもしれない。
マリーが苦笑う。「そうね。そうかもしれない。それで? 続きは?」
彼はベッドに寝転び、目を閉じた。
「キッチンは対面式のカウンターね。右の壁側に冷蔵庫とか、コンロもそっち。チェアは三脚。ダイニングにはテーブルと、チェアがよっつ。そこから裏の、テラス横にあるウッドデッキに出られる。こっちにはカウチを置いてある」
電話のむこう、マリーは溜め息をついた。
「まさに夢の家ね。うちにはデッキやテラスどころか、カウンターもなくて、ダイニングテーブルだけだから」
「そういうのに憧れるもの? カウンターなんて邪魔なだけだと思うんだけど。カウンターになってるせいで、キッチンやパントリーに入るのに、無駄に遠回りしてる気がする。冷蔵庫も遠くなるし。それに家族揃ってる時は、やっぱカウンターってあんま使わないんだよ。ひとり角になるけど、三人や四人が並んで食事するって変だし、たぶんほとんど意味ない」
彼女は笑った。「あるからそう思うのよ。カウンターのない家の女の子は、わりと憧れるんじゃないかしら。なんていうか、店っぽいのがいいじゃない?」
「あ、なんとなくわかった。パントリーもそうだけど、そういうのが好きなんだな。キッチンはカフェ風、パントリーは商品棚風、つまり“ソラード201”みたいな感じがいいわけだ」
ギャヴィンの言うソラード201というのは、ベネフィット・アイランドに数軒しかないコンビニエンスストアだ。黒い看板に黄色とオレンジの文字というのがテーマカラーで、コンビニの店内はオレンジの照明で照らされ、天井や床、柱は白なものの、棚のほとんどが木製のダークブラウンで統一されている。ちょっとしたカフェコーナーつきで、外から見ればコンビニだとは思えないだろう。商品は他の店に置いてあるものとほとんど同じなのに、色の統一の仕方や商品の並べかたが独特で、なぜかお洒落に思える。
マリーが訊き返す。「ソラードって、ファイブ・クラウドの裏? あたりにある店?」
「うん。知らない? もうエリアは抜けてるけど、コンビニ」
「あの店、コンビニなの? てっきり高級カフェかと思ってた」
コンビニなどと書いておらず、なのにいざ入ってみれば実はコンビニというが、ソラードのいちばん笑えるところだ。「あれは独特だよ。君も気に入ると思う。って、コンビニだけど」
「ほんと? じゃあ今度連れてってくれる?」
ギャヴィンはあの店にも、イヤな思い出がある。なのでひとりでは絶対に行かない。マリーとの思い出の上書き作業は、センター街以外ではしないのだと思っていた。
「うん、そのうち行こ。あ、昼寝ってするタイプ?」
「昼寝? まあ、眠ければ寝るわよね」
「忘れてた。ダイニングから、キッチンの反対側、デッキのある角のところに、リラックスルームってのがある」
「リラックスルーム?」
「そう。それほど広くないんだけど、扉はあるからダイニングとも仕切りはできる。棚を置いてあって、姉貴たちが買った雑誌なんかを並べてるんだけど。そこに背のないソファを置いてあって、昼寝ができる」
「ほんと?」
「うん。方角的に西日はきついんだけど、春の昼間とか最高だよ。ぽかぽかしてると、いつまででも寝てられる。昼寝のつもりが夕方まで寝てたことあるし」
マリーは笑った。「すごい。春はまずいわよね。気温しだいじゃ、いくら寝ても眠いんだもん」
「うん。あ、なんならもうひとつソファ足してもらおうか。そしたら一緒に寝れるけど」と、言ってみた。
「ええ!? ちょっと待って、ダメだってそういうの!」
そんな反応に彼も笑う。「ん」現実的に考えれば、あの部屋にマリーを連れて入るというのは、少々難しいかもしれない。デッキから入れればいいのだが、窓はあれど腰窓だ。だがギャヴィンは本気だった。いや、下ネタではない。決して。「よし、次は二階。いい?」
「ええ」
「二階にあがる。フロアは左。いきなりファミリー・ラウンジが現れる」
「え、ほんと? もしかして、テレビやソファを置いてるの?」
「そりゃね」とギャヴィン。「ゲームルームの代わりみたいなもんかな。遊びに来る人数が多い時は、そこでゲームして遊ぶかな。込み入った話はできないけど。その奥? 正面は、やっぱりテラスになってる。テーブルチェアのセット置いて」
彼女はうっとりしているかのような溜め息をついた。
「もうなんか、あなたの家、どこでだって眠れそう」
ギャヴィンは笑った。「まあ、そうだけど。じゃ、階段に戻って。左と右に廊下が伸びてる。どっちに行く?」
「うーん、じゃあ右」
「右ね。じゃあ突き当たりにあるドアが、ゲストルーム」別名地獄の間。「左にあるドアは、姉貴の部屋。この二部屋はそれなりに広い。どっちにも、ウォークインクローゼットとバルコニーがついてる」
「じゃあ、あなたの部屋は反対側?」
「そう。階段をあがって左。こっちはちょっと狭い。なにもかもが狭い。ウォークインクローゼットはないし、バスルームやバルコニーはあるけど、どれも狭い」
マリーが質問を返す。「狭い部屋のほうが好きなの?」
そうでもない。「姉貴の部屋の隣にあるゲストルームっていうのは、俺のまえの部屋。ゲストルームと部屋を取り替えたんだ」
「あら。もったいない」
彼女はライアンと同じことを言っている。
ギャヴィンは苦笑った。「俺の部屋はたぶん、君には気に入られないだろうな。棚の上にテレビ置いて、一応テーブルとソファもあるけど、あとベッドだけだし」それも、セミダブルからシングルベッドに格下げされた。「かなり殺風景」
「うーん。殺風景なら、モノを置けばいいんじゃない? っていうか、殺風景なのが好きなの?」
現状に関しては、好き嫌いの問題ではない。「どっちでも。なんなら君がコーディネートしてくれてもいいけど」当然家に来ることになるけど。
「え。私はダメよ。センスないもの」
またわかりにくい返事を──と思ったが、焦るなと自分に言い聞かせた。「理想の部屋とかある?」
「それは自分の? あなたの?」
「どっちでもいいけど、なんかほら、ごちゃごちゃしてるとかモノが少ないとか、シックとか落ち着いてるとか、色々あるじゃん」
彼女が笑う。「あなたの部屋なら、あなたの部屋だって一目でわかるようなのがいい」
「どんな?」
「そうね──」




