SCENE 03 * JENNIE * Girls Talk
「──決めた」ジェニーの肩にもたれていたレナはふいに身体を起こした。「バレンタイン。今度こそ訊く。どう思ってんのか訊く。せめてそれだけでも、はっきりさせてやる」
同じような体勢だったマリーも身体を起こした。彼女に訊き返す。
「誘うわけじゃなくて?」
「できればとは思うけど、私たちの住んでるあたり、ホテルがないじゃない。家はどっちも無理だし」
ジェニーの頭には、彼女たちの会話のいくつかの単語だけが入ってきている。
家。誘う。
マリーが答える。「私は休日でも会うとしたらセンター街だから、行こうと思えばホテルはあるけど──でも、自分から誘うっていうのもな。やっぱり、なんか──」
ほ、て、る。
レナは小首をかしげた。
「なんて言えばいいのかしら。ドラマチックに言えば、“まだ帰りたくない”、みたいな?」
ジェニーの心臓は、今さらながらドキドキしてきた。ただそれは、ジャックといる時に起こるものとは少し違う気がした。
「ライアンにそれ、通じるの?」マリーが訊いた。
レナが笑う。「ロマンチックな意味では通じない。絶対。“じゃあボードウォークのベンチで寝てろ”とか言われそう」
思いがけない言葉にジェニーは思わずふきだし、マリーと一緒に笑った。
「まさか!」とマリー。
だがレナはさらりと答える。「いや、言うと思うけど。“知るかアホ”、みたいな。“オレは寒いから家に帰って肉まんとピザまんとアイスクリーム食う”、みたいな」
ジェニーは笑いが止まらない。「まさか、まさか──」だがそれを言うライアンの姿が、容易に想像できてしまう。
「今、私も想像してみた」マリーが言った。「ギャヴィンにそれを言ったらどうなるか。“じゃあ映画でも観に行く?”になりそう」
「ええ?」
レナも笑う。「ほら、ジェニーも想像してみて。ジャックに“まだ帰りたくない”って言ったらどうなるか」
「ちょっと待って」どうにか笑いをこらえると、二人の視線を感じながらも、ジェニーは真剣に考えた。今までそんなセリフを言ったことはないけれど。「──“じゃあ、もう少し一緒にいようか”、かな。たぶん」
「ああ、やっぱり」と、レナ。「あれよね、けっきょくそのうち帰ることになってる、みたいな。特にジャックは鈍い。ライアンの話だと、ギャヴィンもジャックほどじゃないらしいけど、鈍い。じゃああんたはどうなのよって話なんだけど」
マリーが笑う。「だよね。なんなの? あの三人。こっちがこんなに悩んでるのに、どうせ今頃、ギャヴィンの家でゲームとかしてるんじゃないの?」
ジェニーたちがセンター街に行くと言ったこともあってか、ジャックとライアンはセンター街から近い町、ケイネル・エイジにあるギャヴィンの家に行くと言っていた。時間があまれば電話かメールをしてくれれば、すぐに来ると言われている。時間がなくても、一緒に帰ろうと。
「可能性はある。──じゃあ。約束しない?」
レナの言葉に、ジェニーとマリーは声を揃えた。「約束?」
「私たち三人、バレンタインまでになにか、行動を起こす。そういうことをしろとは言わない。でも、なにかひとつ、今までにないくらいの大きな勇気を出すの。ものすごく好きだって伝えるのでもいい。街中で抱きつくのでもいい。私の場合は、好きかどうかを訊くことからはじめる。誘うかどうかはわからない。そこはもう、流れに任せるしかない気もするけど。バレンタインが来週の日曜日。だから、金曜までには気持ちを確かめたい。バレンタインはどうなるかわからないけど、かなり怖いけど、わからないって言われたら、またがんばる」
とても、勇気のいることだ。
覚悟を決めたのか、マリーは少し前に出た。
「わかった。じゃあ私は──今までまだ、抱きしめたり抱きしめられたりしたことはないから、それ、する。どこでかはわからないけど。それだけでも、なにか変わるかもしれないし」
レナがつぶやく。「ああ、そういえば私も、腰に手まわすのはあっても、ぎゅっとされたりってのは、ないような気が──」
ジェニーはぽかんとした。
マリーが言う。「じゃあレナは気持ちを確かめるのが無理そうだったら、それね。ジェニーは?」
その問いかけに、ジェニーはまたも真剣に考えた。
キスはする。手もつなぐ。抱きしめたりも、してくれるし、自分も返す。したいなと思った時、ジャックはいつも、気づいてくれる。
「ええと──」
他になにがあるのかが、わからない。
「わかった」レナが言った。「じゃあジェニーは、土曜に、彼の家にひとりで行く。で、どう? もちろん自分から言うの。絶対にそうなれって言ってるんじゃないの。そうじゃないけど、もしかしたら泊まることになる可能性がある土曜日に、女の子から家に行きたいって言う。それにはそれなりの意味があるって、わかると思う。もしそうならなくても、そういう覚悟があるっていうのは、ジャックにも伝わるはず」
それなりの、意味。そういう、覚悟。その言葉が、彼女の心に響いた。
微笑んでマリーがあとを引きとる。「ジェニー、大丈夫だよ。ジャックはジェニーのこと、本当に大切にしてる。それは私たちから見ててもわかる。彼ならジェニーに恥をかかせるようなことも、困らせることも、ジェニーが嫌がるようなことも、絶対しない」
その言葉もまた、ジェニーの心に響いた。
彼は、私を、大切に、してくれている。